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スイート・スイーパー  作者: やまじゆう
鉄組壊滅作戦編
6/18

鉄組壊滅作戦6

  「パパ……、ママ……」


  見渡す限り広がる大草原。

  和かい陽射しと温かいそよ風が、心地良い。

  草花と土の匂いが、生きていることを実感させてくれる。

  遠い昔、幼い頃の涼音の思い出。母の手作り弁当を持って、親子3人、大草原で過ごした優しい時間……。

  遊び疲れると、決まって父親がおぶってくれた。

  父親の広い背中の中で、いつの間にか寝てしまう涼音。

  涼音にとって、一番幸せだった頃の思い出だ。


  「お父さん、ごめんね……」


 ・

 ・

 ・


  涼音は、自分の寝言で目を覚ました。

  久し振りに夢を見た気がする。しかも幼い頃の、とても幸せだった頃の夢を……。

  涼音は、しばらくの間、夢の余韻に浸っていた。


  「お目覚めですか?」


  涼音は、ハッとした。気が付くと、自分が、総介の背中に揺られているではないか!


  「な……何で、アンタが、ここにいるのよ!?……そりゃぁ、助けてくれた事は感謝してるけど、それとこれとは話は別よ。降ろしなさいよーっ!」


  涼音は、総介の首を思い切り絞めた。


  「元気を取り戻したようですね。涼音さん?」


  もがき苦しむ総介を尻目に、美里亜が優しく微笑む。


  「お姉様ぁ!」


  ((お姉様ぁ!?))


  総介と美里亜は、顔を見合わせた。


  「涼音さん。寝言で、お父さんに謝っていましたよ」


  「ア……アンタ、人の寝言を聞いてたのね?何て、悪趣味な奴なの!?」


  涼音は、総介の首を絞めた上に、頭を左右に振り回した。


  「わわっ……!み……美里亜さん、助けて……下さ……い……!」


  必死に助けを求める総介だったが、美里亜は、ニコニコと微笑んでいるだけだった。


  「……私ね、私とお父さんを捨てたあの女が、許せなかったんだ。もし会う事が出来たら、1発でもいいから殴ってやりたかった……!」


  涼音は、気分が晴れたのか、2人に本音を話し始めた。

  事の始まりは、2週間前に逆上る……。


 ・

 ・

 ・


  いつもの帰り道、涼音は、車の後部座席から、何となく外を眺めていた。

  駅前通りに差し掛かった交差点での信号待ちの際、同じく隣りで信号待ちをしている黒いスポーツカーを何気なく眺めた。

  その直後、涼音は、目を疑った。

  何と、スポーツカーの運転席には、自分と父親から大好きだった母親を奪ったあの男……、鈴木マナブが、座っているではないか!

  そして、信号が青に変わると、マナブの車は、左へ曲がり、繁華街の中へ消えて行ったのだった。


  『マナブさえ捜し出せば、きっと母親にも会えるのではないか?』

 

  そう考えた涼音は、その日の夜から繁華街を歩き回る様になった。


  「では、何故キャサリン……いや、あの変装を?」


  総介は、以前から気になっていた質問をした。


  「……それは、マナブってヤツにも顔を知られているし、知り合いと会った時のカムフラージュよ。それに……」


  急に涼音の顔が、紅くなった。


  「……それに、1度、あんな格好をしてみたかったのよ!」


  「くくっ……、可愛いですね」


  総介が、思わず吹き出してしまうと、涼音の顔は更に紅くなった。


  「アンタに言われなくないわよっ!アンタにっ!」


 ・

 ・

 ・


  3人は、今後の事を相談する為、一旦『喫茶店ひだまり』へ戻った。

  『喫茶店ひだまり』では、聖理奈と一緒に虎之介も待っていた。

  虎之介は、警察(茉里華)からの連絡を受け、得意先との接待中だったにも(かかわ)らず、大急ぎで駆け付けたのだ。

  虎之介は、涼音の無事な姿を見るや否や、駆け寄り、キツく抱き締めた。


  「ち……ちょっと、やめてよ!放して!」


  涼音は、虎之介の腕から逃れようと、必死にもがいている。


  「良かった……、お前が無事で、本当に良かった!」


  そう言って涙ぐむ虎之介の頬を涼音は、両手で押さえると、(かす)れた声で言った。


  「ごめんね……、お父さん……」


 ・

 ・

 ・


  「ターゲット確認。どうだ、ウルフ?」


  「確認出来たぜ、マスター!」


  ネオンが、輝く駅前ビルの屋上に、その2人はいた。

  黒のスーツに身を固めた『マスター』と呼ばれるロマンスグレーの初老の紳士は、電子スコープで『クラブ曖昧』の周辺を監視していた。

  そして、その相棒『ウルフ』と呼ばれる白人青年は、鬱伏せの状態でライフル銃を構えている。


  「距離……800。行けるか?」


  「俺を誰だと思ってる、マスター!?全米のマフィア共を震え上がらせている最強のスナイパー・『ウルフ=ザ=キッド』様だぜ!」


  ウルフは、ターゲットに照準を合わせた。


  「よく見てろよ。これが、日本での俺のデビュー戦だぜ!」


  そして、ウルフは、引き金を引いた……。


 ・

 ・

 ・


  「は~い、ホットミルクですよぉ。体が温まりますから、どうぞ~!」


  美里亜が、カウンターテーブルの上にホットミルクを並べた。

  ほんのちょっとのバターと蜂蜜を混ぜた美里亜特製のホットミルクは、まろやかな口当りとほんのりとした甘みが口の中に広がる、『喫茶店ひだまり』の人気メニューの1つだ。


  「ホントに、美味しいです。お姉様ぁ!」


  涼音が感激した。


  (((お姉様ぁ!?)))


  総介と聖理奈と虎之介の3人は顔を見合わせた。

  これで、何とか一段落着いたかに思われたが、聖理奈だけは、何やら浮かない表情だ。


  「社長、実は確認しておきたい事が……」


  その時、聖理奈の言葉をかき消すかの様に、フェ〇ーリの近所迷惑なエンジン音が、店の外から聞こえてきた。


  カランカラン……!


  やはり茉里華だ。……と、もう1人。

  茉里華は、連れの男の首根っこを掴んで、店内へ放り投げた。

  茉里華が連れて来た男は、『クラブ曖昧』のナンバーワンホスト・シノブだった。

  彼は、何かに怯えている様子で、体中ガチガチと震わせていた。


  「まあ、どうかしましたか?」


  美里亜が、カウンターから出て来て、倒れ込んでいるシノブに手を差し延べた。


  「どうしたもこうしたも……。鈴木マナブが、狙撃された!」


  皆、言葉が出なかった。特に、涼音の表情は驚愕に満ちていた。

  鈴木マナブの身柄を本庁へ移送する為、パトカーに乗り込もうとした時、何者かによって狙撃されたという。しかも、捜査員の目の前で。


  「恐らく鉄組が、接触したという例の2人組の外国人スナイパーの仕業に違いない」


  マナブの逮捕により、鉄組にとって、不利益な情報が表沙汰になる事を懸念しての犯行だろうか?

  そうだとすれば、マナブに一番近い存在であり、常にマナブと行動を共にしていたシノブが、次の標的になる可能性が高い。

  そう考えた茉里華は、取り敢えず、シノブをここへ連れて来たのだ。


  「ここから放り出されたくなければ、洗いざらい話す事だな!」


  茉里華は、怯えるシノブの胸ぐらを掴んでは突っ撥ねた。

  茉里華は、少々イラついていた。

  それは、1度は確保した容疑者を本庁へ移送する前に、捜査員の目の前で殺害されてしまったからだ。

  これは、警察の威信に関わる問題へと発展する事は必至だ。

  茉里華は、シノブに対して幾つかの質問をした。

  やはり、命には代えられないと判断したのか、シノブは、茉里華の質問に対し、素直に答え始めた。

  その結果、鉄組の悪事が、次々と明らかになったのである。

  麻薬・覚せい剤等の密売。違法アダルトサイトの運営。霊感・マルチ商法。民間企業に対する脅迫及び恐喝。そして、殺人……。

  シノブの証言のお陰で、警察が摘発した鉄組の関連団体に対する裏付け捜査が、容易になった事は言うまでもない。


  「ほ……本当に俺を守ってくれるんだろうな?」


  シノブは茉里華の足首に(すが)る様にしがみついた。


  「心配するな。世界一頼りになる男がそこにいる!」


  皆、一斉に総介に顔を向けた。


  「い、いやぁ……ハハハハ……」


  総介は、ヘラヘラと笑っている。


  「ち……ちょっと待ってよ、茉里姉!勝手に話を進めないでよ!」


  聖理奈が、話に割って入った。


  「総ちゃんは、まだ調査継続中なのよ!私だって大徳寺社長に、どうしても確認しておきたい事があるんだから!」


  聖理奈は、鞄の中から数枚の資料を取り出すと、虎之介の前に立った。


  「社長、正直に答えて下さい。それに、涼音さんも。これから私が、話す事をちゃんと聞いて下さい!」


  実は、昨晩、弁天屋物産顧問弁護士・神崎聖理奈の呼び掛けで、同社の取締役会と顧問税理士を交え、社長不在の食事会が行なわれた時の話だ……。

  今でこそ、国内屈指の優良企業として名高い弁天屋物産だが、実は、3年前の大不況の煽りを受け、一時倒産の危機に追い込まれた時期があったのだ。

  その当時の銀行は、債券回収の期待薄な企業への融資を断り続けていた。

  御多分に漏れず、弁天屋物産もまた、それらの企業の1つに数えられていたのである。

  そんな時、無担保・低金利で多額な融資を申し出た金融業者があった。

  それが、『鉄興業』であった。

  鉄興業による多額の融資を受けたお陰で、何とか再建の目処(めど)が立った弁天屋物産は、その後、大企業へと上り詰めて行くことになった。

  しかし、時を同じくして、虎之介と早苗は、離婚をしてしまう。

  更には、離婚後3年経った現在でも、虎之介に掛けられた高額な生命保険の受取人名義が、大徳寺早苗になっているのだ。


  「そ……それは……」


  聖理奈の指摘に、虎之介の額から脂汗が流れ落ちる。


  「担保だよ!」


  シノブが口を挟んだ。

  つまり、万が一に返済不可能となった場合でも、予め債務者に対して債券に相当する額の生命保険を掛け、その受取人名義を債務者の親族又は配偶者とする事で、債券の未回収を防いでいると言うのだ。

  その際、受取人の身柄は鉄組の管理下に置かれる。いわゆる、人質だ。


  「それが本家(鉄組)のやり方だよ」


  突如、涼音が虎之介に掴み掛かった!


  「お父さんは、それを知ってて……、お母さんを売ったの?……私には、『お母さんは、私達を捨てて、若い男の所へ行った!』って言ったのも嘘だったの!?」


  涼音の手に力が入る。


  「す……すまん、涼音。しかし、私は……、家族を守ると同時に、社員の生活も守らなければならなかったんだ……」


  当時、虎之介が悩み苦しんでいる事に気付いていた早苗が、自ら鉄興業に出向いて、契約を結んでしまったというのが事実である。

  その後、虎之介は、会社の再建と、一刻も早く妻を取り戻す為、昼夜を問わず、必死に働いた。

  そして、会社も軌道に乗り、借金も完済した頃だった……。


  「今度は、妻の身柄と引き換えに、金を要求される様になったんだ……」


  鉄組の要求は、次第にエスカレートしていったのであった……。

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