第231話 閑話 水嵐の戦いと暗殺部隊 (アルテミア視点)
今回はクリムゼリスの捜索を開始した後の様子をアルテミア視点で描きます。
クリムゼリス様の捜索を開始した私はジグとルミアを組ませ、自分は単独でイサプレアの街を移動していると、相変わらず海の民は建物に火を放ち、住民を手当たり次第に襲っていた。
「この……見境が無いのも大概にしなさいっ!『流星嵐弓!』」
私は風の矢で敵を次々に射貫くと、住民にはまだ被害に遭っておらず守りも堅い、政庁へ逃げるように指示を出す。
「こんな混乱した中じゃ、相手を見つけるのも一苦労ね…」
その後もしばらく動き回っていると、やがて市場や商店のある一画で倒れている傭兵や冒険者を見つけた。
「大丈夫!? 海の民にやられたの?」
「……た、たしかに海の民だが、あれは…ば、化け物だ…」
私はまだ息のある冒険者に回復魔法をかけながら事情を尋ねていると、不意に強大な魔力を感じてその場から飛び退く。
すると倒れていた冒険者の体に細い水が奔り、地面と共に真っ二つになった。
「あらまぁ! 一人だけ生かしておいて誰かが来るたびに仕留めてたのに、初めてハズレちゃいました。
姫様なら引っ掛かると思ってたんですけど、やっぱり上手くいかないですねぇ」
「いきなり随分なご挨拶だけど、あなたは誰なのかしら?」
着地して見据えた先、突如現れた茶色の長髪に同じ色の目をした海の民と思われる女性に、私は弓を引きながら尋ねる。
「これはこれは申し遅れました。私は海の民の三海将の一人、『水海将』アクノヴァルナと申します。
それで……私の攻撃を見事に察知して見せたあなたは、どちら様なのですか?」
「私はアルテミア。セントリング王国の騎士よ」
水海将・アクノヴァルナと言えば、海の民の中でも屈指の実力者だと前に資料で読んだことがある。
そんな高位の幹部までもがこの地に動員されているのなら、ジグたちと離れたのはマズかったかも知れない……。
そんなことを考えていると、アクノヴァルナは私の事も知っていたようで、先ほどまでの柔和な目つきが少し真剣なものに変わっていた。
「『嵐穿弓』のアルテミア……これからまだやることがあるのに、ちょっとこれは運が悪かったですね…」
「それはあなたが? それとも私?」
「さぁ? それは試してみないとわかりませんねっ!
『エル・メニア・アクア・ランス!』」
『エル・メニア・ウインド・アロー!』
私たちはお互い同時に魔法を放つと、水の槍と風の矢は相殺し合って辺りに水飛沫が飛び散る。
『アクア・ジェイル!』
『ウインド・バースト!』
アクノヴァルナが続いて水の檻を私の周囲に出現させると、私はそれを爆風で吹き飛ばし、そのまま風の勢いを利用して高く跳び上がる。
『嵐穿弓!』
「これがあの……『無限水刃!』」
私が放った嵐の矢に対してアクノヴァルナは、自分の周りに無数の水球を生み出すと、そこから水の刃が一瞬で数え切れないほど撃ち出され、こちらの攻撃の威力を正面や横からも削り、遂には完全に相殺してみせた。
「なかなかやるわね……」
「ふふっ、そんな涼しい顔をして褒めてくださっても、まだまだ隠し球があると言ってるようなものですよ……」
確かに手はある。けれどそれは負担が大きいし、何よりも嵐穿弓を初見で防いだこの相手にも、他の手が無いとは限らない。
「あら、これでも案外驚いてるのよ?」
「でも、このままでは分が悪いのはきっと私の方ですからね。出来れば見逃してくれませんか?」
「それは出来ない相談……ねっ!」
私は話しながら予備動作も狙いもなしでいきなり矢を射かけると、不意を突かれたアクノヴァルナの反応が一瞬遅れた。
そして矢に気を取られている間に距離を詰めた私はアクノヴァルナの懐に入ると、その身に着けた鎧に両手の平をあてて渾身の魔力を込めた竜巻で吹き飛ばす。
アクノヴァルナは猛烈な勢いで吹っ飛ぶと建物に激突し、更にそれを突き破って通りの向こうの建物にまで突っ込んだ。
「ふぅ、近接技も増やしておいて良かったわね…」
『無限水槍!』
私が溜息をつきながら土煙の向こうを探っていると、瓦礫を突き破って水の槍が無数に飛んできた。
私は周囲の地面や建物を貫通するそれをどうにか避けて弓を構えると、土煙の中からアクノヴァルナが出てきた。
「ふふふ、痛いじゃないですか。無傷とはいきませんでしたが、でもどうにか防御が間に合いましたよ……」
「普通なら死んでるはずなんだけど……化け物かぁ、なるほどね」
私は先ほどの冒険者の言葉を思い出して納得する。
たしかにこれは尋常じゃない。少なくとも後のことを考えていては長引くばかりだし、本気でやらないと倒しきれそうにない。
「仕方がないわね……」
私がそう言って嵐の舞の準備に入ろうとしていると、アクノヴァルナの背後に黒装束の集団が現れた。
「ここは我々が引き継ぎます。アクノヴァルナ様はただちに港の倉庫区画に向かい、フルトネール様の治療をお願いいたします。
その後は出来る限り敵に構わず、クリムゼリス様の捜索と捕縛を優先してくださいますよう……」
「まあ! 暗部がどうしてここに? それにフルトネールさんの治療って一体?」
「我々が到着した時には既に倒れておられましたので理由は何とも…。それと長からは、この地で何としても決着をつけよとのご命令です」
「そうですか。では仕方がありませんね、ここは譲ります。
アルテミア殿とは……いえ、次の機会が無いことを願ってますね」
アクノヴァルナはそう言って踵を返すと、港の方へ向かってただちに動き始めた。
「待ちなさい!……ちっ」
私が追おうとするとその前には黒い集団が立ちはだかり、アクノヴァルナをみすみす逃がしてしまった。
「大人しく行かせてくれないなら、やるしかないわね……」
私はジリジリとこちらを囲み始めた敵に向けて弓を引くと、黒い集団はその全てが両手にナイフを持ち、一斉に動き始めた。
◇◇◇◇◇
アクノヴァルナを取り逃がし、黒の集団との戦闘に入ってもうしばらく経つ。私は全身のあちこちに出来た傷を回復させながら、敵の数を一人ずつ減らしていた。
「情報も無かったしただの噂だと思っていたけれど、交易と傭兵稼業以外にも海の民が暗殺も請け負ってたなんてね。
しかも……くっ!『嵐穿弓!』」
私は襲いかかってきた敵を射貫くと、彼らはどうやら命の危機に際して自爆するように訓練されているらしく、脇腹を吹き飛ばされても死に物狂いで飛びついてくると、残された魔力を全て費やしては各々が持つ属性を爆発させ、死んでいく。
「ぐうぅっ…! 全く、本当に嫌になるわね……」
私は纏った風で自爆攻撃を防ぐが、命懸けの攻撃を何度も受けてはさすがに消耗し、防ぎきることも難しくなっていた。
加えてアクノヴァルナの相手をした後だから、余計に体力も魔力を消耗していて形勢は不利だった。
ならば一撃で即死させれば思って眉間を撃ち抜いても、彼らはその仲間を魔法でこちらに吹き飛ばしたり、仲間の体を抱えて自分もろとも私を自爆に巻き込んできたので、これはもう常軌を逸しているとしか思えなかった。
「はぁ……はぁ…。ジグたちのことも心配なのに、こんなところで足止めされてる場合じゃ……」
他のことを考えて一瞬だけ戦いから気が逸れた。
そしてそれは致命的なミスで、気がついた時には既に私の周りには黒装束の敵が数人、一斉に群がって来ていた。
「しまっ……」
これは防ぎきれない。
自分はここまでだと覚悟し目を瞑った瞬間、脳裏には教え子と……いつも戦いのことばかり考えている騎士の姿が浮かんだ。
『夜帳』
しかしいつまで経っても黒装束の者たちは自爆せず、目を開けるとその体には何本もの黒い腕が巻き付いて自由を奪い、その顔には目を覆うように手がかざされていた。
「アルテミア様、ご無事ですか! すぐに怪我の治療をしますからこちらへ!」
「メ、メリル殿……」
私は他の場所を探索していたはずのメリルに運ばれて下がると、近くにはセラーナ殿が先ほどまでとは別人のような……いや、気弱な感じは同じなのだが、感情の感じられない虚ろな目で立っていた。
「セラーナ殿、奴らは殺しても自爆してきます。討ち取るなら全て同時か、充分な距離を保ってください!」
「アルテミア様、申し訳ございません。あの状態のセラーナ様にはもう、ほとんど何も聞こえてはいません。ですが、きっと心配はいらないと思います」
メリルは私の怪我を治療しながらそう言うと、セラーナ殿の方を見て優しく微笑む。
「見ていてください。セラーナ様だってやる時はやるんですからっ」
凄く誇らしげに、けれど先ほどの言葉に反して上官を心配しているらしい彼女は、そう言うと胸元で拳をキュッと握り締めていた。
ジグたちがフルトネールと戦ったりクリムゼリスと出会った頃に、別の場所ではこんな戦いが起こっていました。
アクノヴァルナ相手にそこそこの大技を使っていたアルテミアは、自爆もいとわない暗殺部隊に大苦戦。
気が揺らいだ一瞬の隙を突かれて大ピンチでしたが、同じく街の中を探索していたセラーナたちの救援がギリギリ間に合いました。
次回はコンパクトに纏まれば複数視点で、無理な場合はまた話数を分けて閑話の予定(仮)です。




