第三十八話 フラグと演技派な僕
ミリアさんが旅立ちの予定を告げ、ミーナさんは予想していなかった別れに涙を流し、僕は相変わらず女性の涙の前には無力だ。
ロロさんとハンナさんはそんな僕についてくると言ってくれた。だけど残る3人娘の一人、シトリィさんはこの街に残るという。
「フヒヒ、なんだかんだ長い付き合いだったけど、お前らと一緒の時間は楽しかったぜ。特にロロはこの臭い街に付き合わせちまって悪かったな! ハンナはあんまりナオに迷惑かけんじゃねぇぞ。ハンナの信者っぷりは横で見てるだけのアタシでもドン引きだからな!」
ニシシ、と悪戯っぽく笑うシトリィさん。静かになってしまった空気を変えようとしてくれているのだろう。
「シトリはなんで一緒に行かないにゃ? シトリはミリアのこと大好きだし、いつかみんなで旅をしたいって話してたにゃ。今がその時にゃよ」
ロロさんにとってもシトリィさんが一緒に行かないというのは予想外だったらしい。ハンナさんの時のことから分かるようにこの三人は本当に仲が良い。強い絆で結ばれている、というのはこういうことなんだと実例を見せられているようで僕はとても羨ましくもあった。そんな三人の関係がここで終わってしまうのだろうか。それは、とても悲しいことだ。
「おかみさんと同じだよ。アタシは世話になった孤児院を置いてはいけない」
「今の孤児院はベトン商会が支援してくれていてシトリィがいた頃よりよっぽど良い環境になっているのでは? 恩義を大事にするのも良いですけどそれに拘りすぎることも恐らくミタ様はお喜びになりませんよ?」
ハンナさんの言葉にシトリィさんは少し躊躇ったそぶりをみせたあと、静かに口を開いた。
「アタシはベトン商会を信用しきれないんだ。確かにあそこのおかげで今の孤児院はアタシがいた頃とは比べモンにならないくらい良い暮らしが出来るようになった。そのことは本当に感謝してるけど、あれだけの後押しをしてくれる理由がなさ過ぎる。理由も無く始まった支援はいつ理由も無く終わるかもわからないし、今あの支援が終わってしまえば、孤児院はたちまち行き詰まっちまう」
「確かにベトン商会の支援に疑問があるのはわかります。あんなことをしていても商会側にメリットは殆ど無いはず。なのにあれだけの支援を続けてくれているというのは単なる善意、というだけではちょっと説明がつかない気はしますが……」
「でもあいつ等別に悪いことしてないにゃ。孤児を育てて奴隷にしたいとかなら普通に売ってる奴隷を買った方が手間も金も掛かんないにゃ」
「そこがわからねぇ。わからねぇのが怖いんだ。商人ってのはアタシ達と全然違う生き物みたいなとこがあるからな。本当に単なる善意だとはとても思えないんだ。なんか想像も出来ないような恐ろしいことを企んでるのかも知れねぇ。そう思うとアタシはこの街を離れる気にはなれないんだよ」
お金持ちが孤児を使ってなにか悪いことを企む、ってのはありがちな話だしシトリィさんが心配していることもわかる。僕なんか「この世界、いい人ばかりだなぁ」で思考が止まっちゃってたけど、確かに街一番の大きな商会の人が何の見返りもなく孤児院に出資し続けているってのいうのは不思議な話だ。なにかある、と思うのが自然なのかもしれない。
「ここであれこれ考えてもしょうがないにゃ。そんなに心配ならミタに聞いてみたらいいにゃ」
「ミタ婆に?」
「そうですね。商会の人たちと直接やりとりをするのはミタ様ですし、何か不自然なことがあれば感じとっているようなこともあるかも知れません。それに、シトリィがそういう心配をしているということをお伝えしておくだけでも良いかもしれませんよ」
「…… ミタ婆はあれでけっこう抜け目ないところもある。アタシが疑問に感じるくらい不自然な援助を何も考えずに受け続けてるってことも無いのかな……」
「善は急げにゃ。早速明日3人で聞きに行くにゃ」
「そうだな…… そうすっか」
「にゃ。どっちみちシトリの人生なんだからシトリが好きにすればいいにゃ。でも、ロロはシトリとハンナとみんなで旅をしたいにゃ。そのことは覚えとくにゃ」
「ロロ……」
3人の話し合いは穏便にまとまったみたいで一安心だ。お互いを思いあっているから素直に思ったことが言えて相手のアドバイスや意見なんかも素直に聞き入れられるのだろう。う、うらやましくなんてあるんだからねッ! マイペースなロロさんがシトリィさんと離れてしまうのが嫌だと言っていたのも印象的だったな。そして、ベトン商会というのが孤児院を支援してくれていた商会か。トップが只のいい人だった、ってオチだといいなぁ。与えられしもの、なんて持上げられていても僕はこういう話題には全く無力だ。社会経験がなさ過ぎる。
今夜のところはミーナさんが泣き疲れて眠ってしまったこともあり、みんなそれぞれに別れて休息を取ることになった。
翌朝、3人娘は早速ミタさんのところへ行った。ミリアさんもなにやら用事があるとのことで日が昇ると同時くらいにお出かけしたらしい。
「タバサさんとミーナさんと僕の3人しかいないのって初めてですね」
「そういえばそうだねぇ。あたしは日中は内職があるからあまり表には出ないからねぇ。ミーナは元気になったのがよっぽど嬉しいんだろうね、毎日毎日飛び回っていたし、ナオもあちこち街を歩き回っていたんだろう? 日中は大体あたし一人だったね。それでもアンタたちが遊びに出たあとに『ただいま!』って帰ってくるのが嬉しくてねぇ。見て楽しいところなんてまるで無い只の田舎町なのに毎日毎日よくもまぁ飽きずに出歩けるもんだよ。他所から来た人にゃ珍しいのかも知れないね、この街も。シトリィやハンナはちょこちょこ一人で出かけたりしていたけど、ロロは本当にずっとナオにべったりだったものねぇ。ありゃあ本気で一生ついて回りかねないよ? ナオも厄介なのに好かれちまったね」
タバサさんの話はいつも以上にあっちこっちに飛び跳ねている。ミーナさんはそんなタバサさんの話を楽しげに聞いてはいるが、どこか浮かない顔なのは間違いない。そう簡単に割り切れるものじゃないよなぁ。
楽しくもどこかぎこちない気がするおしゃべりをしていると、突然入り口のドアが大きな音を立てて蹴破られた。
「邪魔するぜぇ」
「なんだい! アンタ達は! 普通にドアも開けられないのかい!」
ドアを蹴破って入ってきたのはいかにもならず者、といった風体の男達が3人。確かに鍵も掛かっていなかったドアを蹴破って入ってくる必要性は無いな。妙に冷静なタバサさんの突っ込みが僕の気持ちも落ち着かせてくれる。
大きな音と見知らぬ男達に驚いて固まってしまっているミーナさんをそっと僕の後ろに隠す。天使があんなの見ちゃいけません。メッ。
「うるせぇよ、ババア。ここにナオってガキがいる筈だ。さっさと出せ」
「ナオは僕です。何かご用ですか?」
ご指名は僕らしい。知り合いにこんな乱暴な感じの人はいないけどな。
「てめぇがナオか。なんだよ、マジでガキじゃねぇか。」
「こんなガキ捕まえるだけで金になるなんて、ついてるぜ!」
「全くだな! おら、てめぇはさっさとこっちに来やがれ!」
ご用ですか? と聞いたら、捕まえる・こっちに来い、ときた。これはアレだな。話が通じないタイプのアレだな。
「ナオに何のようだい! アンタ達みたいなチンピラが気軽に関わっていい男じゃ無いよ、ナオは!」
「うるせぇ、ババア! すっこんでろ!」
近くにあったテーブルを蹴り飛ばしながら男が叫ぶ。何かものを壊しながらじゃないと喋れない呪いにでも掛かってるんだろうか。
「何かものを壊しながらじゃないと喋れない呪いにでも掛かってるんですか?」
あ、思ったことがそのまま出ちゃった。
「なんだこのガキ、俺を舐めてやがんのか!」
テーブルを蹴飛ばした男がいきり立ちながら僕に近づいてくる。内心、とてもビビっているが、ここにはミーナさんとタバサさんがいるんだ。ヘイトは僕に集めてこれ以上宿にもお二人にも被害が行かないようにしなくちゃ。元々僕に用があるらしいし、僕だけを見て!
「舐めてませんけど、何の用です? お会いしたことはなかったと思いますけど?」
「ハッ! 俺もてめぇみてなガキには用もクソもねぇよ。ただ、てめぇを急いで連れてこいってタンマリお小遣いもらっちまってなぁ。黙ってついてこい」
「僕を呼んでるのはどなたでしょう。正直心当たりが全く無いんですが」
「黙ってついてこい、って言ったよ…… なあッ!?」
言ったよ…… な、のところで思いっきり僕にボディーブローを入れてくれたチンピラ氏。だが、残念。僕の『丈夫さ』は街一つ壊滅させられるバケモノ狼に咬まれても無傷なレベルなのだ。まさに蚊に刺されたほどにも感じない。さらに、
「ギャアア! イテェ! イテェよぉ!!」
僕が『コイツ嫌いだな』と嫌悪感を抱いているときに下手に僕に触れると、とても痛くてとても不快な感覚に襲われるのだ。
ここまでお膳立てされていればいくら臆病な僕でも強気な演技くらいは、出来る。
「まぁ、良いですよ。ついていってあげます。ほら、さっさと行きましょう」
痛い痛いとわめき続ける男の背中を押すようにして宿の外に出ると残りの二人もついてきた。よし、これでお二人からこの連中を隔離できたな。
「なんなんだ、このガキ……」
「おかしいと思ったんだ、ガキを一匹連れていくだけであのベトン商会が大金を出すだなんて……」
ついてきたチンピラ氏二人がブツブツと文句を言っているのが聞こえてくる。なにやら聞き覚えのある名前が出てきてしまったね。昨夜のアレはフラグだったか……
「いくんじゃないよ! ナオ! 戻っておいで!」
「ナオさん!」
せっかく離したのに出てきちゃ駄目ですよ、お二人とも。あぁ、ミーナさんだけじゃなくてタバサさんまで泣いてしまっている……
「僕なら大丈夫ですよ。ご用件だけ伺ったらすぐに『ただいま』って帰ってきますので、『おかえり』の準備しておいてください」
心配そうに僕を見ている二人に軽く手を振って、チンピラ氏3人に案内されて大通りをゆく。
ベトン商会。
孤児院を援助しているその行いはとても素晴らしいことだと思う。だけど、僕に何の用があるのかは知らないが、ウチの大天使様に怖い思いをさせて涙を流させた責任はしっかり追及してやるからな。




