第七十三話 再会
王都観光二日目の今日はミーナさん、シトリィさん、ハンナさん、ランスリンス兄妹、僕の6名で放牧地区の見学だ。
ミリアさん、ロロさん、ビンスさんは僕が王様に会う段取りのためにお城に行ってしまったので別行動である。
王都の東門から出ると、見渡す限りの草原が広がっていた。
門から続く街道が遥か先に見える森にまで続いており、その道を挟むように左右になだらかな丘陵をもつ草原が広がっている。僕の地元ではちょっと見られなかった景色だ。
「ここが放牧地区?」
「そうだよ。ほら、門の近くの良い場所は貴族とか大きな商会なんかの厩舎が並んでるんだ」
ランスさんが指す方には確かに立派な馬小屋があり、その近くで何頭かの馬がのんびりと草を食んでいる。
「それからちょっと離れたあっちの方。あの辺りは乗合馬車とか個人で配達とかやってる連中の馬がいる。で、ずーっと向こう、森の手前くらいに建物が見えるだろ? あそこでは騎士が乗る馬とか軍用馬が訓練してる」
王都に出入りしやすい門の近くは一等地としてお金持ちや貴族が場所を確保していて、普通の人が使うような馬はその向こう。なるほど、門周辺は駅前とか通勤に便利! みたいな感覚なのかな。
「門の近くは王都の壁からも近いから万が一馬を狙うような大型の魔物が空からきてもすぐに追い払われるから安全なの。だから人気があるし場所代も高いのよね」
続くリンスさんの説明は思ったより殺伐とした、切実な理由だった。ここは異世界、安全は無料ではないのだ。
「じゃあ、遠くの方にいるお馬さんたちは大丈夫なの?」
王都近くが安全、と聞いてすかさず王都から遠くにいる馬たちの安全を心配する天使。
「向こうにいるのは騎士様が乗るような馬が訓練を受けてるんだ。馬の訓練をしてるのも兵士だしあそこから森に向かって訓練を兼ねた警邏をしたり…… まぁ、みんなの安全を守ってくれているお馬さん達がいるのさ」
途中からミーナさん向けの説明に切り替えたランスさん、流石気遣いの男ビンスさんの息子さんだな。
つまりあの遠くに見える建物は森からゴブリンとか肉食の魔物が出てこないように見張りと街道の警護をするための拠点か。なるほどね。
ランスさんとリンスさんの説明をふんふんと聞きながら辺りをキョロキョロと見回してみる。
「ナオ、どうした? キョロキョロして」
「あ、いや、馬しかいないのかなと思いまして」
放牧地区っていうからてっきり牧場みたいな設備が集まっていて牛とか山羊とかもいるのかと思っていたんだけど目につくのは馬ばっかりだ。
「あぁ、王都周辺は基本的に騎獣は馬だぜ。湿地帯とか山の方ではトカゲを馬みたいに使ってることもあるらしいけどな」
馬代わりのトカゲ! うわー、気になる! それも見てみたいなぁ。
そう思いつつ僕が想像していた牧場のイメージをシトリィさんに説明する。
「あぁ、そういうのはもうちょっと田舎の方にあるな。ブキシトンから王都までは森が多かったからあまりなかったけど東のオソレまではこんな感じの平野が多いからその時に見られるんじゃないか」
「それは楽しみですね」
そんな雑談をしながら案内をしてくれているハンナさんの後ろをのんびり歩いていると
何処かから僕たちを呼ぶ声が聞こえてきた。
「おーい!」
声の聞こえてきた方角をみると
「あ、御者のおじさんたち!!」
「おー、おっさんらじゃねぇか!」
王都まで僕たちを乗せてくれた御者のおじさん達が大きく手を振ってくれていた。
「おーい!」
「こんにちわー!」
僕とミーナさんも負けじと大きく手を振り替えしご挨拶する。
「会頭の娘さんが会いたそうだったぜー!!」
え、ピチータさんも王都に来てるの?
「あの辺りは確かベトン商会だな。知り合いかい、ナオッチ」
「えぇ、お世話になった御者さん達です。…… ピチータさんも王都に来てるんだ」
支店があるって行ってたもんね。一度お邪魔してみようかな。
「またねー!」
最後にもう一度おじさん達に大きく手を振り替えす。うん、皆さんお元気そうで何よりだ。
「ベトン商会っていえば、可愛いデザインの革細工売ってるお店よね。私も一つ持ってるよ」
そう言いながらリンスさんが見せてくれた小物入れのような小さな革細工を見て僕とミーナさんは思わず
大きな声をあげてしまった。
「これ! タバサおばさんの!」
「タバサさんのお花だ!」
そう、リンスさんの見せてくれた革細工に描かれていた小さなお花にとても見覚えがあったのだ。
「おぉ~、おかみさんの細工、王都でも売ってるんだなぁ」
「うふふ、人気だとは聞いていましたけど、本当にそうなんですね」
思わぬところで見つけたタバサさんの作品にシトリィさん、ハンナさんも一緒になって大はしゃぎだ。
これはもう、ベトン商会王都支店にも行くしかないね。
そんなこんなで辿り着いた目的地。
それなりの広さの草原に5頭前後のグループになった馬が数組思い思いに過ごしている。
「ここは?」
「ビンスさまのところで学ばれた方が経営している馬屋さんです。今後のことを考えると馬車の購入も視野に入れておくべきだとビンスさま、ミリア姉さんともお話してまして」
ハンナさんの説明によると、王都から次の目的地に進むには乗合馬車を使うか、王都まで来た時のように御者さん付きの馬車を借りるか、自前の馬車を用意して自分たちで御者もやるかといったところになるらしい。つまり、バスかタクシーか自家用車か、ってことだな。で、ここは自家用車用の馬を取り扱っているお店ってことか。
ブキシトンから王都まで普通の倍くらいの時間が掛かったのも僕の『寄り道しながらのんびり旅をしたい』という我が儘のせいだった。これからもそれを続けるためには自家用車が必要って考えるのは当然の流れかも知れないけど……
「ナオッチ、今、馬の代金のこととか考えてるだろ」
「気にしないでいいよ~、パパ、あれでも結構お金持ちなんだから。ていうか、使徒様の巡礼のための資金を提供できるなんてパパ達からすれば誉れよ誉れ! マジで!」
「いえ、そういうわけにはいきません」
何故、僕の考えていることはみんなに筒抜けなのか。解せぬ。
この世界の物価にはまだまだ詳しく無いけど馬とか馬車なんてそれこそ前の世界の自家用車かそれ以上の価格帯にある筈だ。そこまで甘えるわけには行かない。
「ナオ、お前のそういうとこ、アタシは好きだけど、遠慮しすぎるとまたビンスが嘆くぞ。まぁ、まだ買うって決めてるわけじゃないんだ。買うとしたらこういう店で馬を選んで、馬車も馬車屋で注文して。この世界で旅するときのの手順の説明みたいなもんさ。馬には善し悪しもあるし、相性もある。まずは色々見て、難しいことはそれから考えようぜ」
シトリィさんのその言葉で僕も気付く。
そうか、今日は観光。いわば社会見学なんだ。買うと決めているわけじゃないし、僕だって会頭さんにもらったお金が多少はあるし。
それにもし自分たちの馬車を持つとなったらその馬車を牽いてくれる馬も旅の仲間になるんだ。そう思えば自前の馬車っていうのも素敵だなぁ。
よし、とにかく見学させてもらおう。僕のチートがあればお馬さんたちにはモテモテになれる筈だし!
「やっときたのね! 待ってたわよ」
みんなで色んな馬をみて色々お話して、楽しく過ごしていると突然背後から声を掛けられた。
振り返ってみると狐っぽい耳をした色の薄い獣人の女性だった。
「さ、案内してあげるからついてきなさい」
そういうとスタスタと歩いていく女性。いや、誰?
「ナオ、アイツ、馬が骨折してた行商人だぜ」
「あ、あのときの。で、待ってたとか案内とか、なんの話ですか? ここで待ち合わせの約束が?」
「いや、アタシは聞いてないよ。ハンナ?」
「私も心当たりはないです。ビンスさまからも何も」
「何してるのよ、早く来なさいよ。どんくさいわね」
僕たちがヒソヒソとお話をしていて後に続いていないことに気付いた狐耳さんが苛立ちながら更に僕らに付いてくるように促す。
「全く、これだから田舎者は。…… 今日はあの猫はいないのね」
ピシリ、と空気が凍った音が聞こえた気がした。
聞こえてはいけない 言葉 は聞こえた。
直後、狐耳さんの足下の土が弾けた。
「今の言葉、取り消しなさい」
ハンナさんの攻撃魔法的な何かが飛んだようだ。
シトリィさんもかなり殺気だった眼で狐耳を睨み付けている。
「な、なにすんのよ……!?」
シュッ
今度は空気を裂く様な音がした。狐耳の頬が切れ、一筋の血がタラリと流れた。
「次は外しませんよ」
ハンナさんの冷たい声が本気だと伝えてくる。
「ミーナちゃん、あっちに産まれたての仔馬がいるんだって、見に行こうよ。仔馬はちっちゃくて可愛いぞ! ナオッチ達も用事が済んだら来てくれよな!」
ランスさんがミーナさんを連れて離れてくれた。流石です、ランスさん。
「シトリィさん」
「ナオ、止めるなよ。絶対にあの言葉だけは撤回させる」
あの狐耳はこの場にいないロロさんを指して『猫』と言った。
それはこの世界の獣人における最大の侮辱だ、殺し合いが始まるのが”普通”と言われるほどに。
「即死じゃなければ大丈夫ですので、思いっきりやって問題ありません」
「そうだよな!」
それをシトリィさん、ハンナさんが許す筈がない。
勿論、僕も。
「ひ、ひぃぃぃ!!」
僕たちの本気が伝わったのか、逃げていく狐耳。
「どうする、ナオ」
「元々僕らを何処かに案内したかったみたいですし、追いかけましょう。それにまだ撤回させてません」
「ミーナさんをお願いします」
リンスさんにお願いし、僕とシトリィさん、ハンナさんの三人は狐耳を見失わないように、追う。




