第145話 閑話 目醒め (レストミリア視点)
申し訳ございません!盛大に予告というか予定詐欺をしてしまいました。お話をある程度まで考えたところで、
「あ、主要な人物がエレオノールとキルウルクだと、自分の実力じゃ話が膨らまない…。しかも敵はモンスターのみだし(絶望)」
といった具合で手が止まったので、エレオノール視点を完全にボツにして、その後に書くつもりだったお話に切り替えました。
もしエレオノール視点を楽しみにして下さった方がおられましたら、深くお詫び申し上げます…。
ウルファルクとルナメキラによって部隊が総崩れとなり、私たちはガラドエル殿の助力によって窮地を脱した。
その後、ウルファルクの眷族をどうにか防ぎながら撤退を続けていた私たちは、負傷者の誘導をおこなっていたジグと遭遇し、ジグに敵の相手を任せる代わりにアマリア様を連れ、街の北東にある兵糧庫へと向かっている。
「あの子が努力している姿は見ていたつもりだったけれど、それでも本当に頼もしくなったものね…」
ジグの戦い振りを見たアルテミアは、アマリア様を背負いながら、最近特に成長した教え子のことを話し始める。
最初は私がアマリア様を背負いたかったけれど、アルテミアもジグも揃って反対した結果、私は引き続きアイゼンフォート殿を背負うことになった。
私は自分の鼻血対策に、特製の増血薬を常備してるから大丈夫だと言ったのに、余計な出血は控えろと言われてしまった。
「ジグのことかい? そうだねぇ…目標が遥か遠くにあったり、他の同年代の子より学ぶ環境が整ってるのもそうだけど、あの子の持つ生まれつきの才能と魔力は、私たちのそれとは桁が違うのかもね…」
「たしかにあの年で身に付けられる力じゃないけれど、ミリアはそれ以外にも何か引っかかってるの?」
私の言葉の裏にあるものに、アルテミアはしっかり気づいているみたいだ。もちろんただの優秀な子じゃないのはアルテミアにもわかってるだろうけど、何も確証が無い今、私に言えることはほとんどない。
「いわゆる天才とも、また何か違うんだよねぇ…。いずれ分かるときが来るのか、それともずっと不明なままなのか…それすら私には予想も出来ないよ」
「その右眼でも分からないなんて、見応えがあっていいんじゃない?」
「ま、それもそうだね」
私はそう言うと、以前ジグを診察した時に見た彼の持つ本来の魔力や、それと共に体内に存在していた桜色の魔力を思い出し、そしてそれが現在は混ざり合っているのを思い浮かべる。
…いつか本当に分かる時が来るといいね、うん。
そうして街を北上し兵糧庫に辿り着くと、そこには私たちとは別ルートで来ていたり、他の所からも運び込まれた負傷者でごった返していた。
「アマリア様を寝かせたら、アルテミアも一息つくと良いよ。どうせキミのことだ、少し回復したらすぐに戻るんでしょ?」
「もちろんよ」
私は現場にいた治癒術士にアイゼンフォート殿を任せると、辺りを見回しながら言う。
エルフの治癒術士の姿があるということは、どうやらイリトゥエル様はこの避難所にいるらしい。
なら私は彼女らと協力して、ここにいる大勢の人々を治療するべきだろう。
「それならこれを渡しておくよ。この様子だと私はここから離れられそうにないし、アルテミアもジグの薬を飲んではいるけど、また前線に向かうなら回復薬は有った方が良いからね」
「え゛っ!?」
私は持っていたサイモンの薬をアルテミアに差し出すと、アルテミアは普段絶対に出さないような声を出して固まった。
どうやら彼女の中では、この状況でワガママを言うべきではないという騎士としての自分と、あの変人賢者の作ったもので、更に私を含めた治癒術士による成分分析がされていないものを飲むことへの拒絶が、猛烈なせめぎ合いをしているらしい。
「仕方ないね…じゃあ私が味見してみるよ」
頭から煙が出るほど悩むアルテミアを見た私は、そう言って小瓶の中身をほんの少しだけ飲む。
お?見た目に反して味は意外に悪くない。食感は…いや、飲み物のはずなのに食感というのがそもそもおかしいけど、それでも甘みがあればそれほど苦にはなら…苦っ!苦いよこれ!?
それに何だか辛みというか、刺激物が入ってるね…。うーん、なるほどなるほど…そういうことかぁ。
「ええとね…甘さのあとに苦味が来るし、口の中で弾けるような刺激もあるけど、見た目から想像するほど悪くは無いよ。
主な原料は恐らく、魔木に実る栄養価が高くて魔力を多く含んだ果実を数種類、それと…あとはよくわからない、かな…?」
私はそう言ってアルテミアに小瓶を渡す。
本当は果実以外の素材も見当がついてるけれど、それを今ここで伝えるのは酷というものだろう。
世の中には知らない方が良いこともある。
「でもまぁ毒ではないし、成分的には特に問題無いよ。味は特殊だけど安心して飲むといい」
「そ、そう? ミリアがそう言うなら…」
私の言葉に少しだけ安心したらしいアルテミアは、そう言って小瓶を受け取ると、その場に座って体を休め始める。
「じゃあ私は治療に行ってくるよ。気をつけてねアルテミア」
「えぇ、わかってるわ。ミリアも、あまり無理しちゃダメよ」
私は薬の効果で魔力が徐々に増えるのを感じながら、アルテミアに別れを告げると、イリトゥエル様の元へと向かった。
「レストミリア様!ご無事でよかった…」
「ガラドエル殿には本当に助けられました。イリトゥエル様こそご無事で何よりです」
「そうでしたか。ガラドエルの力が皆さんを助けられたなら良かったです。それで彼女は…?」
「まだお仲間と共に前線で戦っています。申し訳ありません…」
「…いえ、ガラドエルがそうしているのなら、恐らくそれが最適と考えてのことでしょう。なら私たちは私たちに出来ることを…」
「そうですね…。では私は特に重傷の者の治療にあたります」
私はまだ意識の戻らないアマリア様をイリトゥエル様に任せ、特に深刻な怪我を負った人たちの治療を始める。
「まずはアイゼンフォート殿だね。それにしても流石というか何というか、あれほどの威力の咆哮波を受けておきながら、外傷と骨折で済んでるのには驚きだねぇ。普通なら全身消し飛んでるよ…おっと、ここは内臓も少し危なかったか」
私は内臓や骨を重点的に癒やしながら、近くにいたシスターに声をかける。
「シスター・ヒルダ、申し訳ないんだけど包帯を持ってきて体を軽く拭いた後に、この人に巻いてあげてくれるかい?」
「そ、その方は…!畏まりましたレストミリア様。体を拭くのならお湯を持ってきますね」
「ありがとう、助かるよ」
アイゼンフォート殿を見て驚いたヒルダは急いで必要なものを揃えると、両手の塞がっている私の代わりに手早くアイゼンフォート殿の血を拭い、慣れた手つきで包帯を巻いていく。
「う、うぅ…」
「大丈夫。大丈夫ですからね…」
それまで意識が無かったアイゼンフォート殿は、私の治療が進むにつれて徐々に意識を取り戻しつつあった。しかしそれと共に体の痛みも感じ始めたのか、汗を浮かべ少し苦しそうにし始めてきたので、ヒルダは汗を拭き取り声をかけては治療の手伝いを続ける。
「シスター・ヒルダ、あなたはアイゼンフォート殿のことを知っているのかい?」
「はい。この方は私たちが兵舎から避難する際に助けて…レ、レストミリア様!今この方のことを何と…?」
「ん?この人のことかい?この人は護聖八騎の一人で筆頭でもある、『黒鉄要塞』アイゼンフォート殿だよ」
私はヒルダが後からお礼でも言うために、アイゼンフォート殿のことを知りたいのかと思い、肩書きなどを伝えることにした。
けれど彼女は私の言葉を聞くと、驚いたような表情をして涙を流していた。
「アイゼンフォート……そう、あの子の名前はアイゼンフォートだったわね…。あれからもう随分と経つのに、あなたはあの時の約束を忘れていなかったなんて…」
ヒルダはアイゼンフォート殿の頭を撫でながらそう言うと、私の方を見て頭を下げる。
「も、申し訳ございません!騎士様にこのような無礼をはたらいたこと、どうかお許しください」
「え?うん、別に良いけど…」
「ありがとうございます…。そして重ねて無礼を承知でお願いいたします。
出来れば今見たことは、レストミリア様だけのお心の内にしまっておいていただけませんか?」
私が驚いているのを見たヒルダは何か勘違いをしたらしい。彼女は真剣な眼差しでこちらを見つめながら願いを口にした。
私としては別に彼女を咎めるつもりは無いし、どうせなら誰かがアイゼンフォート殿の頭を撫でるなんて珍しい光景を、もっと見せてほしいくらいだった。
けれどヒルダというか、教会に所属している人たちからすれば、国内でも最高峰の騎士に対して無礼な行動をとり、それを誰かに知られて身分差を盾に責められたり、何かしらの不利益を教会に与えられることを恐れているのかもしれない。
付き合いが長くなれば分かるはずなんだけど、大抵の騎士や治癒術士はそんなこと気にしないんだよね。でも稀に例外は存在するし、本人が望むのなら私に否やは無い。
特にヒルダはモルド殿とは違って、身分差を弁えた行動を子供達にも叩き込んでいるようだし、本人も気を付けているように思う。
滅多にあることではないけど、思わぬところで身分の高い者と遭遇することを考えれば、たしかにその方が危険は少ない。
私やアルテミア、それにラジク殿からすれば、もっと気軽に接してくれて良いんだけどね…。
「私は構わないよ。あなたにはアマリア様がお世話になっているし、こうして皆の治療も手伝ってもらってるからね」
「感謝いたします…」
私が快く了承するとヒルダはとても安心した様子で、その後も一生懸命に私の手伝いをしてくれた。
「レ、レストミリア様っ!」
アイゼンフォート殿の治療を終え、私はその後も次々運ばれてくる重傷患者の治療をしていると、突然イリトゥエル様の叫ぶ声が聞こえた。
私は何事かと思って声のした方に行くと、寝台に寝かされていたはずのアマリア様が目を覚ましていた。
しかし様子がおかしい。いつもの麗しいアマリア様に変わりはないのだけれど、その全身からは赤い魔力が立ちのぼり、目にはほんのりと金色が混じっていて、目の赤色も更に濃くなって真紅に近くなっている。
「ミ、ミリア! 目が覚めて周りの人たちを見たら…」
「アマリア様、私にはこの光景に見覚えがあるので、まずは落ち着いてください…」
アマリア様に伝えた通り、私には過去に似たような光景を目にした記憶がある。しかしそれが何故アマリア様に起こったのかは……いや、これも血の為せる業なのか。
「まずはアマリア様、目が覚めてから思ったことや、したことを教えていただけますか?」
「目が覚めたら知らない部屋で、でも周りにはたくさんの苦しむ人がいて……それで私、この人達を助けたいって思って…」
アマリア様の話を聞いて、私は母上であるマリア様の言葉と……そして自らも耳にした言葉を思い出す。
「強き想いは願いに、切なる願いは祈りに…そして真摯な祈りは、やがて全てを癒やす力となる……」
「そ、そう!そんな言葉が頭の中に響いてきて、そしたら突然こんなことに…。でもミリアがどうして?」
「今の言葉はかつて、アマリア様のお母上であり、最年少の治癒術士長であり、リッツソリスの聖女と呼ばれたマリア様が聞き、私に教えてくださった言葉です…。
そしてマリア様の教えとその言葉を胸に刻み、この右眼を授かった時に私が耳にした言葉でもあります」
「お母さんとミリアが…?」
「その力はアマリア様の強い想いによって生まれて願いに変わり、願いは神々への祈りになり、神々に届いた祈りは神聖な恩恵となって、再びアマリア様のもとに戻ってきたのです。
…ですからどうかその声に耳を傾け、胸の内にあるアマリア様の祈りを、その御心のままに解き放ってください」
「でも、私にはどうしたら良いのか…」
「聞こえてくる声と感覚に全てを委ねれば、きっと大丈夫です」
「わ、わかったわ……」
アマリア様が目を瞑ると、立ちのぼっていた魔力はその勢いを増して広がっていき、周りにいた私たちはその暖かな魔力に包まれる。
そして両手を掲げたアマリア様が目を開くと、先ほどよりも更に金色を増していて、魔力もどんどん膨れ上がって赤から真紅へと変わっていく。
『全癒魔法・ヒールオール!』
魔法名を唱えたアマリア様の口からは、本人のものとは別の優しい、しかし凜とした、もう一人の女性の声がした。
私はその懐かしい、けれど二度と聞くことは叶わないと思っていた声を聞き、思わず涙が溢れる。
アマリア様を中心に広がっていた真紅の魔力は、魔法の発動と同時にその瞳と同じ真紅と金の混ざった色の光となって、周囲の全てを癒やしながら広がっていき、兵糧庫の周辺まで広がった辺りで紅金の粒子となって消えた。
「ミリア……私、上手く出来てた…?」
「お見事でしたアマリア様。まるでお母上を見ているようでしたよ…」
力を使い果たしてその場に座り込んだアマリア様の体を支えると、その瞳は徐々に元の色に戻り魔力も収まってきて、アマリア様は弱々しく話した。
「これだけの人数を一瞬で癒やすなんて…姉様は本当に凄いです!皆も喜んでますよ!」
「ありがとう、イリトゥエルちゃん。ようやく私も皆の役に立つことができたわ…。でもわたし…なんだかとても眠くて…」
「初めて大きな力を使うと大抵そうなります。黒骸王の時のジグも、気絶していたでしょう?」
「そう…そうだったわね…。じゃあミリア、私はちょっと眠るから…神父様やジグのこと……お願い、ね?」
「安心してください。アマリア様のお陰で仕事が無くなりましたから、私もジグやモルド殿の所に行きますよ」
「私も皆を助けに行きます。ですから姉様はゆっくりと休んでください」
「…うん。じゃあ二人とも、お願い…」
周りの皆が傷が癒えたことを喜び、歓声を上げて聖女の再来を祝うなか、アマリア様は眠る寸前まで家族の心配ばかりをしていた。
私は心配性な主を寝かせてヒルダに任せると、アマリア様の頭を撫でていたイリトゥエル様と共に、アルテミアの後を追うことにした。
「さて、では行きますか!」
「はい!姉様の分までジグ達を支えなくては!」
「うおおおぉぉぉぉーーーっっっ!!」
私たちが決意も新たに宣言すると、怪我の癒えた騎士や冒険者たちが拳や武器を掲げてそれに応える。
「私たちには聖女の加護がある!魔王軍の残党なんて一気に蹴散らすぞ!」
新たに編成を終えた私たちは、天を衝かんばかりの士気の部隊と共に、戦場へと再出発した。
予定変更したうえ最初は話がまとめられず、アマリア視点にしたり書いては消したりで相当頭を悩ませましたが、最終的にはこのような形に落ち着きました。
サブタイトルも色々と悩んだのですが、覚醒という意味であえて「目覚め」ではなく「目醒め」にしております。
ジグやモルドを含めた教会の家族、そして他にも大切な人が次々と増え、彼らのことをを想い、皆を守りたい、痛みや苦しみを癒やしたいと願い続けたアマリアの真摯な祈りは、マリアの後押しもあって神様に届いたようです。
ちなみにアルテミアは急いでいたため、アマリアの魔法が発動する前に移動し始めたので、こちらで起こったことは知りません。もう少し待てば全快できたのに残念ですね(笑)
レストミリアも流石にこの場面で鼻血を出すような事はせず、むしろ慈愛に満ちた表情でアマリアのことを見ていました。
でもまぁ余韻が無くなれば、失血死寸前まで赤い噴水をリッツソリスに生み出すことでしょう…。




