第22話 小さな大賢者は、研究会に招待される②
扉をくぐった瞬間、エルの耳に飛び込んできたのは、熱気に満ちた議論の声だった。
研究部会の一室は、教室よりもずっと広いはずなのに、壁際まで詰め込まれた机と器具に圧迫され、まるで研究所のような圧迫感があった。
机の上には羊皮紙、試験管のような水晶管、銀色の枠組みが所狭しと置かれている。青白い光を帯びた魔石が脈打つように輝き、かすかな振動を空気に伝えていた。
「……これは、学園の授業レベルを超えてるわね」
エルは心の中でそう呟いた。
部屋の中央では、数人の生徒が円卓を囲んで水晶管に魔力を流し込んでいる。水が浮かび上がり、球状を保って漂う――だが、隣の生徒が火花を投げ込むと一瞬で揺らぎ、青い光が乱れた。
「ほら、やっぱり崩れる!」
「いや、数式の組み方が悪いんだ。抑制因子を二重に組み込まないと――」
「二重にしたら安定性が落ちるわ! もっとシンプルにすべきよ!」
次々に飛び交う声。だがその険しさには敵意はなく、むしろ互いに切磋琢磨する熱意があった。
案内役のレオンが微笑みながらエルに説明する。
「ここでは主に、帝国主流の魔導理論を検証しつつ、新しい可能性を模索しているんだ。成果を論文にして研究院へ送れば、将来はほぼ約束されたようなものさ」
彼の言葉に、他の生徒たちも誇らしげにうなずいた。
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部会のテーマ ― 属性干渉の研究
壁の黒板には「水属性魔法の安定性と多属性干渉」と題した文字が大きく書かれていた。
その下には膨大な数式と、魔法陣の簡略図。火や雷をぶつけた際の干渉波形が赤や青のチョークで描き込まれている。
「帝国の水魔法は、安定性が高くて長時間維持できる。だから軍隊でも重宝されているわ」
フィオナが得意げに説明する。
「でも戦場では火も雷も飛び交うでしょ? その干渉で崩れやすくなるの。だから、どうすれば乱れを最小限にできるか――それを解き明かすのが、今のテーマなの!」
彼女の言葉に、別の生徒が続ける。
「従来の帝国式は、干渉を力ずくで抑え込むんだ。でもそれだと魔力の消耗が激しい。僕らは“調和”の道を探っているんだよ」
火花を散らすと水面が震える。
そこへ数式を書き込んだ羊皮紙をかざし、魔法陣に当てはめる。すると、震えは次第に収まり、青い水球が形を保ち始めた。
「成功だ!」
「いや、まだ持続時間が短い。改良が必要だ」
議論は途切れることなく続く。
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エルの視点
エルはその様子を眺めながら、冷静に分析していた。
(……確かに興味深い。水魔法が火属性と干渉する際の不安定性。理論上は私の火魔法と正反対の性質。だからこそ、観察する価値がある)
同時に彼女は胸の奥で警戒心も覚える。
(……この研究が完成すれば、帝国は戦場でさらに優位に立つ。単なる学園の遊び半分じゃない。実戦に直結する研究……)
その時、隣でノワールが小さく鼻を鳴らした。
「お前、顔がにやけてるぞ。……やっぱり火属性の知識を口に出したくてたまらないんだろ?」
「にやけてない」
エルは小声で返した。
「……ただ、少し惜しいと思っただけ。あの数式じゃ、火と水のエネルギーの位相が合ってない」
つい漏らしたその一言に、近くの生徒が振り向いた。
「位相……? どういう意味だ?」
フィオナがぱっと顔を輝かせ、ぐいっと身を寄せてくる。
「ねぇ、エルフィーナ! もっと詳しく教えて!」
エルは一瞬言葉を飲み込んだ。
(しまった……余計なことを……)
けれど、注目の視線はすでに彼女に注がれていた。
熱心に質問を投げかける生徒たち。
羊皮紙にすぐさまエルの言葉を書き込もうとする者。
「火属性の視点」という、今まで部会になかった観点に一同が沸き立つ。
その空気は重苦しさではなく、学ぶことを楽しむ高揚感に満ちていた。
失敗しても笑い合い、次の手を模索する。
互いに持つ知識をぶつけ合い、答えを導き出そうとする。
その中心に、気付けばエルが立たされていた。
彼女自身は注目を避けたかったのに――。
(……やっかいな場所に来てしまったわね)
エルは小さくため息をつきながら、フィオナに袖を引っ張られるまま、黒板の前へと連れて行かれるのだった。




