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第八十五話 それだけは困る

静まり返った王城の広間に砕けた聖剣の破片がキラキラと舞い輝く。幻想的な景色の中、僕は一人頭を抱えていた。


王様も王子様も、美の奇跡の確認に夢中だった王妃様たち女性陣も流石にこっちを見て、固まってる。

周りでざわざわしていた偉い人たちも怪我した兵士さん達も身動き一つせずに僕を見ている。

目の前で神器が壊れちゃったらそうもなるよね、申し訳ない。

とは思うけど、いつまでも固まってられても困る。なんか言って欲しい。

こういう時に頼れるビンスさんは…… 跪いた体勢のまま動いてない? いつもトラブルのときには真っ先に対応してくれるビンスさんが? それは流石におかしいでしょ。


そう思ってビンスさんを改めてよく見てみると、さっきのモヤモヤが濃くなってまとわり付いてるように見える。あれが原因な気がするぞ。

そっとビンスさんの肩に触れてみるとモヤモヤはサッと消えた。と、同時に広間のあちこちから軋むような音、何かが割れるような音が聞こえてきた。


「広間の拘束術式が破られた!? 方陣が完全に力を失っているだと!?」


広間の壁際で警護してた衛兵さんが叫んだ。


「ナオ様に刃を向けるとは…… 何たる暴挙! いかな王子といえども許せぬ!!」


動けるようになったビンスさんも叫んだ。めっちゃ怒ってる。


やべぇ、場を落ち着かせたかったのに追加でなんか壊した上に暴れる人増やしちゃった。完全に裏目に出たぞ。


「待って待って、ビンスさん。僕なら平気ですから!」

「ナオ様…… しかし!」


この中で一番僕が自力で対応できそうなのはビンスさんだ。ビンスさんなら僕の言葉を最優先で聞いてくれる筈。そして落ち着いたビンスさんに事態をなんとかしてもらうのだ!


「ほら、何ともなってないでしょ? 痣にもなってないですよ!」


聖剣で刺されかけた首筋辺りを見せて大丈夫なことを強調する。


「ね、普通の神器くらいで僕が傷つく筈ないじゃないですか」


こちとら『丈夫な神器』ぞ。


ビンスさんは僕が指し示した首筋や僕の顔をまじまじと見たあと、


「ナオ様がそこまで仰るのであれば……」


なんとか怒りを納めてくれた。よし! その調子でなんとかこの凍り付いた場を解凍してください! お願い!




「全く、なんと愚かなことを…… 暴挙を止めなかった陛下も同罪であるぞ」

「「……」」


落ち着いたビンスさんが王様たちを叱り始めた。

違う、僕は壊しちゃった聖剣のこととか、兵士さんを治さないこととか、その辺りのことを収集つけて欲しいのだ。王様たちをこれ以上刺激しないで欲しい。とは思うものの、今のビンスさんにこれ以上お願いする度胸もない。ビンスさんならきっとなんとかしてくれると信じて流れに身を任せるのだ。



『ふふ、やっぱナオの周りではおもしれぇことが起きやがるな』


不意に耳元でそんな声が聞こえた。この声は


「…… ユニコーンさん? ついて来てたの?」

『おうよ。こんな面白そうなイベント、見逃せねぇからな』


ちょっと、ここでもし見つかったらもっとややこしいことになるでしょ!? 勘弁してください。


『俺様の本気の隠形が人間ごときに破られるかよ。それより、ほら。あの剣の欠片、見てみろよ』


そう言われて、聖剣の欠片が散らばっている辺りを見てみる。

相変わらず欠片たちはキラキラと輝いていて綺麗だ。

ん、あぁ。そういうことか。


『あの輝きは神器に宿っていた神気そのもの。ナオならアレを吸収することもできんだろ』

「一応、この国の神器のものですから、勝手に取っちゃマズイんじゃ?」

『宿していた器がもうねぇんだ。ほっておいてもいずれ消えるだろうよ。ならナオがもらっちまって有効活用した方がマシってもんだろ』


それもそうか。消えたら流石にもったいない気はするし、それなら貰っちゃってもいいかな。


聖剣の欠片に向かってそっと手を伸ばしてみる。

その手に向かって光の帯が伸びてきて、僕の中にするすると入ってくる。それによって聖剣サーペンタリウスの権能の詳細がわかった。あの王子様、別に神器に選ばれてたわけじゃないんだな。


「ぐわぁぁ! い、痛い! 痛い!!」


王子様が突然大声を上げ、倒れる。全身を抱きしめるように縮こまり、痛い痛いと涙すら流しながら叫んでいる。


「タギネス、どうしたのだ!?」

「殿下!! お気を確かに!!」




「聖剣がなくなっちゃったからですね」


折ったのは僕だし、止めに神気を吸い込んだのも僕だけど。


「ど、どういうことでございますか?」

「あの剣を抜ける条件って『剣に何かを捧げること』なんですよね。王子様、子供のころにあの剣を持って『痛みなんかいらない! 俺は最強の剣士になるんだ!』って言ったことがある筈です」


神気の記憶の中にそんな感じのシーンがあった。


「痛み、つまり痛覚を剣に捧げたから、鞘から抜けるし、伸び縮みさせるくらいの最低限の権能は使えるようになってたんです。例えば、『残りの命の全て』を捧げてただ一度だけ剣を振れればいい、とかすれば山の一つ二つくらい消し飛ばせたんじゃないかな、あの剣なら」


それでも僕を斬ることは出来なかったと思うけど。


痛い痛いと王子様のうめき声だけが続く広間で僕は説明を続ける。


「で、その剣が折れちゃった、というか僕が折ったみたいなものですけど。折れちゃったので捧げられていた痛みが王子様のところに戻ったんです。剣に痛みを捧げてから今までの痛みが全部一度に帰ってきてる筈だから、相当痛いと思いますよ」


涙が我慢できなくても不思議はないくらいには痛いと思うので泣きながら呻いている王子様をちょっと引いた感じで見るのやめてあげて、王女様。



「このままだと可哀そうですし、治しましょうか?」

「なんと慈悲深い…… お願いしてもよろしいでしょうか」


王様まで僕に敬語になり始めた。やばいか?


「か、可哀そう…… だと……? へ、平民風情が……」

「はいはい、平民でも王様でも痛いものは痛いですから、やせ我慢しないでくださいね。僕、直接触らないと癒せないんで、近づいてもいいですか?」


王子様のプライド刺激しちゃったっぽいけど、とりあえず痛いの治しますからそれからお話しましょ、ね。


王様に近寄ってもいいという許可をもらってから王子様の側に寄り、痛みを取り除く。



「触れるな…… 平民の情けなど受けん……」



まだ強がっている王子様は華麗にスルーだ。


今、実際に骨が折れてるわけでもないのに骨が折れたときの痛みだけが神経を刺激してる感じ、不謹慎だけどちょっと面白いな。





そこからは王様とビンスさんとの間で色々話し合ってもらって、概ね問題ない感じにまとめてもらえたらしい。聖剣が折れた責任は僕にはないこと、旅の便宜は予定通り図ってもらえること、治療や奇跡を強要はしないことなどだ。まぁ、僕に何かを強制するのって無理だけどね。癒すとき、一緒に呪うくらいはするから。

ともかく、全てビンスさんに丸投げした。ビンスさんなら僕の希望に合わせてちゃんとやってくれる、それだけの信頼があるし、第一僕が口を挟んでも話がさらに拗れる恐れがあるからね。


その間、僕が何をしていたかというと


「それでは、後日改めて場を設けて頂ける、ということで……」

「たのしみ」


王妃様と王女様、侍女さんたちに美の奇跡を強請られたのでそのお相手である。

流石に人前で王妃様や王女様にアレをやるわけにはいかないので後日、希望する女性だけを集めた場で、ということになった。

王様とか偉い人たちが慌てて止めようとしてたけど、僕が別に構いませんよ、と言ったことで圧の強い女性陣を押し留めることが出来なくなったようだ。なんかすみません。


聖剣折っちゃった問題についても僕に非はないということで納得していただけたようだ。神気を吸収したことはバレてない。多分。





色々あったけど、なんとか上手くまとまったかな、と思っていた矢先。



「父上、何故王たる貴方がそんな平民ごときに遜る必要がございます」

「まだそのようなことを言うのか! ナオ様のお力はもう存分に理解できた筈だ。もうよい、お主は下がっておれ」


王子様だけはまだ納得してくれてなかった。


「あぁ、あぁ、わかりますとも! その平民の癒しの力が素晴らしいことも! 聖剣すら通じぬ、与えられしものであることも! この俺を聖剣を使いこなせていなかった愚か者だと愚弄したことも!」


『やべぇな。完全に眼が逝っちまってる。ほぼ錯乱してるぞ』


「あぁ、わかったとも! そいつを傷つけることは出来んことも! 触れなければ奇跡は振るえないということも!」


血走った眼で王子様がニヤリと笑う。


「だが、だが! 貴様の仲間はそうではあるまい! ビンスの屋敷に居るという連れの女どもを捕らえに兵を向かわせた! 奴らの命が惜しければ俺に従え! 許しを乞え!」

「タギネス! お主、なんという恥知らずな!」

「殿下、それはなりませんぞ、それだけは!」



「つまり、人質ってこと…… ですか?」

「そうだ! 貴様が大人しく俺の言うことを聞いて居れば望みのまま多大な褒賞を受け取り、贅沢な暮らしも出来たであろうものをな! 後悔しても、もう遅いぞ。これから貴様は一生俺に仕える奴隷になるのだ!」

「それは困ります」

「困るだと!? それがどうした! 貴様のせいで俺は聖剣を失い、大恥を掻いたのだぞ! 本来なら殺しても飽き足りんが、その力に免じて生きることだけは許してやる」


困るんだよな。僕の周りの人に迷惑を掛けられるの。


「僕自身は大抵の事、平気なんですけど。それだけは困るんですよね」


血走った目で、王子様が嗤う。


「だから、それをしようとした人がいたら、酷い目に合わせて二度と同じこと考える人がでないようにしないといけないって決めてたんです」


言い方は悪いけど見せしめ、ってやつ。


「くくく、王族が我らを弑しようとした。ならばその代償は」


隠れていたユニコーンさんがその本来の姿を現す。

突如現れた聖獣に場がどよめく。


「この国を亡ぼす。王が犯した罪は国が犯した罪である」


こうなりたくなかったから、王様に会いに来たのに。

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