第15話 小さな魔法使いは、帝国から連絡を受ける
峡谷の風は、戦いが終わってもなお乾いていた。
エルは崖沿いの細道を進みながら、肩口に巻いた簡易包帯の端を指で押さえた。火傷はまだじりじりと熱を帯び、そこに吹きつける砂混じりの風が、微妙な痛みを与える。
背後にはノワールの足音。砂を踏むたび、低く鳴るような音が二つ並んだ。
《主、歩調が少し速い》
「……早く、戻った方がいい」
《戦いの後は、空が重い。背に何かが乗る感覚は嫌いではないが》
エルは笑わずに、「わかってる」とだけ返した。
道中、外周部では王国兵たちが残党狩りを行っていた。負傷者の搬送や物資の回収が淡々と続き、血の匂いよりも焦げた金属と砂の匂いが漂う。
ゼルネが数人の部下を率い、岩陰から現れる。
「お前……また肩やったな」
「掠っただけです」
「そういうのを何回繰り返した」
呆れたようにため息をつき、ゼルネは荷車の上の木箱を指さす。
「仮面の破片、そっちにまとめた。術式痕はできるだけ触ってない。セレスティアのとこに持ってけ」
エルは軽く頷き、木箱を受け取る。
王都までの帰路、空は灰から紫に変わりつつあった。
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同じ頃――帝国領内、中央都市アウルフェイン。
静まり返った石造りの廊下を、二人の兵が担架を運んでいた。
担架の上には、銀仮面の男。仮面は半分に割れ、背の金具は焼け焦げている。
廊下の先には、黒衣の老人が立っていた。
「……敗北か」
「しかし、命は」
「それが、余計に厄介だ」
老人の目が、かすかに笑ったように見えた。
「会わせよう。こちらから、王国に」
帝国の暗い塔の中で、薄い金属板が震え、光の波が走った。
それは遠く王国の魔導塔にも届く、特殊な“位相信書”だった。
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王都クロスフィリア、魔法士団本部。
夕刻、セレスティアの執務室に伝令兵が駆け込む。
「帝国から、直通の位相信書です!」
室内の空気が一瞬で張り詰める。
セレスティアは書簡の封を切り、中身を無言で読み取った。
ゼルネとリーネ、そしてエルも呼び出される。
机上に置かれた金属板には、帝国式の整った文字が並んでいた。
――会談を望む。
――場所は灰牙の切り通し中腹、双方護衛五名以内。
――目的は「無用な損耗を避けるための話し合い」。
リーネが眉をひそめる。
「罠……の可能性が高いですね」
ゼルネは腕を組み、「それでも向こうから来るのは珍しい」と呟く。
セレスティアは視線をエルに向けた。
「どう見る?」
エルは短く答えた。
「条件次第で行きます。……見たいものがあります」
「見たい?」
「後光の術式。あれを使える人間は、帝国に何人いるのか」
ゼルネが鼻を鳴らす。
「お前、また狙われるぞ」
「その時は、その時です」
ノワールが影でくぐもった声を漏らす。
《罠でも構わん。罠であることを“条件”にすればいい》
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夜、エルは仮面の破片を前に、ノワールと静かに話していた。
破片の表面を指でなぞり、光の痕を記憶に刻む。
「帝国は、門を閉じられたと知って、どう動くんだろう」
《開ける方法を探す。それか、別の門を用意する》
「どちらでも、測れる」
《測った後は?》
「次の条件を作る」
窓の外で、王都の灯が一つずつ消えていく。
明日には、帝国との会談の準備が始まるだろう。
エルは破片を木箱にしまい、短く息を吐いた。
(罠でも構わない。条件を満たすまで、私は動く)
夜の王都に、乾いた風が吹き抜けた




