第267話 海の民の今後 その4 寛容と憎悪
自らが今後どうするかを行動で示した民衆を見て、プロディサウラ派の幹部には俯く者、悔しそうにしている者、呆然としている者などがいた。
するとアクノヴァルナが右舷に集まった人々を睨み、今にも拘束を破らんばかりの剣幕で食ってかかる。
「お前たちはあれほどプロディサウラ様のお世話になっておきながら、形勢不利と見るや裏切るのか!
親が、子が、友が、そして自分たちも、飢えて死ぬのを待つばかりだったところを救ってくださったのは、他でもないプロディサウラ様だというのに!
ハイワーシズやセントリングの甘言に惑わされて、新しい体制とやらに望みを持ってこのグランドセイルに残ったとして、もしまた同じ事が起きればどうするというの!?」
「控えよアクノヴァルナ! お前の気持ちは嬉しいが、彼らが自分たちの意思で決めたこと。
それに彼らの意見を聞かずにドラグニアと交渉した挙げ句、負けたワシに文句を言う権利など無いのだ……」
「しかしこれではあまりにも……いえ、申し訳ございません」
怒りを露わにした自分をプロディサウラが止めると、アクノヴァルナは涙を浮かべて彼を見る。
「もしもまた昔と同じ事が起こったなら、その時はここを離れた者たちが残った者たちを助け、そして去った者たちに何かあれば、こちらに残った者たちがそれを助ける。
そうすれば海の民は、二度と同じ過ちを繰り返さないで済む。そういうことではないか?」
プロディサウラはアクノヴァルナに言い聞かせるようにして話すと、クリムゼリスの方を見る。
すると彼女はハッとして僕の方を見るが、僕はより多くの人が死なずに済めば良いなと思っただけで、別にそこまで考えていたワケではないので目を逸らす。
「……そうだな。そうなれば良いなっ」
クリムゼリスはゆっくりと頷きながら願うようにそう言うと、白い歯を見せてニシシと笑う。
「では姫…いえ、クリムゼリス様。このワシに敗軍の将として相応しい死を。
その代わり処刑するのは、このワシだけにしてはもらえぬでしょうか。他の者たちは皆、家族や仲間のためにワシに従っ」
「ハァッ!? 何言ってんだお前、そんなの許されるわけがねぇだろ?」
跪いて願い出たプロディサウラに対して、その全てを聞く前にクリムゼリスは心底呆れたように言う。
それを聞いたプロディサウラは無念の表情を浮かべながら「すまぬ」と、クリムゼリスに従わないと言った他の者たちに頭を下げる。
するとクリムゼリスが壇上から飛び降り、彼らの目の前で話し始めた。
「何を勘違いしてるんだか知らねぇけど、アタシはもう誰も殺しゃしねぇ……これから忙しくなるのに、そんな勿体ないこと出来るわけがねぇ!
おいプロディサウラ! お前は自分が死ねば責任がとれるとか思ってるのかもしれねぇが、んなモン責任の取り方としては下の下だ!
それについさっきラファーガやフルトネールにも言ったが、アタシはお前やアクノヴァルナや他の奴らにだって同じ事を言うぞ。
今はとにかく人手が足りねぇ。特にアタシやこの二人がグランドセイルから離れられないんだから、ハイワーシズやセントリングに向かう奴らの面倒は他の誰かに見てもらわなけりゃならないんだ。
ってわけで死ぬ気があるならそのぶん働け。お前らには死んでる暇は無いんだよ!」
一気にまくし立てたクリムゼリスはそこまで言うと、少しだけスッキリした顔をしていた。
しかしそれを聞いていた目の前の幹部たちはもちろん、クリムゼリスに従うのを良しとしなかった左舷の者たちも、それを驚きの表情で見ていた。
「なっ……し、しかしワシは先代を始めとして、あなたの一族全てを」
「すべて許すっっ!!」
またもやプロディサウラの言葉を途中で遮ったクリムゼリスは、辺りに響き渡るほどの大声で叫ぶ。
「なぁプロディサウラ、実はアタシは大氷玉の間で母様の気持ちを知った。
母様は自分の力が足りずに皆を守れなかったことを悔いてはいても、お前を恨んではいなかったよ」
「そ、それは一体どういう……?」
「あぁ、これは秘密だったな」
「!? クリムマリナ、様……?」
いつもと違う、優しげな雰囲気で微笑むクリムゼリスを見てプロディサウラは驚くが、その表情はどこか懐かしいものを見るような目をしていた。
そうしてようやくクリムゼリスの意図を理解したプロディサウラが、彼女の前に跪いたその時だった。
突然、周囲から黒装束を纏った者たちが複数現れて、クリムゼリス目がけて一斉に襲いかかる。
「っ!!……殺すな!!」
『スタン・ライトニング!』
『エア・ハンマー!』
咄嗟にクリムゼリスが叫ぶと主の言葉に反応したラファーガとフルトネールが、壇上から魔法を放って忍者を麻痺させ、吹き飛ばす。
それと同時に殺到してくる忍者集団は僕の漂わせていた雷糸にも触れるが、感電した者が更に強引に進むことで他の糸が反応し、後ろに続く者がその雷の光を頼りに糸を避けながらクリムゼリスへと迫り、四方八方から躍りかかる。
『ウインド・アロー!』
『ファイア・ボール!』
『アクア・ジェイル!!』
『夜帳!』
そこにアルテミアの風の矢とケオカマールの火球が放たれて、撃ち落とされた者たちをオケアマレヴの水牢が閉じ込め、セラーナの闇の腕が巻き付いて拘束する。
『フリーズ・ウインド!』
『エリア・ホーリーライト!』
位置的にクリムゼリスの前方にいて、護聖八騎や四天星が攻撃出来なかった者たちをイリトゥエルの凍てつく風が凍らせると、これ以上潜む者がいないか確認するためにルミアが辺り一帯を照らす。
すると闇の隠蔽魔法が解けた黒装束が、剣を突き立てんとする体勢で既にクリムゼリスの頭上に迫っていた。
『神縛桜糸!』
僕はそこに大量の糸を放つと、繭のように包み込んで完全に拘束する。
「ふぅ~、まだ暗部の生き残りがいたのかぁ。
それにしてもプロディサウラが負けを認めてるのに、まだクリムゼリスを狙うなんて」
「今のはもう完全に殺すつもりでしたね。彼女がいなくなればグランドセイルごと皆、海に沈んで死にかねないのに。暗部の解体を宣言されて自暴自棄になってるのでしょうか?」
「ふむ~、イリトゥエルさんの考えもわかるのですが、しかしそれだけでここまでしますかね~?
行動的にはヤケを起こしてというより、個人的な恨みとか、もしくはドラグニアと通じてる者の差し金の方が納得しやすいのですが……。
いずれにせよ、捕らえた者たちに話を聞いた方が良さそうですかね~」
僕たちが倒れている忍者たちを見ながら話していると、クリムゼリスの元にラファーガとフルトネールが向かおうと動き出す。
すると左舷の方から眩い光が煌めき、熱線がクリムゼリスへ向かって一直線に放たれた。
「クリムゼリス様っ!」
僕たちが他に気を取られ、騎士たちも他の忍者たちを拘束するために動き、壇上から二人が飛び降りる直前という絶妙なタイミングだった。
誰もがほんの一瞬だけ反応が遅れ、クリムゼリス自身も眩い光に視界を奪われて動けなかった。
倒れている者たちの頭上を走り抜けた熱線は、その膨大な熱量を全てクリムゼリスへと炸裂させようとしていた。
しかし直撃するかと思われた直前、彼女の目の前に壁が出来る。
「なっ……」
熱線はその壁にぶつかると徐々に輝きを弱くしていき、やがて消えた。
「プロディサウラ様!」
それを見ていたアクノヴァルナが叫ぶ。
するとその壁のように大きな背中を熱線に晒し、クリムゼリスに覆い被さるようにして彼女を庇ったのは、他でもないプロディサウラだった。
「ぐっ……がはっ!」
拘束の魔道具によって魔力の一切扱えない状態で、それでもプロディサウラは高威力の熱線からクリムゼリスを守ったが、その背中には大きな焼け跡が残っていた。
そのうえ彼が仰向けに倒れて胸元が露わになると、熱線は彼の体を貫通していて、それでもクリムゼリスを守るために両手を拘束していた魔道具ごと、その両腕も犠牲にして熱線を防ぎきっていた。
「このバッカ野郎っ! ルミア! イリトゥエル! 頼む、早く手当てを!」
「「はいっ!」」
プロディサウラの状態を見て我に返ったクリムゼリスが叫ぶようにして言うと、二人はすぐに駆け寄って治療を始める。
すると信じられないことにそれを見ていたアクノヴァルナから、プロディサウラと同じく魔力を封じる魔道具を身に着けているはずの彼女の体から、一気に魔力が溢れ出した。
「アクノヴァルナ殿!」
「このバカめ……よせ!」
ラファーガとフルトネールが声をかけるも、更に魔力を放出したアクノヴァルナはとうとう、バキバキと音を立てて魔道具を破壊した。
もともと拘束の魔道具には対象者の魔力量に合わせて、小さくてもかなり高純度の魔石が内蔵されていて、捕らえられた者が魔力を使おうとするとそれを片っ端から吸収していくという作りになっているのだが、それら全ての魔石を魔力で満たすなど、普通では有り得ないらしい。
『吸血蛇槍!』
しかしアクノヴァルナはそれをやってのけ、身体強化で無理矢理に拘束具を破壊すると、恩恵の武器である三叉の槍を取り出した。
そして左舷の民衆の中にいた黒装束に向けて一気に突進すると、迎撃のために放たれた熱線を槍でアッサリと薙ぎ払って、そのまま黒装束を貫いた。
「がぁぁっ!」
「お前は暗部長の……これは皆の仇をとるためか?」
「ごふっ……そ、そうだっ! 我らはこれまで全てを投げ打って海の民の影として生きてきたのに、それを今さら捨てろと言われて納得など出来るか!」
四十代くらいの男はどうやら、自爆忍者たちが所属する組織の長の息子らしい。
自分たちがこれまで力を尽くしてきた組織が無くなることや、戦死した父親の仇をとるため、残った部下と共にこの機会を狙っていたらしい。
「お前の気持ちは私にも痛いほどわかる。それでもプロディサウラ様が彼女を守るというのなら、私もそれに従う」
「ならばあの小娘も、愚かな裏切り者も、そしてお前も……皆まとめてここで死ね!」
黒装束の男は血を吐きながらそう言ってニヤリと笑うが、何も起こらない。
「な、何故だっ! なぜ、じ、自爆でき…な……い?」
「……すまない。お前の血も魔力も、私が全て奪い尽くした。
そしてありがとう。これまで本当によく働いてくれた。だがこれからの海の民にはもう、お前たちも、それに私も、必要ない……」
傷口からの出血だけでなく、血を吸う槍に自爆するための力を全て奪われた男は、しわくちゃになった自分の手を見て愕然としながら息絶えた。
そして魔道具を破壊するほどの魔力を放出し、自らを喰らう槍を振るったアクノヴァルナも、続いてその場に倒れた。
「……ジグ、頼めるか?」
「うん、やるだけはやってみるよ」
僕は泣きそうな顔のクリムゼリスに頷いて応えると、アクノヴァルナの元へと走っていった。
民衆の意見を確認し、覚悟を決めていた幹部達もクリムゼリスが許し、プロディサウラ自身も恭順の姿勢を示した矢先に事件です。
まぁ、彼らの立場からすると命を投げ打って任務を果たすべく、それこそ血の滲むような訓練や努力をしてきたのに、もういらないと言われては納得いかないのかなと。
実は暗部長やその息子も、当初は名前有りのキャラとして考えていたことや、息子による仇討ちや暗殺的な展開もグランドセイル攻防戦のどこかに書こうとしていたのですが、なかなか出番が無くて結局ここになりました。
(一番の候補としては名前有りにして、竜騎士達と共にプロディサウラの護衛をさせる予定でしたが、戦力的に厳しすぎるのと、新キャラを出すタイミングでも無いかなと思ってボツにしました( ̄▽ ̄;))
ここにきてアクノヴァルナのキャラが随分と真面目な感じになってますが、同僚や他の人たち相手ではふざける彼女も、プロディサウラが近くにいるとこんな感じです。(彼女については感想でも予想されていましたが作者的には『師匠に対する憧れ:異性としての愛情:父親のように慕っているような気持ち』がそれぞれ、4:4:2くらいのイメージです)
何だか今回の後書きは裏設定のお話が多めでしたが、ひとまずこのようになりました。
相変わらず展開が遅くて申し訳ございません。
次回は少し足早にその後を描けたら良いなと思いますが……やはり断言は出来ません(´;ω;`)スミマセン!




