表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/71

第四十話 頑張る人と諦めの早い僕

怖い人について建物の中を進む。裏口の辺りは物がたくさんあったのでこじんまりとしたイメージだったけど、結構大きな建物みたいだ。無言でしばらく進むと怖い人が一つのドアの前で立ち止まり、ノックする。


「奥様、お連れ致しました」


怖い人は返事が聞こえる前にドアを開け、目線で僕たちに中にはいるように促す。この人、怖いというか、割と無礼なんじゃない? こういうもの?


ならず者たちに続いて僕が室内に入ると最後に怖い人も入ってきて後ろ手にドアを閉め、その前に仁王立ちした。この部屋を出たければ私を倒していけ、というポジショニングですね。

通されたのは見るからに応接室といった作りで、40代前半くらいの女の人が座っていた。


「こんなに早く来ていただけるとは思いませんでしたわぁ。皆さん、どうぞお座りになって」


にこやかに笑いながらおっとりとした口調で僕たちに着席を促す。この人が奥様なのだろう。


「こんな上等なお部屋はあっしらのようなものには恐れ多いことです。ささっとお暇させていただきたく……」

「あらそう? 美味しいお茶もありますのに残念ですわぁ。それなら残りのお駄賃を差し上げないとねぇ」


不味い、ならず者たちが目的を達してしまう。奥様がきんちゃく袋から硬貨を取りだし、3人に渡そうと……


「お待ちください、奥様。その者たちにいくらお渡しになる気ですか」


なんとか引き延ばす方法を考えているうちに怖い人が奥様を止める。ナイス怖い人。


「あらぁ? 少なかったかしらぁ?」

「逆です。ただ、人ひとりを連れてこさせた行かせただけならその十分の一でも多いくらいです」

「おいおい、番頭さん。天下のべトン商会が一度約束した報酬の額にケチつけようってのかい?」

「そうそう、そのガ…… 子供を連れてくるのは大変だったんだぞ!」


さっきまで明らかに怖い人にビビッていた癖に怖い人の上位者である奥様の前に来たとたん態度が大きくなったヒゲと頭髪が不自由な人。清々しい小物っぷりだな。


「どうせ前金でいくらか渡されているのだろう。それで満足してとっとと失せろ」

「なんだとぉ!?」


いい感じにもめ始めたぞ。ここは更に追い打ちを掛ける場面だ!


「あの、僕も暇じゃないんで。ご用件を早くいってもらえませんか」


それまで置物のように黙っていた僕が急に話し出したので全員の注目が集まる。見つめられると投げキッスとかやってみたくなるな。


「あらあら、そうでしたわねぇ。お招きしたお客様をお待たせしてはいけないわぁ。あなたたちのお話は後にして頂戴ね」


この場の最高権力者である奥様にそう言われては怖い人もならず者も引かざるをえない。互いに不満そうな表情を隠しもしていないが、とりあえず一旦黙ることにしたようだ。


「はじめましてぇ。わたくし、ベータ・べトンが妻のルイ・べトンと申しますわぁ。お見知りおきを」

「はぁ、それでご用件は?」


おっとりとした口調でにこやかにご挨拶をしてくれた奥様に僕は出来る限り平坦な声でつっけんどんに返す。名前を名乗って貰ったのに名乗り返しもせずにこの対応は中々に失礼ではないだろうか。その証拠に怖い人の僕を見る目つきが険しくなった。うぅ、根が小心者だから失礼な振る舞いなんかすると胃がキュッとなる。頑張れ、僕。ポーカーフェイスは割と得意な方だった筈だろ。


「え、えぇそうねぇ。貴方、とても素敵な魔法が使えるんですってねぇ。そんな貴方に是非お願いしたいことがありますの」


奥様も僕のあんまりな対応に面食らっている様子。それでも話を進めようとしている。


「そうですか。それは一刻を争うようなことですか?」

「そうねぇ…… 早いほうが嬉しいのはもちろんだけど、一刻を争うという程ではないと思うわぁ」


ふむ。急患の線は消えたな。まぁ無いと思ってはいたけど。これで遠慮なくいける。


「では、そのお願いとやらを聞く前にあなた方には謝罪を求めます」


うおぉぉ、怖いぃぃぃ。怖い人の視線が物理的な圧力を持ち始めたんじゃないかと思う程厳しくなったぞぉ。


「謝罪? わたくし、貴方に何かしましたかしら?」


おっとりした奥様も流石に初対面の子供にこんな口の利き方をされてちょっとムッとしているようだ。でも僕はもっと怒っているんだ。


「あなたは直接は何もしていません。ただあなたが使いに出したこの3人がとても許せないことをしました。そのことを謝罪してもらい清算されるまで僕はあなたの力になるようなことは絶対にしません」


突然話題にあげられたならず者たちが驚いた顔で僕をみている。怖い人の顔は相変わらず怖いままで変化がない。表情筋死んでない? 大丈夫? 治そうか?


「あなたたち、この方に何をしたの? わたくし、丁重にお招きするようにと言いましたわよねぇ?」

「い、いや、だから俺たちは急いでこのガキを連れてきてるじゃねぇか。何が悪いってんだよ」


奥様にとがめられたが、呪われてなかった男はいきり立って反論する。そうだよね、このままだと残りの報酬がもらえなさそうな流れだもんね。いい流れを掴んだかもしれない。


「その3人は僕がお世話になっている宿の入口の扉を意味もなく破壊しながら入ってきて、話の途中でもこれまた意味もなくテーブルと椅子を壊しました。更に僕の大切な友人たちを怯えさせ、涙を流させたのです。少なくとも壊したものの弁償、そして僕の友人に対する誠意ある謝罪。これが行われなければお願いとやらの話を聞く以前の問題です」


こいつらは僕を呼び出す、だなんてつまらない事のために意味も無く、本当に何の意味も無くタバサさんの大切な宿屋を壊したんだ。心から反省してきちんと謝罪するまでは絶対に許さないぞ。


「まあぁ! あなたたち、なんてことを! 謝りなさい!」

「ふざけんな! 俺たちゃ、お前の言うとおりにしてやっただけだろうが!」

「お前ですってぇ! このわたくしにむかって!!」


奥様がヒートアップしてならず者たちと口論初めちゃった。『お前』呼びが地雷だったのかな?

とりあえず場をかき乱せばなんか良い流れになるかと思ってやってみたけど、これは無理だな。ヒステリックになった女性をなだめるなんて高等技術は持ってないよ。ここは()に回って良さげなところがあればまた介入しよう。良い流れなんて掴めてなかったんや。


「静まれッ!」


ビクッ!


僕がすっかり傍観者になる覚悟を固めているとそれまで黙っていた怖い人がいきなり大声で一喝した。怖い人以外の奥様を含む全員がビクッとなり、部屋に静寂が訪れた。僕も一緒にビクッとなったのは不可抗力である。


「ごちゃごちゃ騒ぎ立てるな、見苦しい。…… 奥様、一度話を整理しましょう。この者達になんといって、何を依頼したのです」




怖い人の仕切りで話の流れが明らかになっていく。


奥様サイド


奥様はいわゆる箱入り娘で金銭感覚がバグっている。

元々旦那さんつまり商会の会頭から僕のことを聞いて会いたいと思っていた。

旦那さんに何故か僕に関わることを禁止されていて不満があった。

たまたま今日は旦那さんが朝早くからいなくて、そこに仕事もせず暇そうにしている従業員をみつけた。

チャンスだと思い、こっそりその従業員に僕を連れてこさせようと思った。

こういった場合にはお駄賃がいる筈。だけど相場がわからないから適当にこれぐらいかしら? (この時点で相場の5倍近い) あ、でも3人いるわね。じゃあ3人分(更に三倍したので15倍近い金額に)

(旦那さんが戻る前に会いたいので)できるだけ早く、(でもご迷惑を掛けてはいけないので)丁重にお招きしてきて欲しい。

思った以上に早く来て頂けたわ! 嬉しい! あれ? 何故怒っていらっしゃるのかしら←今ここ


ならず者サイド


基本的にブラブラして自堕落に暮らしているがお金が無くなると仕事を捜す。

真っ当な仕事も真っ当じゃ無い仕事もやる。金になればそれで良い。

今回はたまたまベトン商会で夜通し壺の中身をかき混ぜ続けるというサボってもバレなそうな仕事を見つけたので参加した。

壺の中身は革加工に使う特殊な薬剤でサボってかき混ぜるのをやめるとすぐ固まって使い物にならなくなる代物だった。サボればすぐバレる上に使い物にならなくなった薬剤は弁償させられるという。

当てが外れたが今更止めれば今度からギルドが仕事を回してくれなくなるかもしれない。ソレは不味い。

嫌々一晩壺をかき混ぜて報酬を貰ったあとに奥様に声を掛けられた。

商会の従業員は他にもいるのにわざわざ俺たちみたいなのに頼み事だと?

子供一人連れてくるだけでこの報酬? マジかよ。

「できるだけ早く、丁重にお招きしてきて(どんな手段を使ってでも今すぐこのガキを連れてこい)」

なるほどね、そういう(・・・・)依頼ね。だから俺たちみたいなのに頼んだ、と。なるほどね。

いい小遣い稼ぎになりそうだ。

訳の分からねぇ魔法使うクソガキじゃねぇか! 早く報酬寄越せよ、俺たちゃ言われたとおりやったぞ←今ここ




……


これはあれだね。僕とハンナさんの間で起こった奴と似たパターンだね。お互いの認識にズレがあるから意図が正確に伝わっていない。今回の場合はそれなのに妙にかみ合っちゃったから話がスムーズに進んでしまった、と。


ふむむ、予想外の展開だな。あれ、ということは奥様がポヤヤンなだけでベトン商会は真っ当で孤児院にも善意の支援を行っていただけの線もある? 希望が見えてきた気がします。


この展開は流石に予想外だったらしく行き違いを紐解いた功労者である怖い人は頭を抱えているし、奥様とならず者たちはお互いに相手が悪いとの主張を譲らない。混沌としてきましたね、僕にこれを納める力はありませんよ? 怖い人、もう一回頑張ろ?

ブクマ登録、評価などありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ