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第34話 小さな大賢者と影の監視者⑦

 石造りの塔を後にしたエルは、月夜の下を駆け抜けた。

 草原を渡る夜風が頬を冷やし、心臓の鼓動がまだ戦闘の余韻を告げている。


「……はぁ、はぁ……危なかった」


 息を整える間もなく、ノワールの声が響く。

『お前、あれ以上はやばかったぞ。影の残滓だけであの強さ……完全体が出てきたら厄介だ』

「分かってる。でも収穫はあった」


 エルは懐から符に刻んだ光の断片を取り出した。

 淡く揺らめく幻像の中に、帝国の符号と設計図、そして確かに「マクシミリアン」の名が刻まれていた。


(これで繋がった……やっぱり、帝国上層部と学園内部は線で結ばれている)


 夜明け前、学園の寮へ戻る頃には空が白み始めていた。

 人気のない回廊を足早に歩き、部屋に入ると扉を閉めて深く息を吐く。


「……戻ったわね」

『おう。さて、誰にどう報告する?』


 机に符を広げながら、エルはしばし思案した。

 今回得た情報は大きい。だが下手に公表すれば、逆に自分の行動が疑われかねない。


(表に出すのは最小限……。けれど、フィオナには一部だけでも伝えておいた方がいいかも)


 そう考えると、自然と彼女の顔が浮かんだ。

 あの奔放で厄介な少女――だが彼女を通じてマクシミリアンへ近づけるのは事実。


 朝の講義が終わった頃、フィオナは中庭のベンチで優雅に紅茶を飲んでいた。

 エルが近づくと、彼女はにこりと笑う。


「まあ、珍しいわね。朝からわざわざ私のところに?」

「少し話があるの。人の少ない場所で」


 フィオナは面白そうに目を細め、立ち上がった。

 二人は裏庭の木陰へ移動し、周囲を確認してからエルが口を開いた。


「……学園内部に、帝国の装置が隠されていた」

「まあ!」


 フィオナの反応は大げさだったが、すぐに表情を引き締める。

「それが本当なら……父が絡んでいる可能性は高いわね」

「あなたの父……マクシミリアン」


 その名を口にすると、フィオナは僅かに眉をひそめた。

「……随分と核心に近づいたじゃない。やっぱり、あなたってただ者じゃないわね」

「大げさよ。ただの偶然」


 エルは肩をすくめて見せたが、内心は緊張していた。

 フィオナがどこまで知っているのか、そして彼女をどこまで信用すべきか――。


 夜になり、寮の自室に戻ると、エルはノワールと共に改めて情報を整理した。

 机の上に符を並べ、魔力を流し込んで記録を再生する。


「……この設計図。どう見ても兵器よね」

『ああ。帝国が使ってる魔導兵器に近い構造だ。ただ、規模が小さい。学園用に“実験縮小”してる可能性があるな』

「そしてこの座標……帝国の研究所かもしれない」


 浮かび上がる地図に赤い点が灯る。

 それは学園の北東、山岳地帯の奥深くだった。


『……ますます危険な匂いがするな』

「でも、行かないと分からない」


 エルの声は迷いがなかった。


 窓の外では星が瞬いていた。

 学園での生活は、一見すれば平穏そのもの。

 しかし水面下では帝国の影が確実に動いている。


 エルは決意を込めて拳を握った。


(次は……この座標の調査。帝国が何を仕掛けているのか突き止める)


 ノワールが小さく鼻を鳴らす。

『まったく、お前は休むって言葉を知らねぇな』

「私には……立ち止まっている暇なんてないから」


 その声は静かだったが、確かな決意を孕んでいた。


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