第230話 大海を越えて その11 見えない剣と第五の糸
現在、港近くの林の中には僕たちとラファーガ、そしてその周囲から一斉に近付いてくる海の民の集団がいる。
「敵にバレてるならこっちも味方を呼んでも良いよね!」
「させん…『トルネード!』」
僕は白二本の狼煙をあげるとラファーガは、剣から竜巻を出してそれをすぐに消す。
「ちぃ……僕がアイツを押さえるから、ルミアはクリムゼリスと一緒に包囲を突破して、街の方に逃げてくれ!」
「ほ、本気ですかっ!? いくら何でも無理でしょう?」
「そうだぞ! ラファーガ相手に一人で残るだけでも無茶なのに、何を考えてるんだ!?」
「勝算はある! それに二人がここを離れて狼煙を上げてくれれば、味方が駆けつけてくれる可能性も高まるし、時間も早まるはずだ」
僕の考えに対して二人は反対するが、こちらには考えがある。ここは言う通りにしてくれた方が助かる。
「でもっ!」
「……わかりました。クリムゼリスさんも行きますよ~!」
「姫様を逃がすわけにはいかぬっ!」
「お前の相手はこの僕だっ!」
ルミアがクリムゼリスの手をとって走り出すと、ラファーガはそれを追って行こうとするが、僕は風の刃を放ってそれを止める。
「小僧……そんなに死にたいのか?」
「まさか。こっちには帰りを待ってくれてる仲間も家族もいるんだ。こんなところで死ねないよ」
僕は離脱したルミアが早速、狼煙をあげているのを確認しながら答える。
「ならば本当に愚かな事だ。自分の選択を後悔して……そして死んでいけ!」
ラファーガはそう言って風を纏い地面を蹴ると、両手の剣を構えながら猛烈な勢いでこちらに迫る。
すると次の瞬間、雷糸に触れたその体からは雷が迸り動きが大幅に鈍った。
「こ、これは……」
「!!……まともに喰らったのに麻痺しないのかっ!」
互いに予期せぬ攻撃と反応に驚いていたのも束の間、速度を落としながらも刃の無い剣を振るったラファーガに対して、こちらはバックステップで避けようとすると、何も無いはずの攻撃に対してカッ!と音を立てたサラマンダーの鱗鎧が欠けた。
「なっ…!?」
驚いた僕は更に大きく距離を取ると、ラファーガの持つ剣を視力強化された眼で凝視する。
すると本来、刃のあるべきところがモヤモヤと歪んで見えた。
「風の剣……?」
「ほう……よく分かったな。しかし正体を知ったところでお前に勝ち目は無い!」
そう言ったラファーガは先ほどよりも強い風を纏って、僕に考える隙を与えないように突っ込んでくる。
既に雷糸はその体に反応して攻撃を加えていたが、今回は風がそれをキッチリ防いでいるのか勢いが衰えない。
『自在粘糸!』
ならばと僕は粘着糸のネットを幾つも放つと、ラファーガはそれを剣で切り裂いたが、見えない刃に糸が纏わり付いて刀身を浮かび上がらせたうえ斬れ味を鈍らせ、次第にラファーガの体にも付着して体の自由を奪う。
「おのれ…奇っ怪な魔法を使う小僧だ……!」
そうこうしているうちに周りには海の民が大勢やって来て、ラファーガと僕を囲んでいた。
「ラファーガ様をお助けしろ!」
「ここはよい! それよりもお前たちは逃げた姫様を追え! 取り囲んでいたならどこかの部隊が見つけているはずだ!」
「はっ!」
ラファーガは大量の魔力を込めた爆風で粘着糸を吹き飛ばすと、部下にそう命じて再び剣を構える。
「させるか……!『結界斬糸!』」
僕は両手から大量の風の糸を放って林の木々に張り巡らせると、それに触れて体を切り裂かれた海の民があちこちで悲鳴をあげる。
「狼狽えるな! 林の全体に隙間無く張り巡らせているわけではない! 斬れぬなら視力強化で避けながら進め!」
ラファーガは指示を出しながら剣で糸を切断していくが、それは他の部下たちには不可能なので、彼らは糸の無い所や隙間を通ってルミアたちを追い始める。
「いくら何でも街の中や倉庫、それに拓けた場所ならダメだった……」
「…?」
僕の呟きにラファーガは怪訝な顔をしている。
「でもここなら遠慮は要らない……僕の領域だ」
僕は両手に魔力を集めていく。
「っ!……させぬ!」
僕が何かしようとしているのに気づいたラファーガが、それを阻止しようと動き出すが少し遅かった。
『灼爆炎糸!』
僕は林の中へと更に大量の糸を張り巡らせると、全ての糸へスズカとの繋がりによって得た火属性の魔力を一気に流し込み、林の中は瞬時に炎の地獄と化した。
「くっ…! 炎から離れて負傷者を救出せよ!
『エル・エリア・アクア・レイン!』」
「『金剛斬…』いや…『神縛桜糸!』」
風の糸を放ちかけた僕は燃え盛る炎が辺りを照らすなか、こちらを攻撃するよりも味方の救出を優先させたラファーガに追い撃ちをかけることが出来ず、その体には水魔法を発動させた後で桜糸による束縛をした。
「ぬぅ……解けぬ…だと…!?」
「はぁ……はぁ…も、申し訳ないけど、こっちも全力で魔力を込めてるからね……」
立て続けに広範囲の攻撃をおこなったうえ、ラファーガ相手に逃げられないような糸を作り出すには、もうこっちの魔力がスッカラカンになるほど魔力を込めていて、僕はそろそろ魔力切れを起こしそうだった。
「……全軍、ただちに撤退せよ! 以降はフルトネール殿かアクノヴァルナ殿の指示に従え!」
「しかしそれではラファーガ様が…!」
「これは命令だ、行け!」
「……はっ!」
ラファーガの水魔法によってある程度は消火したとは言え、まだ林の中にはあちこちに炎があがっていて被害は大きく、ラファーガ自身も拘束されたためか配下に撤退命令を出した。
配下からの信頼も厚いらしく迷うようにしてすぐには動き出さなかった海の民だが、ラファーガが怒鳴るように言うと一斉に撤退を開始した。
「……部下を追撃せずにいたくれたこと、礼を言う」
やがて辺りに誰もいなくなると、ラファーガはそう言ってこちらを見る。
「別に僕は騎士でも軍人でもないからね。そりゃ襲われれば反撃するし仲間を追おうとすれば邪魔もするけど、少なくとも逃げる相手をわざわざ攻撃しようとは思わないよ。それに……」
「何だ?」
「今はこんなだけど一応、昔は皆クリムゼリスの仲間だったんでしょ。それならあの子だって死人は少ない方が良いと思うのかなって、そう考えただけだよ」
「ふっ、林を丸ごと焼き払った奴の言うこととは思えんな……」
僕の答えにラファーガはそんなことを言うが、それこそクリムゼリスを狙ってる人間の言うことではないように思う。
「……どうしてアンタらはそこまでしてクリムゼリスや長の一族を……」
「まあ! ラファーガさんったら情けない! 捕まってしまってるではありませんか!?」
話が通じそうな相手だと思った僕はラファーガに、どうしてここまで執拗に彼女を狙うのか…事情は聞いてるけど、何がそこまでさせるのかを問いたくて口を開いた。
しかしその時、突然背後から女性の声がしたと思った直後、強い衝撃を受けて吹き飛ばされ、地面を転がった僕はまだ燻っていた木に叩きつけられた。
「ぐ、はぁっ……」
倒れたまま声の主を捜すと前方には、整えられた長い真っ直ぐな茶髪に同じ色の目をして、ラファーガやフルトネールと似たような鎧を着てクリムゼリスを抱えた、海の民と思われる女性が立っていた。
「アクノヴァルナ殿……姫様は?」
「相変わらずラファーガさんは心配性ですね? 気絶してるだけですから安心してください。捜しても鍵が見つからなかったのでご同行願いました」
「なっ……ど、どうして……」
どうしてここにクリムゼリスがいるのか分からない。
ルミアが……ルミアがいてクリムゼリスが連れて来られるなんて有り得ない。
僕はよろめきながら立ち上がると、クリムゼリスを抱えた女に尋ねる。
「い、一緒にいた…桜色の髪の子はどうしたんだ……?」
「?……あ~、姫様と一緒にいた冒険者ですか? 彼女なら姫様を連れてくるのに邪魔でしたから、私が始末してきましたよ。
そういえば結構手こずりましたねぇ。ま、ラファーガさんほどではないですけどね……ぷぷぷ」
「!?」
今コイツはなんて言った? 始末と言ったのか?
信じられない。あのルミアが? そんな馬鹿な事があるわけ無い。
「笑うな。貴殿はこの小僧の相手をしてないから、呑気にそんなことが言えるのだ。
……しかしハイワーシズだけでなくセントリングの騎士までいる中で、よくそれらを退けて来られたものだな?」
「まったくですよ!『闇帳』だけでなく『嵐穿弓』までいるものですから、慌ててフルトネールさんを捜して見つけて癒して、私も頑張ったんですよ!
あっ、でも途中からは楽になりました。なにせ私たちにも秘密にしてたらしくて、長ったら暗部まで動員してたみたいでしてね。
四天星や護聖八騎の相手は彼らに任せて、おかげでそれ以降は楽なものでしたよ」
……しかしここにルミアがいないのは事実だ。
それならまずはクリムゼリスを助けてからルミアと合流して……ダメだ、目の前がよく見えない。
「長はグランドセイルを空にしてまで姫様や鍵が欲しかったのか」
「ここまでに何年もかかって、随分と手こずりましたからね。もういい加減にケリを付けたかったのでしょう」
体が熱い、考えが纏まらない、周りがうるさい。
そうだ、まずは周りを静かにしよう。それからゆっくりと考えよう……。
「あら? この子ってば呆けた顔をして、どうしちゃったんですかね?」
「油断するな、この小僧は見えない糸を使うぞ」
うるさいな…まずはお喋りな方から片付けなきゃ……。
「ぷぷぷ、さすがに説得力がありますね。あ、忘れてました。そろそろラファーガさんも自由にしてあげま……」
「アクノヴァルナ殿!?」
「あ、危なかったぁ。かすっただけですから心配いりませんよ。でも、私は少し怒りましたよ…『無限水刃!』」
熱かった体が冷めていく。うるさかった音も声も遠ざかる。
全身が痛いけれど、これで邪魔者はいなくなって静かになった。
これからクリムゼリスを連れて、ルミアと合流して、それから…それから……。
いつもと違う終わり方ですが上手く書けたでしょうか(;´Д`A
一人称だとこういう時に表現が難しいですが、三人称はどうしても書きにくくて、このような形になりました。
ジグの新しい糸と、三海将の三人目・アクノヴァルナが初登場。
ジグは属性を得るたびに、実は陰でコソコソと魔法名を考えたり、どうやって発動させるか頭を悩ませ、人目を盗んで練習してたりします。
ただ、そういうのを描くのも成長の物語としてはアリかとは思いつつ、これ以上テンポが悪くなるとさすがに作者もマズいと思うので、本編では最初の桜糸以外はまだ触れてません。
恐らくコメディ回になるので、そのうち機会があれば閑話で書いてみたいところでもあります(笑)
そしてアクノヴァルナですが、海に生きる民族の中でも水海将を名乗るだけあり、また他の二人の海将よりも少し若いのですが戦闘力は随一。ルミアに手痛いダメージを与えられたフルトネールを戦線に復帰させたように、治癒術も使える万能型でかなり強いです。
そんなわけで次回は別視点の閑話の予定です。
……あ、予定と言えば前回の後書きで、クリムゼリスの実力も分かると書いた気がしましたが、またもや予定詐欺になってしまいました!誠に申し訳ございません!orz




