第114話 子鬼の山 その3 夜襲と過去の恐怖
スウサの大草原を越え、サスリブ山にほど近い森の野営地で、一晩を明かすことになった僕たちは、二小隊で男女に分かれてテントの中で過ごしている。
僕とダンク、ラントラとゲオリグが一つのテントに、ラティナとオリヴィエ、アマリアとフレデリカがもう片方のテントだ。
見張りには引率の騎士や治癒術士が交代で立ち、僕を含めた見習いたちは翌日に向けて、しっかりと休養をとるべく皆グッスリと眠っていた。
しかし夜中に僕は、何者かに揺さぶられ起こされた。
「おい、先ほどからお前の指輪が眩しくて寝ていられん。その光はどうにかならんのか?」
目をこすりながら寝ぼけた頭を上げると、ゲオリグがこれまた眠そうな顔をしながら、不機嫌にこちらを見ていた。
「…え?指輪が光っ…あっ!」
視線を移すとそこには、僕の左手の人差し指にはめられたエルフの指輪が、赤々と輝いていた。
「これは敵襲だ!皆起きて戦闘準備を!」
そう言いながら僕は慌ててテントから飛び出すと、敵襲だと叫ぶ。
周りのテントからは急いで飛び出してくる者がいたり、タチの悪いイタズラだという声が聞こえたり、黙々と準備をする者の姿が見えたりした。
隣のテントからはアマリアたちも、慌てた様子で出て来ていた。
「ジグ、キミは一体何を…おっと、その指輪の光は敵襲だね?皆、急いで起きるんだ!敵襲だよ!」
僕のいたテントの隣にはアマリア達がいたが、その更に隣にはレストミリアが待機していたらしい。その位置は私情が完全にダダ漏れだったが、変態魔女のアマリア愛も今回ばかりは助かった。
僕の声には耳を傾けなかった者達も、レストミリアの声を聞くと飛び起きてきたのだ。
篝火が増やされ皆が起きた頃には、野営地の周りに広がる森の暗がりには、篝火の灯りを反射して光る野生動物のような目が多数現れた。
それと同時に空には無数の炎が浮かび上がり、こちらに向かって一斉に飛んでくる。
僕は咄嗟に風の盾を張って周囲にいた皆を守ると、弾かれたそれが大量の火矢だと分かった。
「すでに周りを囲まれているわ!アドルピスカ殿とラジク殿、それに私とミリアは四方に散って各自迎撃!他の者はその間を埋めるようにして野営地を守って!
下級騎士未満の見習いたちは中心に集まって、討ち漏らしが来たら必ず、小隊単位か複数人で対応して排除するように!」
アルテミアが大声で指示を出すと、皆一斉に行動を開始した。
「それとジグ、私たちがここを離れるからには、何かあればここにいる見習い達のことは頼むわね。皆も彼の指示に従うように!」
「はい、全力を尽くします。先生もお気をつけて」
「ふふっ、誰に言ってるの?すぐに片付けてくるわよ」
アルテミアが走っていくと、入れ替わるようにラジクがやって来た。
「これは返しておく。時間が無いから俺はもう行くが…まぁお前なら大丈夫だな」
「助かります。師匠もお気を付けて!」
渡された霊樹の回復薬を受け取ると、ラジクも身体強化で一気に走り去った。
「騎士でもない子供の指示に従うのは癪だが、『嵐穿弓』アルテミア様の命令では仕方がない。しかし忘れるなよ、この前の戦いの結果は俺の運が悪かっただけなのだからな!」
「ごめんねジグ、ゲオリグは素直になれないだけなんだ。あの戦いのあと、僕の前ではキミを素直に褒めていたんだよ?」
「え?…あ、はい。気にしてないので大丈夫です」
ゲオリグがこちらを見てそう言うが、その頭を押さえながらラントラがフォローし、フレデリカも申し訳なさそうにペコペコと頭を下げながら、ゲオリグの腕を引っ張って僕から引き離した。
「ゲオリグ様はあんな感じの人みたいだけど、昨日のことを考えても悪い人ではないみたいよ…多分」
「うん、まぁ少し離れて見ているぶんには、面白い人だと思うよ」
アマリアがフォローになってるか分からないようなことを言うので、僕もなんとなく同意しておく。
「いつまでボサッとしているのだ!?早く小隊ごとに分かれて隊列を組むなり準備せねば、敵がやって来ても対処できんぞ?」
ラントラやフレデリカに押さえられながら、ゲオリグはなおも続ける。たしかに彼の言う通りなので、僕はその言葉に従い小隊ごとに分かれて、互いの背後を守るように円陣を組ませた。
「いけ好かない奴ではあるけど、たまに言ってることが正論だったりするから、更になんかこう…モヤモヤするよな?」
「わ、私はあの人苦手だなぁ…語気が強かったり、距離感が近くてちょっと怖いよぅ」
「同世代の出世頭なだけあって、能力や判断力はあるみたいだけど…ちょっとうるさいわね」
「ははは…。まぁアマリアも言っていたように悪い人ではないと思うから、各自でここなら良いと思う距離感で、接したらいいと思いますよ」
「ジグは大人だなぁ…っと、来たみたいだな。あれは…ゴブリンか?」
小隊の皆と話していると、防御網を突破したモンスターがこちらに向かってきたようだ。
身体強化で視力を上げると暗がりの中を疾走してくるのは、全身緑色の肌をして頭には小さな角を生やし、革鎧や質の悪い短剣で武装したゴブリンで、イノシシのようなモンスターに跨がってこちらに突進してきていた。
迎撃のために指示を出そうとしていると、ゲオリグが先頭を切りながら隣にいたアマリアたちの小隊が走り出した。
正確には先走ったゲオリグに仕方なく、他の三人が続いていると言うべきか。
「ふん!喰らうがいい『メニア・ファイアボール!』」
ゲオリグが放った複数の火球はゴブリンに命中し、騎乗していたモンスターごと焼き払った。
「ゲオリグ、勝手に飛び出しちゃダメだよ」
「何を言うラントラ。早く指示を出さなければ、場合によっては危険になるのだ。今回は敵が一体だから良かったが、もし周りから一斉に来ていたら、遅い指示など待っていられん」
「それはそうだけど、今回は単体だったんだから指示を待つべきだったよね」
「むぅ…」
「ゲオリグ君の気持ちも分かるけど、あまり勝手に動いちゃダメよ。指揮を任されたのはジグ君なんだし、まずは彼に提案したり咄嗟の場合にどうするか、予めやり方を決めておくべきよ」
ラントラとフレデリカにお説教されながら、ゲオリグが戻ってくる。まぁ僕の指示が遅いのは否定できないし、慣れてないこともあるから僕よりこういう経験のある、ゲオリグが率先して動いてくれるのはありがたい。
でもそれとは別に、これを良しとしてしまうと指揮系統が滅茶苦茶になるので、不本意ながら釘も刺さないといけない。
「ゲオリグ様、咄嗟に機転を利かせていただいて、ありがとうございます。まだこういった事態には不慣れなので、助かります」
「そうであろう。何か分からないことがあれば、この俺に何でも聞くが良い!」
「ですがお二人の言う通り、勝手に動かれてはアルテミア様の指示に背くことになりますので、今後は出来れば動く前に相談するなりして、勝手な行動は控えてください。
僕も分からないことがあれば、先輩の皆さんに聞きますから」
「う、うむ。そういうことなら致し方ないな」
その後は余裕があるなら指示を出すこと、指示が無い場合は敵が単体なら一番近い小隊が各自で迎撃、複数なら数に合わせて何隊かで迎撃、大型の場合は防御に徹して指示を待つように、などと話し合って決めた。
満足したらしいゲオリグが持ち場に戻ると、ラントラとフレデリカは会釈してそれに続き、アマリアもこちらを見て笑いながら皆と戻っていった。
「ジグは本当に何というか、年下とは思えないな?俺だったら説教してやるところだ」
「いくらアルテミア様から指名されたと言っても、僕は集団とか組織による戦闘には不慣れですからね。分からないことも足りない部分も、まだまだたくさんありますからね。
これまでは精々何人かで動くとか、その中でも更に単独で動くことが多かったですし」
「ゲオリグを一蹴したり、あの『黒鉄要塞』アイゼンフォート様を、負傷させるほどの力があるのに謙虚なことだ。俺も見習わないとな…」
「二人とも、話してるところ悪いけどまた来たわよ。今度は複数みたい」
「各隊、任意に迎撃!他の隊は増援がないか警戒しつつ、前衛の隊の支援を!」
僕が指示を出して皆が迎撃していると、その後もモンスターはたびたびやって来て、僅かずつではあったがしかし確実に、その数を増やしていた。
「それにしても、撃退までやけに時間がかかっているし、予想より多くモンスターが突破してくるな。あのメンツでゴブリン相手に、それほど苦戦するとは思えないんだが…」
ダンクの言葉を聞きつつ、僕は周りを見渡す。
暗闇の中、周囲の森ではまだ戦闘が行われているらしく、たびたび魔法の光や爆発による炎が見える。
騎士や治癒術士の数はそれほど多くないとは言え、あの四人がいて苦戦するとは思いたくないが、予想以上に敵の数が多いのか、それとも強力な大型モンスターでも現れたのだろうか?
「この付近にそこまで強いモンスターがいるとは、聞いたことが無いですけど…」
「たしかゴブリンは繁殖力が強くて数が多いから、戦闘になる場合は大抵、たくさんの群れを相手にするって本で読んだことがあるわ。
そして数が多いから、その中から上位種が現れる確率も、他のモンスターより格段に高いそうよ」
「で、でもオリヴィエちゃん、いつもは騎士団や冒険者が定期的にゴブリンの数を減らして、そういう風にならないようにしてるんじゃ…?」
「いや、待てよ…最近は冒険者もフォータルキャビルに現れた、複数のグランドシェルに掛かりきりで、この辺りには手が回ってないはずだ。
それに騎士団でもエルフの里への増援や、黒骸王との戦闘で疲弊していて、あまり余力が無かった。
しかもそれに加えて、西の帝国や南のアニマナイトの動きも最近活発になっていて、そちらへの対処や警戒に人を割いていたから、もしかするといつもより手つかずだったんじゃないか?」
「ダンクの考えた通りなら今回の演習の目的には、ゴブリンの間引きも含んでいたのかも知れないわね。
それにしても予め調査はしているはずだから、そこまで危険があるなら私たちみたいな見習いなんて使わずに、もっと戦力を整えて討伐隊を組むと思うのだけど…」
「そ、そうだよね。まだ私たちじゃゴブリンの大群なんて相手に出来ないよ。何か手違いでもあったのかなぁ…?」
「手違いか…。もし予め調査していてもその結果が間違いだったなら、こういう事態になることも有り得るのかもな」
「それって騎士による調査が十分でなかったか、もしくは偽情報だった可能性があるって事ですか?」
「うーん、今の時点どちらとも言えないよな…」
僕の小隊も、たびたびやって来るゴブリンを倒しながら、予想より長引いている戦いについて話し合っていると、森の木をベキベキとへし折って巨大な影が姿を現した。
「嘘でしょ…本当に勘弁してよ…」
僕は見覚えのあるその姿に戦慄する。こんなことは有り得ないと、脳が認めるのを拒絶するが、しかし絶対に忘れるわけがない。
その額には反りのある2本の角が生え、赤く筋肉の塊のような体つきをして重装鎧を纏い、トゲのある巨大なハンマーを持った、5メートル近い巨体…。
「ジ、ジェネラル・オーガだ!各隊、間隔を空けて散らばって、遠距離攻撃に備えろ!
あれの攻撃に半端な盾魔法は意味が無いから、絶対に防ごうとせず身体強化で回避に専念して!」
僕はそう叫ぶと赤い狼煙を2本上げ、全身に魔力を込める。ラジクを含めた騎士数人がかりでも簡単には討ち取れず、南門の戦いでも多大な被害をもたらしたモンスターがそこにはいた。
しかもあの時とは違って周りには見習いばかり、しかもここにはアマリアまでいるのだ。
圧倒的なジェネラル・オーガの強さを思い出して足が震える。スカルピオンや黒骸王、ルナメキラ配下の魔族や巨人族、それに幾つもの大型モンスターとこれまで何度も戦ってきたはずなのに、それらの相手の時にはここまで恐怖心が強く現れたことは無いのに…。
何の力も無く守られるだけの時に経験した、あの無力感や恐怖を思い出すと、冷や汗が出て震えが止まらなかった。
「ははっ…神父や師匠たちがいないと、僕ってこんなものなのかな…」
恐怖に固まっているとほんの一瞬、遺跡で黒骸王が現れたときのレストミリアのように、アマリアだけ担いで一目散に逃げ出したい衝動に駆られた。でもすぐに周りの皆の姿が浮かんで踏みとどまる。
森からこちらに向かっていたオーガは口を開くと一気に魔力を溜め、口からバチバチと魔力の火花が迸る。そして次の瞬間には辺りの空気が震え、鼓膜が破れるかと思うほどの轟音と共に咆哮波が放たれた。
地面を抉りテントを吹き飛ばしながら猛烈な速度で迫るそれを、見習いたちは全力の身体強化で飛び退き、奇跡的に直撃は受けずにどうにか回避した。
咆哮波は森の木々を砕きながらそのまま見えなくなると、遠くでズドォッ!と爆発が起こり土煙が上がった。再び咆哮波を放つには時間がかかるはずだが、しかしオーガはそれを待たずに近付いてくる。
そして回避に成功したものの、今回の咆哮波はその余波ですら凄まじく、ギリギリで避けた者の中には吹き飛ばされて地面に叩きつけられたり、衝撃波によって耳や鼻から出血したり、防具が砕けて骨折に至っている者までいて、治療をしている間は負傷者も治療者…アマリアたちも動けない。
時間が無い…それに逃げてはダメだ。このままじゃとんでもない被害が出る。
アルテミアは僕を信頼してここを任せてくれた。
ラジクも僕がいれば心配ないと言い、安心して自分の役目を果たしに行った。
ここで僕たちが支えきれなきゃ、多数の敵を相手にしている誰かの背後から、あの凶悪なオーガが襲い掛かることになる。
…自分が囮になってでも、ここにいる全員でやるしかない。
「…何度も咆哮波を撃たれたら確実に死者が出る。まずは牽制しつつ、アレをなるべくここから引き離さないと…。
ラティナ、ダンク、オリヴィエ。あいつは僕が囮になって引きつけるから、その間に他の隊も含めた全員で魔力を溜めて、僕の合図で攻撃出来るように準備をしておいて。
そしてもし僕がやられたなら、皆をまとめて逃げて欲しい。特にアマリアのことをお願いだから、無理矢理にでも連れて行って。これは命令だよ」
僕は周りを見ながら三人に小声で伝える。
アマリアに聞かれると絶対に止められるからだ。
「ジグ君にだけ、そんな危ないことをさせられないよ…!」
「…ラティナ、これは隊長としての命令だから、私たちは従わなきゃならないわ。支援魔法だけでもかけておくけど、無理はしないで。それと、アマリアさんのことは任せてちょうだい」
「ありがとうオリヴィエ。ラティナもあまり心配しないで、今は自分の心配と指示をこなすことだけを考えて」
「う、うん。わかった…私も頑張る!」
「ダンクも頼んだよ」
「俺達が不甲斐ないばかりに迷惑をかける…本当にすまない」
「何言ってるのさ。これも考えた末の役割分担なんだから、そっちもしっかりと指示を守ってよね?作戦成功ならもちろん良いけど、失敗なら生き残ることが最優先だよ」
「ああ、必ずやってみせる!」
「どこまでやれるかは分からないけど…じゃあ行ってくるよ!」
震えはいつの間にか収まっていた。
三人が他の隊に指示を出しに向かうと同時に、僕はオーガへと突進していった。
順調に思えた訓練ですが、ここに来て急展開です。
当初の予定では普通に山に到着して、普通に実戦訓練を重ねて、普通に皆とも仲良くなりたい感じでしたが、何故かエルフの指輪が光ってしまいました。
光ってしまったからには致し方ありません(笑)
過去のトラウマとも言える恐怖に震えるジグでしたが、鍛えていたのは体や魔力だけではなく、精神的にも成長しております。
次回はどうなるんでしょう。
また勝手に話が展開していきそうで、自分でも全く予想できません(汗)




