第188話 閑話 騎士団本部にて。後編 (レストミリア視点)
今回は前話の続きですが、レストミリアに視点を変えております。
私の問いに対して、ディアブラスはラジク殿の報告書を読みながら答える。
今回のカンディバース襲撃はドラグニアの竜騎士が、盗賊団を裏で操っていたことが原因で起こった。
彼らの狙いは裏で動きながらセントリングの領土を奪い、力を削ぐことにあったようだけれど何故そうしたのかは不明だった。
しかし騎士団の中でも諜報に長けた者が集めた情報と、ラジク殿がソドリオから得た情報を重ねると、どうやら今回の件にはドラグニア皇帝や竜騎士団ではなく、ドラグニアの国教である神竜教の教皇と、その直属である黒衣魔導師団が絡んでいるようだ。
近年のドラグニアの内情はセントリングと同じく、魔王軍との大戦で受けた被害から各国が立ち直るにつれて、国境付近で周辺国との諍いが起こり始めているらしい。
それに対して現在のドラグニア皇帝はかなり弱腰で、事なかれ主義な考えから国境を西や南から侵されつつあり、そんな皇帝に対して騎士団や軍にも不満が溜まっているようだ。
そんな中で力を付けてきたのが、皇帝に次ぐ権力を持つと言われる神竜教の教皇であり、教皇は黒衣魔導師団を派遣しては騎士団や軍と協力しながら敵を撃退して、自国を守るために尽くしていることをアピールし、国土の回復と更なる領土拡大によって国を潤し力を誇示して、いずれは皇帝の座を狙っているとの噂もあるみたいだ。
まぁ、先代は魔王軍との戦いにも自ら参加し国を守った名君として知られていたけど、その後を継いだ息子は根っからのボンボンで皇帝の器ではないとの噂は、このセントリングにまで届いているほどだからねぇ……。
そしてそんな皇帝に対して不満のある騎士団や軍の一部が教皇を大いに支持していて、その中にはカサンドラをはじめとした竜騎士の一部も参加しているとのことだった。
ここまでなら皇帝派と教皇派に分かれた、ドラグニア内部のゴタゴタによってセントリングが迷惑を被っただけなのだが、話はそれだけに留まらない。
ドラグニアの竜騎士には現在、セントリング出身の騎士が1人いるらしい。
その人物は私の友人であり、アルテミアの姉であり、ラジク殿の婚約者でもあったラファエラの死を招いた人物で、元々はラジク殿やラファエラと小隊を組んでいたリベルシオという男だ。
私も何度か会ったことがあるが、たしかラファエラとは1歳差の幼馴染みでラジク殿とは同期だったと聞いている。
影の薄い印象で灰色の長髪に青い目をして曖昧に笑う見た目は、完全に気弱そうな優男といった感じだったが、まさか国を裏切るという大それた事をするとは思えなかった。
そして諜報部隊の調べと捕虜の証言によると、そのリベルシオが何故かカサンドラや他の者たちと結託し教皇派として行動していて、特にセントリング侵攻を企てている中心人物のようだった。
「しかしまぁ、よくここまで詳しいことを調べられたものだねぇ……」
「これだけの情報を得るためだ、もちろん容易ではなかったし犠牲も出ている。しかし我が国と隣接しているドラグニアとアニマナイトに関しては、少しでも情報を集めないと危険だからな。
前回の戦いでキルウルクらと協力したことで、アニマナイトとの関係はその後かなり改善されたが、ドラグニアとは悪化の一途を辿っている。
しかも最近はアニマナイトへの憂いが減ったこともあって、ドラグニアの状況を知った王が、あろう事かこちらから攻め込んでみようなどと言い出す始末だ」
ディアブラスは心底頭を悩ませている様子で我らが王のことを話していると、ラジク殿も何だか複雑な顔をしていた。
王に関しては時々私の耳にも話が入ってくるけれど、エルフとの関係がこれまでに無いほど良好で、リザードマンとも問題なく……まぁこの辺りは私やアルテミアが反乱について伏せていることもあるけれど……とにかくエルフやリザードマンと仲良くできている。
鉱山のことにしか興味のないドワーフは言わずもがな、ルナメキラを討伐したことでモンスターの動きも一時よりは沈静化していて、ハイワーシズとの交易で莫大な利益を上げ、すでにリッツソリスの復興も完了している今、セントリング国内は魔王軍との大戦以降では今が一番国力を取り戻している。
それに加えてルナメキラや黒骸王との戦いを経験した、軍や騎士団は戦力増強に努めた結果、数こそ全盛期に及ばないものの、戦力としては過去最高と言える程に騎士や軍の質が向上していて、それを聞いた王の野望に火がつき始めているらしい。
「年を取ると頑固でせっかちになるとは聞くけど、年寄りはともかく王太子の意見はどうなんだい?」
「……ライオス殿下をはじめとして王族は一部を除いて皆、王の意見に賛成のようだ」
王と後継者である王太子がその気になってきているのに、まだ実行に移されていないとなると…。
「その一部ってのはタニストラ様のことかい?」
「そうだ。タニストラ様とその派閥に属する王族や貴族は、自国の守りを固めて豊かにしていれば他国は自ずと手が出せず、こちらに攻めてくることはないだろうとの仰せだ。
あの方がいる限りは王や王太子が何を言おうとも、どうにかして抑えてくださるだろう」
タニストラ様というのは王族の1人で、存命している王族の中でも最年長のお方だ。たしかかなり特殊な魔法を授かっているお方で、先々代の王弟だと聞いてるから王にとっては大叔父にあたるはずだ。
すでに70歳を超えている王の大叔父ということは、少なくとも賢者サイモンのようにかなりの高齢のはずで、しかし王に意見できる程には壮健なようだ。
どうやらその特殊な魔法とやらが命を長らえ、加齢による衰えを抑えるのに役立っているとは聞くが、詳しいことは分からない。さすがのサイモンも王族に対して、研究させてくれなどとは言えないらしい。
私としても非常に興味があるけれど、サイモンに無理なら私にも当然無理だ。
「それならまだしばらく猶予はあるのかな…。
とりあえず国内外のことはある程度わかったけれど、それと今回の件には何の繋がりが?
ラジク殿の反応から考えても、単にセントリングとドラグニアのいざこざに、裏切り者が関係しているってだけじゃないんだよね?」
私が尋ねると二人は表情を硬くして迷っているように見えた。
しかしそれでは困る。私は全部聞いて決めたいのだ。
「今回の件にリベルシオが関わっているのなら、セントリングにとって重要な情報がドラグニアに……少なくとも神竜教には伝わっていると考えられる。
そしてそれはセントリングの王や王太子にとって都合が悪く、相手の出方次第ではかなり厄介なことになる。
いや、その辺りは何というか本人次第なのだが……」
私の視線を浴びながら、ディアブラスはようやく重たい口を開いて話し始めたけれど、何だか歯切れが悪い。
「ハッキリ言ってくれないと分からないよ。
もう私は聞くと決めたし、二人も話すと決めたんだからズバッと言っておくれよ」
「…そうだな。では簡単に言うとしよう」
私が少し苛立って言うと、ディアブラスは覚悟を決めたように溜息をつく。
「ラジクは王の血を引く者で、リベルシオはそのことを知っているのだ」
「…………は??」
ディアブラスの言葉に理解が追いつかない。
言葉は音として耳に入り、脳に届いてその意味を把握してはいるが、目の前にいるラジク殿を見ていると目の前の光景と話の意味が繋がらなかった。
「……ええと、ゴメン。もう一回言ってもらっていい?」
「だからラジクは王族の血を引いていて、敵国にそれが知られている可能性が高い」
「……ええぇぇぇぇぇぇっっっっ!?」
突然すぎるうえ信じられない話に驚いた私は、今いる部屋どころか騎士団本部全体や、その周辺にまで響き渡るほどの大声を上げてしまった。
「いやぁ、レストミリア殿の反応を見ると、俺が両親から初めてこの話を聞かされたときのことを思い出すなぁ」
「なんでラジク殿はそんなに呑気なのさっ!?
っていうかなんで騎士なんかしてるんだい!?」
頭を掻きながらアハハと笑うラジク殿に私が思いきりツッコむと、ディアブラスが落ち着けと宥めてくる。
「順を追って話すとしよう。
まずラジクの母親だが、彼女はもともと王の身の回りの世話をしていた侍女だった。しかし王の気まぐれで身篭もり、王宮で人知れずラジクを産んだのだ。
そうしてその侍女は王の側室となったが、生まれたばかりのラジクは王族の血を引いているとは思えないほど魔力量が少なく、属性も1つしか持っていなかったのと、母の地位も低かったために母子共に王宮を追い出された。
そして産後の弱った体でいきなり追い出された侍女は、ラジクを育て自分も生きていくため懸命に働いたが、すぐに体を壊して働けなくなり物乞いをして飢えを凌いでいたらしい」
殺されずに追い出されたのは運が良かったと言うべきか、それともより過酷な環境へと追いやられた事を嘆くべきか、私にはどちらが良いとは言えなかった。
しかしそれでも治癒術士としては、命があるだけ希望が繋がったと思いたかった。現にラジク殿はこうして今も生きているのだから……。
「しかし物乞いでは幼子を育てることなど到底無理だった。
日に日に弱っていく自分の体を見たラジクの母はある日、これ以上はもう無理だと判断したのか、まだ幼いラジクを生かすために、街の巡回をしていた騎士にすがったらしい」
自分たちが今の状況に陥ることになった経緯と自分にはもう先が無いこと、
それでも産まれたばかりの子供まで死なせるわけにはいかないこと、
王族の血を引く者としての証をある人物から渡されていること、
そしてその人物によって本来は秘密裏に殺されるはずの自分たちが、死んだことにして王宮から逃がされたこと……。
それらを全て包み隠さず話して、騎士にラジクだけでも助けて欲しいと告げて、彼女は間もなく息を引き取ったらしい。
「その騎士が俺を育ててくれた義母であり、同じく同僚の騎士であった義父も、生母の最期の願いを聞き入れてくれた。
義母は元々子供が産めない体だったため、俺を実の子として大切にしてくれたし、義父も俺を実の子として扱い、幼い頃から鍛えてくれた」
ラジク殿はそう言うと懐かしく、そしてとても大事なものを想うような目で幼い頃の話を聞かせてくれた。
それは魔力量や属性の少なさを指摘されながら王宮で育てられるよりも、きっと幸せな時間だったのだと思う。
そうして彼の話を他にも聞いていると、ラジク殿の戦闘好きは義父譲り、面倒見の良さは義母譲りなのだと何となく分かった。
「やがて俺が成人して騎士を目指すと告げると、両親は心配しながらも喜んでくれたが、ちょうど魔王軍との戦も激化していた頃で、俺が成人してから見習いを経て、下級騎士となる頃には二人とも戦死してしまっていた。
ラファエラやリベルシオと出会ったのは、ちょうどその頃だったな。あの二人は互いに幼馴染みで、俺は彼らの後に下級騎士となったのだが、妙に気の合う二人とはすぐに打ち解けて一緒に訓練するようになり、任務にも同じ小隊として参加するようになっていった」
「あぁ、そう言えばラファエラからチラッと聞いたことがあったね。変なヤツと知り合いになった、一緒にいると面白いって。あれはラジク殿のことだったんだねぇ……」
ラジク殿の話を聞いた私は昔ラファエラが話していた事を思い出した。それまではてっきり幼馴染みのリベルシオといい仲なのかと思っていたが、その後しばらくして婚約者が出来たからそのうち紹介すると言われていたことを思い出す。
……ん? そうなると、あれ?……もしかしてリベルシオが裏切った原因ってその辺にあるんじゃない?
「あのさぁラジク殿、もしかしてその~、リベルシオが裏切った理由って……」
「……あぁ、今思えば俺とラファエラの事が理由なのだろうな。
義両親も亡くなっていた当時、俺の秘密を知っていたのはラファエラとリベルシオ、それから義両親から話を聞かされていたアイゼンフォート殿と団長だけだった。
俺にとっては唯一信頼できる親友だったが、ラファエラとの事を伝えてからはいつの間にか、気付かないうちに少しずつ変わってしまっていたらしくてな」
ラジク殿は「あんなに一緒にいたのに当時の俺は何一つ気付かなかったのだ……」と言うと言葉に詰まり、やがて苦痛に満ちた表情で続きを話し始めた。
リベルシオの変化にいち早く気付いていたラファエラは裏で監視をするようになり、ある時リベルシオと他国の者が秘密裏に接触しているのを見たらしい。
そしてリベルシオの方もラファエラに感づかれたことを察知したのか、様子見しつつ証拠を集められている事に気付き、任務でドラグニアとの国境付近に来ていた際に、先手を打ってラジク殿を罠にはめたらしい。
「ちょっと待って。何もドラグニアの人間と通じなくても、ラジク殿を排除したり罠にはめるなら、近衛に密告したり王族に謁見して報告すれば良かったんじゃないの?」
「あのなぁレストミリア、お前や俺は組織の長だし話があればスンナリと内城壁の中に通されるが、当時は下級騎士だったリベルシオではそうそう相手にされんし、その手の秘密を知っていることがバレたらリベルシオ自身も処分される可能性があるだろう?」
「……あ、それもそうか。ゴメンゴメン、続けてもらえるかい?」
私は呆れた顔をしたディアブラスの説明を聞いて納得すると、続きを促した。
「いや、続けてくれと言われても、その後はレストミリア殿も知っているはずだ。
結局その任務でリベルシオの罠にはまり、ドラグニアの竜騎士に襲われた俺は深手を負って、仲間に無理やり連れられて撤退した。
そして俺や他の仲間を逃がすために部隊長だったラファエラは、そのまま1人で残り最期まで敵と戦って…………そして、死んだのだ…」
ラジク殿が沈痛な面持ちでそう言うと、ラファエラの事を知っている私たちは全員押し黙る。
その最期は才能に満ち仲間想いで、責任感の強い彼女らしいと思うが、それでもやはり早過ぎた。
「……あー、そう言うわけでリベルシオはラジクのことを憎んでいると思われるし、得られた情報と今回の行動からその憎しみはラジク個人だけでなく、セントリングそのものにも向けられていると俺は予想している。
そしてリベルシオの現在の立場と考えが、神竜教の利害とも一致しているため、今回の件はどうにかこちらの勝利で片がついたが、今後も恐らく何かしらの手出しはしてくると判断して、ドラグニアに最も近いカンディバースには守備部隊を置くことにした」
「なるほどねぇ……わかった。あの優男がラファエラの仇で、これからもまだこっちにチョッカイをかけてくるのなら、当然私も手伝うよ。
それと秘密を守ることも誓うから、さっさと済ませよう」
私はそう言って両腕の袖をまくると、2人は少し驚いたような顔をしていた。
「レストミリア殿は簡単に決めるのだなぁ……?」
「……ふっ、少しも躊躇わないのはお前らしいと言えばらしいか」
「さすがに内容が内容だし、これはラファエラとアルテミアのためでもあるからね。それに私だってリベルシオを始末したいんだから覚悟くらいは決められるよ」
私の言葉を聞いた2人は頷くとこちらと同じように両腕を出し、それぞれ短剣を取り出すと三人で向き合って円を作り、両腕を切って傷を付ける。
そしてポタポタと出血している互いの傷口を合わせて、両隣にいる2人に魔力を流し込む。
「我らは秘密を共有する者なり。
この秘密は命をかけて守られるべし。
決して主の了承なく漏らすべからず。
汝、この誓いをその命尽きるまで貫くべし」
ラジク殿が誓約魔法を詠唱していくと、3人の魔力が傷口を通して互いに混ざり合う。
これは決して破れない魔力による誓約。
主として設定されたラジク殿の許しを得ない限り、その秘密を漏らすことは死を意味する。
「ふう…これでいいね。っていうかディアブラスは前から知ってたんだし、今する必要あったの?」
「俺にとってラジクの両親は騎士として先輩にあたるし、存命中には何度も命を救われて随分と世話になっていたからな。
彼らが安心するよう、当時の騎士団長だったアイゼンフォート殿と共に俺も、まだ未成年だったラジクと契約魔法を結んでいたのだ。
そして今回、お前がより強い誓約魔法を使用するのなら、言い出した俺も上書きしようと思ったのだ」
「なるほど。そういうことね」
年齢的にはアイゼンフォート殿の幾つか下にラジク殿の両親が、その少し下にディアブラスがいることから、両親は信頼しているアイゼンフォート殿に相談して、そのアイゼンフォート殿は師弟関係にあったディアブラスが将来、騎士団長になれそうな器と判断して早くからラジク殿を守るための下準備をしていたのだろう。
私は納得して皆の傷を治療すると、報告も終えて聞きたいことも聞けたので部屋を後にする。
「…ラファエラ、それにアルテミア、ようやく真実が分かったよ。
友人の仇をとるためなら、私も何だってしてやるさ……。
あの優男と一緒にいるというのなら、カサンドラにだって今度は勝ってみせる!」
私は新たな決意を胸に、クロエの待つ治癒術士棟へと向かった。
この話を書くにあたって混乱した作者は何を思ったのか、本編を追いつつ登場人物紹介と照らし合わせて、設定の方に年表を1から作成し矛盾のないように書きましたが、読んでいておかしな所はございませんでしたでしょうか?
完成させるのに二日ほど費やしましたが、もし何かございましたらお教え願いたく思います……(;´Д`)ハァハァ
さて本編ですが、色々と過去のことが明るみに出てカンディバースの件の裏事情も判明してきました。
ドラグニアとしてもセントリングの富国強兵の現状はある程度把握していて、竜騎士や神竜教団の一部は捕らえたラジクを闇魔法を使って傀儡化し、カンディバース辺りで独立させて内乱に持ち込みたい思惑があったり、でもリベルシオはとにかくラジクやセントリングを害したかったりと、あちらも色々な思惑が錯綜しています。
セントリングとしても主要な王族は戦争への野心を抱いてますが、一部の派閥や騎士団、軍などはそれに対して否定的です。
しかしそこは騎士団や軍にも派閥が存在していて一枚岩ではなかったりで、今後も何かと一筋縄ではいかない可能性も。
(治癒術士団だけはレストミリア……というよりは実務を担うクロエと、象徴であり聖女たるアマリアのもとで一致団結してそうです(笑))
こんなことがあるとはつゆ知らず、この頃のジグたちはちょうど教会に戻ってひと息ついてますが、次回は新しい依頼が来る予定ですのでお楽しみに。




