第225話 大海を越えて その6 中立地帯と留守番
僕とラティナが見つめる前方には大きな島と、その周りにいくつか小さな島々が見えていて、そこがセントリングとハイワーシズの間にある中立地帯であるイサプラ諸島だ。
そしてその中でも一際大きな島、この船の目指している補給地点の街でもある首都イサプレアの港は現在、何者かの襲撃を受けて船や建物が燃え、夕暮れの空を更に朱く染めていた。
「ク、クロエ様っ!」
「えぇ! 全員戦闘準備! それとアルテミア様をはじめ、他の班も全員叩き起こして!」
「はっ!」
ラティナの声に反応したクロエはただちに指示を出すと、乗組員は慌ただしく動き始めた。
「あの街には傭兵団がいるはずなのに、これほどの被害が出ているなんて……」
「えっ、あの島には騎士団がいないんですか?」
船首付近で朱に染まる空を共に見ながら僕が尋ねると、クロエは頷いてイサプラ諸島についてざっと説明してくれた。
それによるとセントリングとハイワーシズの間にあるこのイサプラ諸島は、過去には両国が激しく奪い合っていた時期もあるけど現在は大海原にある交易の一大拠点として、そして中立地帯として商人連合による独自の政府が置かれている。
とは言え国土は小さく人口も少ないので、戦力は交易による富で雇った傭兵が主であり、それに加えて出稼ぎに来た冒険者と、友好の証としてセントリングやハイワーシズの騎士が少数派遣されているらしい。
「ここを攻めるなんて、我が国とハイワーシズの両方に喧嘩を売ってるようなものなのに、とても正気とは思えないわ」
「どちらの国も遠慮というか、配慮している緩衝地帯ですもんね。じゃあこんな事をしているのは……」
「この近辺でこれほどの戦力を持っているとなると、だいぶ前にハイワーシズと決裂した海の民でしょうね」
僕とクロエが話していると、休んでいた他の皆と一緒にやって来たアルテミアがそう言う。
「先生、海の民とは何なんですか?」
僕は少し前にもルミアの口から聞いていた言葉を思い出しながら尋ねると、アルテミアは周囲に指示を出しつつ答えた。
それによると海の民というのは、過去にハイワーシズと同盟関係にあった陸地を持たない民族で、その代わりに絶大な海軍戦力を保有して交易船の護衛や、ハイワーシズお抱えの傭兵として大いに栄えていたらしい。
しかし魔王軍との戦争の後に海の民の中でクーデターが起こり、ハイワーシズに友好的であった長やその一族のほとんどが殺害されると、その大半が反旗を翻して現在は海賊化しているそうだ。
「海の民の先代に忠誠を誓う者や、クーデターに反対した者はまだハイワーシズにいるそうだけど、全体の数で言えば二割ほどしかいないと聞いてるわ。
それに本拠であるグランドセイルが押さえられている今、彼らにはほとんど何の力も無いわね」
「あれ? さっき海の民は領土を持たないって……」
「ええ。海の民は領土を持ってないわ。その代わりに巨大な……海に浮かぶ一つの街と言えるものを持っているのよ」
……ん? ちょっと何を言ってるのか分からなかった。
海に浮かぶ街? 空に浮かぶ天空の城みたいなものは前世で見たことがあるけど……いや、あれも創作だけど、そういったものがこの世界には存在するのだろうか……流石は魔法の世界だ。
「それがある限り海上で海の民に勝てる者はいないと言われているし、いくらクーデターでその座を奪ったとしても、グランドセイルを支配下に置いてる者が海の民の代表ってわけ。
それに海の民の扱う特殊な船も、大半がグランドセイルに格納されているらしいしね」
うーん、説明を聞いてもピンとこない。こればかりは直接見ないとダメそうだ。
……まぁそんな機会は無いと思うけどね。
「では、その海戦自慢の海の民がイサプラ島を襲っているなら、私たちはどうすれば?」
「この地は我が国とハイワーシズの両国が庇護している地域だ。だからそれを侵す者がいるのなら、我々としても防衛に参加して賊を討たねばならない」
僕と同じく事情をよく知らないイリトゥエルが尋ねると、ケルガーが答えてアルテミアやクロエもそれに頷く。
「ケルガー殿の言う通りね。イサプラ諸島は交易の要だし、ここを失えばとんでもない損失になるから、それは絶対に阻止しなくちゃならないわ。
とは言え、この船だけで敵船団に突っ込んでも危険過ぎるから、まずは島の反対側に回り込んで非戦闘地域から上陸して、救援に向かうわよ」
「アルテミア様、この船の守りには誰を?」
クロエが尋ねるとアルテミアは皆を見回して少し考え込む。
「……傭兵やハイワーシズの騎士もいるところに向かうのなら、私が行った方が良さそうね。それに万一こっちが襲われても良いだけの戦力も欲しいところだし……。
よし……じゃあ私、ジグ、ルミアの三人で救援に向かうわ」
「!!……アルテミア様、どうして冒険者の中で私だけがここに!?」
アルテミアの判断を聞いたイリトゥエルが驚いてというよりは、半分以上怒って尋ねる。
「騎士は本来の役目が護衛なのと、私が抜けるからには戦力は多めに残したい。それに万一に備えて治癒術士のクロエはここにいて欲しい。
そして魔力量や属性、攻撃手段を考えたときに、エルフの弓を持つイリトゥエル様は遠距離攻撃で敵を牽制でき、風だけでなく氷属性も持っていて敵の攻撃を防ぐのにも適任だからです」
「でも……!」
「それに戦場では既に負傷者も多数いると思われます。広い範囲や複数人に回復魔法をかけるのは私やジグが向いてますし、イリトゥエル様よりもルミアの方が治癒術士としては腕が上かと思います」
それにこの分け方なら治癒術を使える人間も3人ずつになりますし、と加えてアルテミアが説明すると、イリトゥエルはそれでも納得いかないといった表情で俯いていた。
……多分だけどいくつか挙げた理由以外にも、アルテミアの立場としてはエルフの里の姫であるイリトゥエルを、自国領から遠く離れたところで危険に晒すのはなるべく避けたいというのもある気がする。
自らの意思で冒険者になっているとは言え、彼女の身に何かあればエルフの里との関係も拗れる可能性が高い。
それに騎士や盗賊やモンスターと違って、海の民がどんな戦い方をするのかも不明だしね。
「あ、あの……」
「……わかりました。ではせめてこれを……」
僕はどうにか納得してもらおうと思って声をかけると、イリトゥエルはそう言って鞄からエルフの霊薬を取り出した。
「使う機会が無いことを祈ってますけど、万一の時には迷わず飲んでください……」
「う、うん。ありがとう」
「イリトゥエルさんの気持ち、ありがたくいただきますね~」
イリトゥエルはそう言いながらまだ内心は納得しておらず、逆らいたいのと従うべきという感情がせめぎ合っているような表情をしていたが、そこは感情をグッと飲み込んで耐えているようだった。
そうして僕とルミアは霊薬を受け取り、戦場から離れたところに船が近付くと、岸の近くに停泊するよりは沖にいる方が良いということで、移動しながらでも島に行けるようイリトゥエルが氷の足場を作ってくれると言いだした。
「うぅ~、二人とも早く帰ってきてくださいね!」
何だかもう落ち着かない様子で、若干ヤケになっているイリトゥエルが僕たちを見送る。
「わかってるよ。イリトゥエルの方こそ大人しくして、クロエさんやケルガー様の言うことを聞くんだよ?
あの二人じゃ先生ほどイリトゥエルに厳しく言えないんだからね?」
「そ、それはわかってます!」
僕がからかうとイリトゥエルは顔を真っ赤にして頷く。
「美味しいご飯や神友との観光を邪魔してくれた賊には、デートをオシャカにされたイリトゥエルさんの分まで私が天誅を下してきますからね~!」
「えぇ。任せましたよルミア……手加減無しでお願いします!」
予定ではアルテミアやケルガーの奢りで食べ飲み放題だったり、自由時間を与えられていたのに邪魔された二人は、互いにしか分からない怒りの炎をその胸に宿しているらしい。
ガッと固い握手をすると、互いの健闘を祈り頷いていた。
「じゃあ行くわよ。イリトゥエル様、お願いします」
「はいっ!『エル・メニア・アイス・ブロック!』」
アルテミアの要請に応えたイリトゥエルは、川を渡る時にも出した氷の塊を作って海辺にズラリと並べた。
「じゃあ行ってきます。皆も気をつけて!」
僕たちは船に残る皆に見送られて船から飛び降りると、氷を足場にして島へと上陸した。
「急ぐわよ二人とも!」
「はいっ!」
「了解です~」
すっかり日が沈んでいるのにも拘わらず夜空を照らす紅蓮の炎は、先程よりもその明るさを増しているようだった。
思ったよりも長くなったのでここまでにします。
留守番に不満タラタラのイリトゥエルですが、それでもジグやルミアに諭されなくても折り合いをつけ不満を飲み込む事が出来るのは、さすがに里長の娘として暮らしてきただけはありますね。
などと言いつつ、どうしても書きたいシーンのために留守番をさせたと言ったら、作者はきっと氷漬けのうえでバラバラにされそうですね(汗)
護衛対象が船にいるため守りを手薄には出来ませんが、他国の騎士や政府関係者とも話すかも知れないので、ここはアルテミアが動かねばなりませんし、代わりに充分な戦力も船に残す必要がありましたので、このような形になりました(苦しい言い訳)
次回はイサプラの街や港での戦闘の予定です。




