第222話 大海を越えて その4 夜間の見張りと新編成
戦いの後にはいつものように、ちょっとした息抜きを。
フォータルキャビルを出発したその日に襲われた僕たちは、無事に海賊の撃退に成功した。
ダンク、ラティナ、オリヴィエの三人は、賞金首と思われる二人の海賊を相手に奮戦し見事にこれを撃破したけれど、戦闘のダメージや疲労、魔力切れによってそれぞれ休養が必要になった。
僕たちももう一方の海賊船で戦闘に参加していたため、大臣の護衛にはケルガーがついて、クロエがダンクたちの様子を時折確認しながら甲板に上がり、アルテミアと彼女に指揮や見張り等を任せて休むことになった。
とは言え戦闘終了からすぐに日没となったし夜間の航行は危険とのことで、船は現在停泊中だ。
ひとまず仮眠をとった僕たちは夜に起きると、アルテミアやケルガー、クロエと交代してそれぞれ見張りや大臣の護衛につくことにした。
「む~、アルテミアさんやケルガーさんのいないこの隙に、あの忌々しい蛙大臣に天誅を下したかったのに~」
海賊撃退時にラティナの発動させた魔法によって船が揺れたことで、転んでおでこを強打したらしいウィルヘルム大臣は、揺れが落ち着くと甲板に上がってきて兵士や僕たちに八つ当たりし、特に僕とルミアが悪いと決めつけてやたらと絡んできた。
そんなことがあってルミアは危うく血管が切れるかと思うほどの怒りをその顔に浮かべていたが、イリトゥエルが大臣を宥めていたためにどうにかその場は我慢し、今に至る。
「そうは言っても僕やルミアじゃ、どうせ何かと文句を言われるだけなんだし、たとえ夜は大臣も寝てるとは言え、そんな調子で手を出そうとするルミアを付けるわけにはいかないでしょ……」
アルテミアからは休憩に入る前に、僕たちのうちの一人が大臣の護衛につくようにと言われたが、ルミアはそれを好機と捉えたのか自ら立候補して、周りにいた全員に即却下された。
「ジグの言う通りですよ。ここは私に任せて、ルミアはジグと一緒に見張りをお願いします」
「え~、でもそれじゃあ、夜にジグさんと二人で星でも眺めながら過ごせる機会を、私が奪ってしまうではありませんか~」
「んなぁっ!?」
僕はイリトゥエルの説得に同意してウンウン頷いていると、ルミアがいきなり変なことを口走り、イリトゥエルは赤面して固まった。
「そ、その発想はありませんでした……」
「イリトゥエルさんはもう少し計算高くなって良いと思うのですけどね~」
「……ゴホン。ほらほら、おバカなことを言ってないで仕事の時間だよ?」
イリトゥエルが何やら小声でブツブツ呟くのに対して、ルミアがやれやれといった表情と仕草でそんなことを言うが、今は人手が足りないからいつまでも話しているわけにはいかない。
僕はまだアレコレと考えているらしいイリトゥエルの背中を押しつつ、ルミアには先に行ってもらうことにした。
「あ、あの、イリトゥエルさ~ん?」
「……二人の場合はいつも船尾と船首で分かれて見張ってるけれどそれを索敵魔法で広範囲がカバーできれば問題ないしそれなら二人でお話ししながら警戒をいやでもそれは仕事を請け負った冒険者としては職務怠慢ですしそもそもジグがどう思うのかわかりませんし…………はっ! はいっ、あっ、いつの間に!?」
僕に背中を押されて立ったままズリズリと滑るように移動していたイリトゥエルは、大臣の部屋の前に到着してもずっとブツブツ言っていたので、僕は彼女の目の前で手を振って話しかけるとイリトゥエルはようやくこちらに気付いていた。
「姫様、こちらが今夜、貴女が守るべき部屋にございます」
「まあ、ジグったらまるで騎士様みたいですね?
……わかりました。ではここは私にお任せくださいませ…」
ふざけた僕が片膝をついて恭しく頭を下げると、ふふふと笑ったイリトゥエルも着ていたローブの裾をつまんで、膝を僅かに折りながら軽く頭を下げ、お姫様のようにお辞儀をする。
……いや、まぁ彼女の場合は本当にお姫様なわけだけども。
「どうかしたんですか?」
「いや、イリトゥエルもあの大臣のことは好きじゃないだろうに、任せちゃって悪いなぁと……本当にごめんね」
僕がルミアを先に行かせたのはこの事を謝りたかったからなのだけれど、いざとなると何だか言い出しにくくて口籠もっていた。
しかしそこはイリトゥエルが尋ねてくれて言いやすくなったので、僕は気をつけをして姿勢を正すと頭を下げて謝る。
「…………そうですね。仲間なら助け合うのは当たり前のことですけど……よし、あえてここは一つ貸しにしておきます♪
ほら、そういうことですからジグも早く上に行かないと、ルミアが待ってますよっ」
少しのあいだ考えるように沈黙していたイリトゥエルは微笑むと、そう言ってグイグイと僕の背中を押し始めた。
「えっ、あ~……うん、分かったよ。じゃあお願いするね」
僕は、とりあえずご飯でも奢れば良いのかな?などと考えながら承諾すると、見張りをするために甲板へと向かった。
◇◇◇◇◇
夜間の見張りを担当して迎えた翌日。辺りが明るくなってきた頃から船は動き出し、僕たちは日の出頃に起きてきたダンクたちと交代して仮眠をとることにした。
「あうぅ~、海というのは忌々しいですねぇ~、いっそのこと干上がれば良いのにぃ。
あぁ~、でもそうなるとネプテルバハルが困りますかねぇ……」
目が覚めると昼頃で、寝起きで酔い止めの切れていたルミアは再びグロッキーになっていた。
そして食事を前にしてヨダレを垂らしながらクロエの薬の効果が出てくるのを待ちつつ、海に対する呪詛と海の神に対する配慮を口にしていた。
「三人ともおはよう。ゆっくり休めたかしら?」
「はい。先生もしっかり休めたようですね」
僕たちが食事をしていると、既に起きて船の指揮にあたっていたアルテミアがやって来た。
「それなら良かったわ。それで……急で悪いのだけれど、昨日の戦闘を見てケルガー殿やクロエとも話し合った結果、海上にいるうちだけ編成を変えて新たに班を分けようと思うの」
「は、はぁ。まぁ皆さんに考えがあるのなら僕は構いませんけど……」
僕はそう言いながら横を見ると、イリトゥエルは何だかガッカリしていたし、ルミアは明らかに気が進まなそうな顔をしていた。
そしてそれを見たアルテミアも申し訳なさそうな表情で二人に小さく謝る。
「それで、どういう基準で分けるんですか?」
「とりあえず戦力差が無いようにするのと、治癒術の使える者は分けるわ。とは言っても今回のメンバーは半数以上が使えるから、こっちはそれほど悩まなくて良さそうね」
「たしかにそうですね」
「それでバランスを考えた結果、
一つ目が私、ダンク、イリトゥエル様。
二つ目がケルガー殿、オリヴィエ、ルミア。
三つ目がクロエ、ラティナ、ジグって感じね」
なるほど。各班に前衛と魔法や治癒術の使い手がそれぞれいて、バランスは良いと思う。
どの班にも男がいるから大臣の護衛にも困らな……って!
とうとう自分も護衛でお風呂についていく事になるのか!
……うわぁ、嫌だなぁ、本当に嫌だなぁ。
「さ、三人揃ってそんな顔しないでよ……」
「蛙のお風呂タイムに密着取材かぁ……」
「夜空を見ながら二人で見張り計画が……」
「神友と離ればなれになるなんて……」
編成を伝えた途端、堪らず本音が漏れた僕と、隣で昨夜のように何やらブツブツと言い始めたイリトゥエル、そして友達のいなかった過去でも思い出したのか涙を浮かべているルミアを見て、珍しくアルテミアが狼狽えている。
「その代わり報酬を増額するし、途中で立ち寄る街は交易の中継地点だから珍しいものや美味しいものもたくさんあるし、そこで自由時間もあげるから、ね?」
「ほ、報酬増額?……これでほとんど空になった財布の中身が戻ってくる!」
「じ、自由時間?……見知らぬ街を観光しながらデートが出来るのですね!」
「お、美味しいもの?……お二人と一緒にまだ見ぬグルメが味わえますね~っ!」
アルテミアの提示した条件を聞いて、希望が湧いてきた僕たちは立ち上がって互いに頷くと、それを見たアルテミアはホッと胸を撫で下ろして「そ、それじゃあ宜しくね」と言って去って行った……が、その表情が少し引き気味だったのはきっと気のせいだろう。
そうして新たな班編成を終えると、まずはアルテミアの班が昼から夕方までの守りにつき、続いて夕方まで休んでいたケルガーの班が日没から朝までの長時間を一度担当して、それからクロエの班が朝から夕方までといった感じで、およそ八時間交替で護衛や見張りをすることになった。
時間帯はハイワーシズに到着して編成が戻るまで変わらないので、昼間はお風呂に入らないだろうと喜んだ僕は翌日、すぐにそんな甘い考えを抱いていたことを後悔する羽目になった。
周りの迷惑も考えず、日に二回入浴する程度に蛙大臣は綺麗好きなのだった。
戦闘の後には必ずコメディ回を挟みたくなる病に罹っている作者です。
前回や前々回のように頑張っているとは言え、現状は明らかにバランスが悪いので大臣の部屋に固まる必要がない海の上では、逆に24時間体制で船の外側への警戒が必要ということで、新しく組み直すことにしました。
一応、かなり大きな船で他の乗組員や戦闘員が多数と、大臣のお付きも数人はいますが、戦闘の要はこの9人なので仕方がないですね。
フォータルキャビルからハイワーシズまでは中継地点となる島がいくつかありますが、立ち寄るのを最低限にしても一度は寄らないと無理な距離なので、そこでもきっと一波乱あるはず……。
地味に海の神の名前が出ましたが、他の神と同様に今はそれほど重要ではありませんね。




