第234話 閑話 血染めの女神と少女の願い (クリムゼリス視点)
今回も閑話ですが、こちらはクリムゼリス視点です。
アタシは必死で手を伸ばしたけど、目の前のルミアには届かなかった。
アクノヴァルナが放って目の前に迫っていた水の槍は、飛び込んできたルミアと風の盾魔法によって防がれて、アタシには傷一つつけられなかった。
「ぶ、無事ですか、クリムゼリスさん……」
「あ、あぁ! ルミアのおかげでアタシは大丈夫だ! それにしても本当になんて無茶をしてんだよ!?」
全身ズタボロになって血を流しているルミアは、そんな状態でもこっちの心配をしてくる。
アタシは左腕でルミアを支えると、あろう事か彼女は残された魔力でアタシに支援魔法をかけてきた。
「て、敵はまだ他にもいますし、あれほどの力を持つ者を簡単に倒せるとは思えません。
クリムゼリスさんだけでもここを離れて、早く味方に合流してください……」
「ふ、ふふ……そうはさせませんよ」
フラつくルミアがそんなことを言っていると瓦礫が吹き飛び、拳が固く握られたままの義手を持ってアクノヴァルナが土煙の中から出てきた。
「黙って寝ていれば良いものを…なかなかしぶといですねぇ…」
ルミアはアタシを押しのけて前に立つと、アクノヴァルナは険しい顔つきでルミアを睨む。
「見たところ冒険者のようですが、金で雇われている者がどうしてそこまでして他人を助けるのか、理解に苦しみますね?」
「たしかに私は冒険者で……今回は仲間と共に金で雇われて貴族の護衛をしています。
ですから本来は…報酬にも含まれないこの街での戦闘や、彼女を助けることも…仕事のうちには入ってませんね……」
二人は互いに話しながらも、ジリジリと間合いを詰めていく。
「でしたら、何故?」
「彼女は追われているくせに私やジグさんを助けてくれました……それに私のことを『トモダチ』だと言ってくれた。
そして何より、この神たる私が…神具を授けるに足ると認めた…! 偉大なる者なのですから、ここで死なせるわけにはいきませんっ!」
初めのうちは弱々しく喋っていたルミアはその語気を徐々に強めていき、最後には体から桜色の魔力を滲ませて高らかに叫び、地面を蹴った。
そしてそれを聞いたアクノヴァルナも義手を放り投げると同時に動き出し、お互い手の平に魔力を溜めていく。
「早く逃げ……何をしてるんですか!?」
「ルミアがアタシを庇ってくれてトモダチって言ってくれたように……アタシだってトモダチを見捨てて逃げたりしないし、守るためには戦うぞ!」
アクノヴァルナに向かっていくルミアに続いて、アタシは左から回り込むようにして突進していく。
逃げる? そんな選択肢はもう必要無い。アタシはトモダチと一緒にここを乗り切って、ハイワーシズにいる皆と一緒にいつかグランドセイルを取り戻すんだ!
「くっ……『黒桜裁葬!』」
『無限水刃!』
攻撃に参加するアタシを見たルミアは、今にも泣きそうな表情を浮かべて……それでも動き出した戦いの流れのままに魔法を発動させ、アクノヴァルナもそれを迎撃する。
「『エル・ファイ……』……え…?」
アタシは別方向からアクノヴァルナに魔法を放とうとしたが、突然体から力が抜けてその場に倒れる。
そしてルミアの魔法はアクノヴァルナの魔法によって打ち消され、ルミアも全身に水の刃を受けて倒れた。
眼だけは動かせるので見上げてみれば、アタシのすぐそばには黒装束を纏った人物が一人いて、どうやらコイツによってアタシの体は麻痺させられたらしい。
「暗部が出ているのならきっとあなたも来ていると思ってましたけれど、それにしてもまるで様子を窺っていたように良いタイミングでしたね?」
「いえいえ。ちょうど、たまたま間に合っただけですじゃ」
黒装束の人物はだいぶ年配らしいが、その立ち姿や動きには一切の隙が無い。
「そんなことを言ってもダメですよ。ここにいる中であなたの気配に気づいてなかったのは、姫様だけなんですから」
アクノヴァルナの言葉にアタシは衝撃を受ける。
だからあの時ルミアは逃げろと言って、アタシがそれを聞かずに攻撃に参加した時、あんな悲しそうな顔をしたのか……。
「ははっ、これは手厳しい。しかしそうですなぁ……そこの娘はワシが動けば、例えアクノヴァルナ様との戦闘中だろうと、何をおいても殺しに来る……そんな殺気をこちらに向けてましたから恐ろしゅうて隠れておりました。
しかし、この娘は一体何者なんでしょう?
姫様との二人がかりとは言えアクノヴァルナ様と渡り合い、あの攻撃を受けてなお立ち向かってくるとは……」
「冒険者、だそうですよ。しかしまぁ、この若さで勿体ないとは思いますが、ここで始末しておいた方が今後のためでしょうね。
とりあえず私は鍵があるならそれを回収、鍵が無ければ姫様を連れて来いとの命令を受けてますから……」
アクノヴァルナは老人と話しながら近付いてくると、アタシの体を調べて鍵を捜す。
「あれ? 無いですね……姫様、どこに隠したんですか?」
「…ぁ……ぅ…ぁ…」
アタシは触るなと言いたかったけれど、麻痺は強力で舌にも回っているらしく上手く話せない。
「麻痺毒を使うのは良いですけど、ちょっと強すぎませんか?」
「姫様の魔力量ですとこのくらい強くないと、下手をすると効かない場合もあるのですじゃ。
それに舌が回れば魔法の詠唱も可能なので、ワシは基本的に強めのを使う癖がありましてなぁ」
「まぁいいですけどね。ついでですから闇魔法で姫様を気絶させてください。連れて行く途中で麻痺が解けても面倒ですから」
「畏まりまし……な、なんと…!」
アタシに手をかざした老人が驚いて手を止め、その視線を追ったアクノヴァルナはすぐさま振り返るとそこには、全身から血を流しながらも立ち上がり、こちらを睨んでいるルミアの姿があった。
しかしその表情はこれまでに見せた表情とは別人のもので、温かさや人間味など欠片も無い冷徹なものだった。
「下郎が……私のトモダチに触るなっ!!」
そう言ってルミアが手をかざした刹那、通常の風の刃とは違う桜色をしたそれは、アクノヴァルナの横を掠めて老人の伸ばしていた左手を斬り飛ばした。
「くっ、ぬぅぅ…アクノヴァルナ様、申し訳ございませぬがワシはこれにて失礼を……なっ!?」
「わかってます! あなたは早く退いて傷の手当てを!
『ウォーター・ジェイル!』」
ボタボタと血を流していた黒装束の老人は自分の腕を拾おうとしたが、ルミアの放った風の刃が弧を描いてそれをズタズタに切り裂くと諦めて止血に専念し、追撃が来る前に闇魔法で姿をくらませた。
そしてそれを援護すべくアクノヴァルナはルミアを水の牢に閉じ込めるが、ルミアは爆風でそれを吹き飛ばすと再び手の平をかざす。
「いくら何でもその傷ならとっくに限界を超えているはず……そんな火事場の馬鹿力は長続きしない! 『無限水槍!』」
ルミアの放った風刃と無数の水槍がぶつかり合い、しかしアクノヴァルナの言う通りルミアの反撃もここまでだった。
全身に水槍を受けたルミアは吹っ飛ばされて倒れると、もう起きてこなかった。
「ル……ミ…」
「あら、もう麻痺が解け始めて……って姫様、魔力が暴走してますよ? 何をそんなに怒ってるのですか?」
アクノヴァルナはそう言ってこちらを覗き込んでくるが、アタシは自分の無力と無知に腹が立って仕方がなく、そして何よりルミアの近くに行きトモダチの無事を確かめたかった。
未だ動かない体には強引に魔力を通して動かし、無理矢理立ち上がろうとする。
しかしアクノヴァルナが近付いてくると、アタシの意識はそこまでだった。
◇◇◇◇◇
……力が無い、経験もない、何もかもが足りない自分には、守ってくれる人がいなくなってからこれまで、ずっと何も無かった。
そしてようやく出来た『トモダチ』すら、今の無力なアタシには救えない……。
何も見えない真っ暗な場所で右腕を伸ばすが、そこには何も無い。
当然だ。アタシに右腕は無いのだから、何かを掴むことなんて出来はしない。
望むものを掴むことなんて、アタシには出来ないんだ。
でも、それでも何かしなくちゃ……このままじゃ大切なものをまた失ってしまう。
しかし何をすればいい? こんなアタシに何が出来る?
……んなもん悩んでないで起きてから考えろ!
ウジウジしていた頭の中に突然自分の怒鳴り声が聞こえてきた。
そうだ。悩むよりまず行動しなきゃ、今この時にも時間は進み状況は変わっていくばかりだ。
動け……動け、動けっ、動け! 動けえぇぇぇっっ!!
強く願うと全身が燃えるように熱くなり、突然目の前が明るくなった。
◇◇◇◇◇
「熱っ!」
突然アクノヴァルナの声が聞こえた直後、アタシは浮遊感と強い衝撃を受ける。
どうやら気を失っていてアクノヴァルナに連れて行かれるところだったらしいが、意識が無かったのはほんの短い間だったようで、まださっきの教会の敷地内にいた。
「なっ……どうしてこんな短時間で意識が!?」
全身に纏った炎は激しく燃え盛り、体も僅かだが動く。
しかし当然、今のアタシにアクノヴァルナを倒す事なんて出来ない。そんな事はもう充分に分かっていた。
だから戦わない。
しかしそれでも出来ることだけはやらなくては、トモダチに顔向けできない!
「姫様、そんな事をしても私には通用しませんよ?」
左手に魔力を溜めたアタシを見て、アクノヴァルナはやれやれといった表情をする。
「へへっ、そうだな……アクノヴァルナ。アタシじゃお前には勝てない」
「分かってるなら無駄なことはせず……って話せるなら鍵の在りかを教えてくださいませんか?」
「あぁ、鍵か。鍵ならなぁ……」
アタシは指差すようにゆっくりと手を伸ばしていくと、まだ星の輝いている夜空を指す。
「え、空? まさか天界にあるとでも言うのですか? さすがに嘘だと分かりますし冗談キツイですよ。それともまだ意識があやふやなのですか?」
「鍵はな……死んでもお前たちに教えるかよ、バーカ」
アタシはそう言うと夜空に向けて火球を放つ。
「あ、姫様ったらやっぱり意識が………いや、これはまさか…!」
アクノヴァルナが慌てた様子で周囲を見た途端、遠くから轟音が近付いてきて付近の建物を吹き飛ばし、街の一部を薙ぎ払った嵐は教会の瓦礫を粉々にしてようやく消えた。
「やっと見つけた。それにアクノヴァルナ、早めに再会出来て私はとても嬉しいわ」
そしてそこに現れたのは弓を携えた一人の騎士だった。
「ア、アルテミア……フルトネール殿や暗部は一体何をして……!」
「暗部の戦い方はもう嫌と言うほど味わったから、他の部隊の気配を感じた瞬間に始末したわ。
それとあなたのお仲間はセラーナ殿の相手で手一杯のようね?」
アルテミアと呼ばれた騎士は弓を引いて構えると、アクノヴァルナは彼女とアタシを見ながら何やら迷っている様子だった。
でも今はそんな事どうでも良い。味方が来たなら最優先はアタシじゃない。
「アンタはルミアの仲間か? いや、この際仲間じゃなくても良い! とにかくアタシの事は放っておいて、そこに倒れてるアタシのトモダチを助けてくれ! 死にかけてるんだ、頼む!」
「……友達って、ルミア!?」
アタシの言葉を聞いたアルテミアが警戒しながら視線を移すと、どうやら知り合いだったらしく驚いた様子でルミアの名前を呼んだ。
「無駄ですよ姫様、あんな状態で生きてるはずが……」
その隙に魔力を使い果たして纏う炎も消えたアタシを担ぎながら、アクノヴァルナが言う。
するとアルテミアは引いていた弓をルミアに向けて矢を放った。
「な、何してんだお前っ!?」
助けてくれというのは楽にしてくれという意味では無かったのだが、このバカな騎士は何をどう受け取ったのか立て続けに矢を放つ。
「そうじゃない! 止めろ! この、バカヤロー!! お前ぇ…絶対に許さないぞっ!」
「これはこれはアルテミア殿も、随分と変わった趣味をしてますね?」
アタシは言うことを聞かない体をそれでも揺さぶりながら怒り狂って罵声を浴びせていると、アクノヴァルナもそれを見てバカ騎士の正気とは思えない行動を笑っていた。
すると突然、ルミアが咳をして息を吹き返した。
「げほっ、けほ……う、うぅ……」
「ルミア!!」
「!?」
アタシが喜びアクノヴァルナが驚くと、バカな騎士……いやアルテミア様は再びこちらに向けて狙いを定める。
「私の弓は敵を射貫くためだけにあるわけじゃないのよっ!」
「くっ……『ウォーター・ランス!』」
そう言いながらアルテミアが矢を放つと、アクノヴァルナはアタシを担いだままそれを迎撃して、一旦距離を取る。
「これはさすがに困りましたねぇ。暗部がしくじって護聖八騎は無事、私も脅威になりそうな冒険者を仕留め損ねて、暗部の長は左腕を失ったと…。
しかもアルテミア殿とまともにやり合えば、下手をすると姫様まで奪われて鍵も見つからず終い。本当にこれは困りました……」
「それでもここで大人しく退くなら全部失敗した挙げ句、私に討たれるよりはマシでしょう?」
アルテミアはそう言ってジリジリと近付いてくるが、アクノヴァルナはそれを誘うようにして同じように下がる。
「ふふっ、なら一つだけでも果たしておきましょうかっ!」
アクノヴァルナはそう言って水魔法を発動させるとウネウネと動く水の蛇が生み出され、次の瞬間にはアルテミアの頭上を越えてルミアへと向かい、その姿は鋭利な槍へと変わっていた。
そしてそれはまだ意識が戻らないルミアの胸に突き刺さり、それと同時にアクノヴァルナはアタシを抱えたまま一気に走り出す。
「アタシのことはいい! その代わりルミアを絶対に助けてくれっ! これは前長の娘としての最優先の願いだっ!」
アタシはこちらを追うべきか迷っている様子のアルテミアへ全力で叫ぶと、今度こそアクノヴァルナによって意識を奪われた。
強敵を相手に戦った二人ですが、攻防のみならず回復にも長けたアクノヴァルナには一歩及ばず。
友達として、そして神として資格ある者と認めたクリムゼリスを庇ったルミアは重傷を負いましたが、更にそこから限界を超え、戦況を影から見守っていた暗部長までも退けますが、さすがにそこで力尽きました。
アクノヴァルナは鍵を見つけられずクリムゼリスを連行しようとしたところで、同じくトモダチのためにと強い意志で覚醒したクリムゼリスも死力を尽くして居場所を知らせると、敵を片付けたアルテミアが街の建物をぶち抜くという無茶をして救援に駆けつけました。(一応、既に燃やされた建物なので大丈夫との判断ですw)
そうして一度は死の淵から助けられたルミアでしたが、アクノヴァルナが最後の最後にトドメを刺し、クリムゼリスはルミアの救命を願って連行され、林でジグが見た光景へとようやく繋がります。
一連の出来事でも複数視点になるとやはり長くなってしまいますが、大事な部分なので削れませんでしたし、作者的には描けて満足です(*´ω`*)
願わくば読んでくださった方々にも、そう思っていただけたらなと思います( ´∀`)
次回は少し迷い中なので未定です(=゜ω゜)ノ




