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田舎の貧乏男爵の娘ですが、前世の知識でパンを焼いていただけなのに王都の騎士団長に溺愛されてます〜気づけば兵站改革で国が強くなってました〜  作者: はりねずみの肉球
第6章:奪われた価値の証明

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SS ミーナとトゲマルの特製ウエディング・パンケーキ

王立製パン学校の特別厨房は、朝から甘く幸せな匂いで満たされていた。

 今日は、この学校の初代校長であるエリナと、第一騎士団長レオンの結婚を祝う、ささやかなパーティーの日だ。

 主役の二人が来る前に、サプライズの準備を進めなければならない。


「よしっ。ホエイの配分も完璧、メレンゲのツノもしっかり立ってる!」


主席講師であるミーナは、腕まくりをして大きなボウルと睨み合っていた。

 彼女が作ろうとしているのは、パンではない。以前、エリナがぽつりと「たっぷりのシロップをかけた、ふわっふわのパンケーキの塔でお祝いしてみたいなぁ」とこぼしていたのを聞き逃さなかったミーナによる、渾身の特製スイーツだ。


「ピキュッ! ピキュピキュッ!」


作業台の端で、厳しい目つきをした小さな『監督』が前足をパタパタと動かしている。

 首元に小さな赤い蝶ネクタイを着けられた、ハリネズミのトゲマルだ。

 彼は今日、エリナの傍を離れ、ミーナの助手(という名の味見係)として厨房に派遣されていた。


「あはは、トゲマル監督、急かさないで。今から魔法の銅板で焼いていくからね」


ミーナは熱した分厚い銅板に、ルルティア村特産の新鮮なリコッタチーズとホエイをたっぷりと練り込んだ特製生地を、ぽってりと高く落としていく。

 ジュワァァ……という心地よい音と共に、甘いバニラとチーズの香りが立ち上る。

 通常のパンケーキとは違う、メレンゲの力で限界まで膨らませた、まるで雲のようなスフレ・パンケーキだ。


「ピギィ……(ゴクリ)」


トゲマルの喉が鳴る音が聞こえた。

 彼はじりじりと銅板に近づき、鼻先をひくひくと動かしている。隙あらば、焼きたてに飛びつこうという構えだ。


「ダメだよ、トゲマル。これはエリナ様とレオン団長の大切なウエディング・パンケーキなんだから」


ミーナが優しくたしなめると、トゲマルは「ピキュゥ……」と露骨に肩(?)を落とし、丸くなってふてくされてしまった。

 その姿があまりにも可愛らしくて、ミーナはクスリと笑う。


「ふふっ。でもね、優秀な監督さんには、特別報酬を用意してあるんだ」


ミーナは銅板の隅で焼いていた、直径五センチほどの極小サイズのパンケーキを小皿に乗せ、その上に最高級のフォルティス産発酵バターと、とろとろの蜂蜜をたっぷりと回しかけた。


「はい、味見してみて?」


「ピキュァッ!!」


トゲマルは弾かれたように起き上がり、一瞬で小皿に飛びついた。

 ハフハフと熱がりながらも、小さな口をいっぱいに開けてパンケーキを頬張る。

 とろけるチーズのコクと、蜂蜜の濃厚な甘み。あまりの美味しさに、トゲマルの背中の針が嬉しそうにフリフリと揺れている。


「よし、味の保証はいただいたね! それじゃあ、一気に組み上げるよ!」


ミーナは焼き上がった分厚いパンケーキを、三段、四段と慎重に積み重ねていく。

 間に挟むのは、甘さを控えた濃厚な生クリームと、南方の新領土から届いたという色鮮やかなベリーの果実たち。

 そして一番上には、飴細工で作った『剣』と『小麦の穂』を飾った。戦場の鬼と、パン職人の結びつきを象徴する、最高のデコレーションだ。


「完成……! エリナ様、喜んでくれるかな」


ミーナが誇らしげに額の汗を拭うと、蜂蜜で口の周りをベタベタにしたトゲマルが、「ピギィ!(絶対に喜ぶ!)」と太鼓判を押すように力強く鳴いた。


――数十分後。パーティー会場の食堂。


「うわぁぁっ……! 何これ、すごい! パンケーキのタワーじゃない!」


会場に入ってきたエリナは、テーブルの中央に鎮座する巨大なスイーツを見るなり、両手で顔を覆って歓声を上げた。

 隣に立つレオンは、そのあまりの巨大さと暴力的な甘い匂いに、わずかに眉をひそめて後ずさっている。


「……ミーナ。これは、第一騎士団の全兵士の胃袋を破裂させる気か?」


「ふふんっ! レオン団長、甘いからって逃げちゃダメですよ。これはエリナ様の夢だったんですから!」


ミーナが胸を張って言い返すと、エリナはポロポロと嬉し涙をこぼしながら、ミーナを力強く抱きしめた。


「ありがとう、ミーナちゃん! 本当に、最高の結婚祝いよ!」

「エリナ様……っ、おめでとうございます!」


二人が感動の涙を流して抱き合っている間。

 レオンはふと、パンケーキタワーの裏側で何かが動いているのに気づいた。


「おい……」


そこには、トゲマルがパンケーキの一番下の層にこっそりと穴を開け、生クリームにまみれながら二度目の味見(本食い)を敢行している姿があった。


「ピ、ピキュ……(見つかった)」

「……貴様、新郎新婦より先に手をつけるとは、いい度胸だ」


レオンが腕を組み、冷ややかな視線を送るが、トゲマルは全く動じることなく、生クリームのついた鼻先をペロッと舐め、レオンに向かって「お前も食うか?」とでも言いたげに、ベリーを一粒転がしてきた。


「……まったく。お前たちには敵わんな」


レオンは呆れたように息を吐き、口角をわずかに上げて微笑んだ。

 甘い匂いと、大勢の笑い声。

 パンが繋いだ温かい縁は、今日もこの王都で、とびきり美味しい時間を焼き上げているのだった。

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