第三十九話 良くない予感とイキリ倒す僕
タバサさんの宿を出た僕たち一行は大通りをてくてくと歩いていく。いつの間にか一人が僕を先導し残りの二人が僕の左右後方にピッタリとくっつくフォーメーションをとっていた。なんかこういったことに馴れている感じがするな。この辺りは街のメインストリートにあたるだけに人通りも多く、なかなかの賑わいだがならず者たちはそんなことは一向に気にする様子もなく黙ったまま歩き続ける。
「ところで、僕に用があるというのはどんな人なんですか?」
「「「……」」」
シカト頂きました。一瞬だけ僕をチラ見したあと三人揃って目をそらし、黙って歩き続けている。僕もまさか君たちと和やかにお喋りできるとは思っていないけどシカトですか。なるほどね、そっちがその気ならこっちにも考えがあるよ。元々君たちには反省と謝罪をしてもらおうと思っていたんだ。僕はピタリと足を止め、通りの真ん中で立ち止まった。
「おい、さっさと歩け」
右後方のならず者がなんか言ってる。延ばし放題に延びた無精ひげが清潔感を著しく損なっている。
「手間かけさせんな。痛い思いはしたくないだろ」
左後方の頭頂部が寂しいならず者が喚く。僕は努めてすっとぼけた顔を作り肩をすくめてヤレヤレとアメリカンなジェスチャーをして見せる。
「てめぇの立場ってもんがまだよくわかっていないみたいだなァ」
さっき僕にボディーブローをくれたものを壊しながらじゃないと喋れない呪いにかかっている男が凄む。それにしても、
「人の言葉に良く似た声で鳴く豚だなぁ」
「あぁん? なんだそれ、どういう意味だよクソガキ」
「あれ? 言葉が通じるんですね。話しかけても返事もしないからてっきり人の言葉が喋れない豚か犬かと思いましたよ」
僕の挑発に男たちは簡単に引っかかる。
「んだとてめぇ! 俺たちを豚か犬だって言ってやがんのか!?」
叫びながら僕に殴りかかってくるヒゲ。釣れた。
「うぎゃあ!」
僕はいまこいつらに激しい怒りと嫌悪感を持っている。そのうえで更に『ちょっと痛い目みせて反省させてやろう』とも思っている。そんな状態の僕に触れると麻酔無しで健康な歯をペンチで引っこ抜くくらいの痛みを味わえるのだ。
「このガキ!」
頭髪が不自由な方も釣れた。乱暴に僕の胸倉をつかみ上げようとして
「いでぇ!!」
先人の失敗に学ばないね。まぁ、『ただ触るだけで痛い』なんて普通はあり得ないからしょうがないか。
「こいつらに何をしやがった」
呪われし男が汚い顔を醜く歪めて僕を睨みつけてくる。
「僕、心が汚い人に触られるの苦手なんですよね」
「ちょっと妙な魔法が使えるからって調子に乗るなよ、クソガキ」
おっと、正気か? こんな人目の多い場所で短剣を抜きそうだぞ、呪われ男。
「素手で触れねぇってんならこいつの出番だよなぁ?」
うーん、こんなところで暴れられたら周りの人に迷惑が掛かっちゃうな。まぁ、こいつにはさっき仕込んであるからいいか。
「ごめんなさい」
「ケッ ガキが調子に乗りやがって。今更謝ってすむと思うな」
「こんな街中で刃物持ちだすほど思慮が足りない人だとは思ってませんでした。豚ぐらいかと思ってたらゴブリン以下の知能だったなんて。過大評価してしまっていましたね。すみませんでした」
まぁいいか、とは思ったけど一応もう一押しだけ挑発してみる。
今度は何も言わずに無言のまま僕の左腕の辺りを切りつけてくる呪い男。躊躇いがないし、ちゃんと『生かして連れて行くため』に死にはしなそうな腕を狙う冷静さがある。こういう荒事に馴れてるんだろうな。でも残念。そんな短剣で丈夫な僕は傷つかない。
ロロさんと仲良くなったあとも僕はいざというときに備えて攻撃を怖がらない特訓をしていたんだ。具体的には真正面から剣で斬られたり、不意打ちでナイフを突き立てられたり、弓で遠くから狙撃されたりしていた。最初は滅茶苦茶ビビってたけど、何をどうされようが傷つかないのはわかってたし、痛くもない攻撃を怖がるのは馬鹿々々しいな、と思えるようになってからはだいぶ落ち着いて対処できるようになった。
「あ、ローブがほつれちゃった」
短剣は当然のように僕になんのダメージも与えなかったけど、制服の上に重ね着していたローブは刃が当たってちょっとほつれてしまった。まだもらってから一週間も着ていないのに! でも僕の自業自得か…… 僕自身と制服は丈夫でもローブはこの世界の普通の布製だもんね。今度から気を付けよう。
「くそ、本当になんなんだよ、このガキは……」
「話が旨すぎるとは思ったんだ……」
街中で短剣抜いてしかも子供(に見える僕)に斬りかかった男たちを見て周りがざわつき始める。この街の治安は決して悪くはなく、こんな通り魔みたいな騒ぎを起こせばすぐに警吏の人がきてしまうだろう。
「あなたが馬鹿な事するから騒ぎになってしまいそうです。仕方ない。ほら、さっさとこの場を離れましょう」
そう言いながら呪い男の背中を押す。
「ぐぎゃあ!」
あ、ごめん、触っちゃった。痛かったよね? 勿論わざとです。
そそくさと逃げるようにその場を離れた僕withならず者たち。触れる事さえ出来ない僕を力づくでどうこうしようというのは諦めたのか、歩きながらさっきと同じ質問をすると今度はブチブチと文句を言いながらも答えてくれた。僕のご機嫌を損ねてまた立ち止まられたら厄介だもんね。一度痛い目を見ればそれぐらい覚えるよね。痛い目をみないとわからないってことでもあるけど。
僕を呼んでいるのはべトン商会の会頭の奥様、つまり社長夫人らしい。3人はべトン商会の人間ではなく、互助ギルドを介して臨時で雇われてなにやら徹夜仕事をしていたらしい。今朝、その仕事が終わってさぁ帰ろうか、というときにたまたま社長夫人に声を掛けられ僕を大至急連れてこいと言われた、と。
前金でそれなりにお金を渡され、ちゃんと連れてきたら追加のお駄賃を弾むと言われたので、子供一人を連れてくるだけの簡単なお仕事だと思った3人は喜び勇んで僕の所へ来た、と。
社長夫人かぁ…… 僕の治癒能力のことを何かで知って、大怪我とか急病とかで大慌てで呼んだという情状酌量の余地のあるパターンも想像していたけど。夫人、かぁ…… あまり良くない予感がしてきましたねぇ。
「この先だ」
大通りを少し外れて路地裏のようなところを少し進んだ先が目的地らしい。お店の裏口とか勝手口みたいなところに通じているのかな。
「入れ」
大きな建物の裏手の扉を開けた呪い男が顎でクイっと内に入るように指し示す。顎クイかぁ。女の子にならやってみたくもあるけど、こいつにやられても不快なだけだな。あと、こいつちゃんと扉開けられるんじゃないか。呪われてなかったのか。
裏口から入った先はお店の在庫置場のような場所らしい。大小様々な大きさの壺やら加工前らしき革やら革の製品やらが所狭しと並べられていた。
「奥様に急ぎで連れてこいって言われていた子供を連れてきた。誰か話の分かる奴に伝えてくれ」
ならず者たちがその辺にいた従業員らしき男の人に声を掛ける。声を掛けられた人はならず者と僕の組み合わせをみて怪訝そうな顔をしながらも『奥様の急ぎの用事』という言葉に逆らうほどではなかったらしく奥へと走っていった。
「ふぃー、これでなんとかお駄賃はいただけそうだな」
「ガキ一匹攫うだけの簡単な仕事だと思ったのにとんだ目にあったぜ。触れる事もできねぇわ、短剣もはじきやがるわ」
「確かに薄気味わりぃガキだが、これだけでいい金になるんだ。悪くはねぇぜ」
あ、ちょっと不味いな。ここでこいつらがお金受け取ってさようなら、となると僕の目的が果たせないじゃないか。僕がそんなことを考え、今後の対応を考えているといつの間にか僕たちの前に40代くらいの男の人が立っていた。
「奥様がお会いになるそうだ。来なさい」
え? 対応が早いな。ついさっきお店の人が走っていたところだよ。この人もいつの間に現れたんだ。素人の僕でも分かるくらいに上等そうな服を着ているし、それなりの立場の人に見えるけど。
「いやぁ、俺たちは頂けるものさえ頂ければここで失礼致しやす」
ヒゲがヘラヘラと愛想笑いを浮かべてそういうと
「奥様がお会いになるそうだ。来なさい」
全く感情のこもっていない声で同じ言葉が繰り返された。わかったぞ、この人、怖い人だな。僕は詳しいんだ。
そのまま歩き出した怖い人にならず者たちはスゴスゴとついていく。僕としてはあいつらを逃がさなくてすんだので結果オーライだな。
「早くしなさい」
その場に立ち止まったままだった僕を振り返り怖い人が声をかけてくる。声に感情が乗ってないのってこんなに怖いんだね。暴力系は特訓してたおかげもあって耐えられたけどコッチ方面は鍛えてないんだよね、僕。
まぁ、なんとかなるか。あいつらに謝罪もさせたいし、もうちょっと強気なナオ君で頑張ろう。




