鉄組壊滅作戦5
22時20分。涼音は、今日も『キャサリン』に変装して繁華街を徘徊していた。
例の如く、取り巻きの連中が、涼音に近付いて来た。
総介は、虎之介と約束した通り、連中を追い払う事にした。
「こんばんは~、キャサリンちゃ……!」
取り巻きの内の1人が、涼音に声を掛けようと近付いた所、彼女の背後で総介が、満面の笑みで立っていた。
総介に怯えた取り巻き連中は、そそくさとその場から去って行った。
「いい加減にしてよね!また、スタンガンを食らいたいの?」
涼音は、バッグの中からスタンガンをチラつかせた。
「とにかく、付いて来ないでよ!」
ガッ……!
涼音は、総介の脛を思いっ切り蹴飛ばし、走り去って行った。
「あいたたた……。まったく、とんだジャジャ馬ですねぇ……」
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「ハァハァ……」
何とか総介を撒いた涼音だったが、気が付くと、大通りの交差点の角にいた。
ふと見上げると、黒いスポーツカーに乗った見覚えのある若い男が、涼音の目に止まった。
「アイツだ!」
涼音は、黒いスポーツカーの後を走って追いかけた。……が、スポーツカーは、すぐに近くのコインパーキングに入庫した。
車内からは、金髪でチンピラ風の若い男が、出て来た。
涼音は、その男の後を追った。
外から鏡張りのエントランスが見える『クラブ曖昧』に入って行く男の姿を目撃した涼音は、彼の後を追って店内へ入った。
そんな涼音の姿を総介は、見ていた。
「う~ん、ホストクラブですか……」
さすがにホストクラブともなると、総介一人で入るには抵抗がある上に、先立つ物もない。
そうかと言って、このまま涼音を放っておく訳にもいかない。困った。
店の前で行ったり来たりを繰り返している総介に、通りすがりの女性が声を掛けてきた。
「あら、総介さん!どうしたんです?こんな所で……」
帰宅途中の美里亜が、偶然にも通り掛かったのだ。
『渡りに舟』とはこの事だ!総介は、事情を説明して、店内へ一緒に入ってもらう様に頼み込んだ。
「良いですよ。私も、1度は行ってみたかったんですよ、ホストクラブに!」
意外にあっさりと承諾してくれた。むしろ、乗り気だ。
美里亜は、総介の腕を引っ張り、意気揚々と店内へ入って行った。
「いらっしゃいませ~!『クラブ曖昧』へようこそ~!」
エントランスでは、1人のホストが出迎え、料金システム等の説明を始めた。
重量感のある革張りの扉の横には、ランク付けされたホストの顔写真が張り出されている。
『1番人気・シノブ、2番人気・ショウ……』
どのホストも、アイドル並みの美少年ばかりだ。
「ねぇ、総介さ~ん。この子、可愛いと思いませんかぁ?」
美里亜は、1人ではしゃいでいる。
「……以上が、当店のシステムとなっております。では、ごゆっくりとお楽しみ下さい!」
そう言うと、ホストは革張りの分厚い扉を開けた。
「「「いらっしゃいませ~!」」」
何と、左右にズラリと整列したホスト達が、2人を出迎えたのだ!
「すごい……、すごいですよぉ!総介さん!」
美里亜のテンションは、更に上がった!……だが、総介は、それどころではない。
総介は、店内を見渡し、涼音の姿を見つけ出すと、店員の案内を押し除けて涼音の真後ろの席を陣取った。
総介は、気付かれぬ様に、涼音の様子を伺った。
「いらっしゃいませ、シノブです!」
1番人気のシノブが、涼音の席にやって来た。
「違うわよ!私が指名したのは、マナブよ!鈴木マナブ!!居るんでしょ!?」
どうやら涼音は、スポーツカーの男を指名していた様だ。
「しかし、彼はちょっと席を外せませんので……」
困り果てるシノブに対し、涼音は財布の中からセレブの証『ア〇ックスのゴールドカード』をチラつかせた。
「し、少々お待ち下さい!」
シノブは、涼音のカードを目にした途端、一目散に奥の事務所へ駆け込んで行った。
(16才の娘にアメ〇クスのゴールドカードを持たすなんて、お金持ちの考える事は解りませんね……)
総介の心の声だ。
「総介さ~ん、楽しんでますぅ?」
美里亜の呼び掛けに総介が振り向くと、そこには、とんでもない光景が広がっていた!
何と、美里亜の周りには、上位ランクのホスト達が取り囲み、それぞれが高級ワインのラッパ飲みをしていたのだ!
更に、テーブルの上には、背丈程の巨大フルーツ盛り合わせが置いてあり、今まさにシャンパンタワーが始まろうとしていた。
「総介さ~ん、見て下さい!すごいでしょう~?」
美里亜は、大はしゃぎだ。
一方、総介は、料金の事が気になって仕方がない。
「総介さ~ん、お金の事なら心配いりませんよぉ!」
そう言いながら、美里亜は財布の中から超セレブの証『アメッ〇スのブラックカード』を取り出した。
周りからは、「「おおー!」」の歓声が沸き起こる。
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「5番テーブルのガキが、店長を御指名ですが……」
「ああっ!?」
その頃、シノブは、事務所のマナブに『○メックスのゴールドカード』を持つ少女の事を報告していた。
鈴木マナブは、『クラブ曖昧』の店長だ。広域指定暴力団鉄組の構成員で、4年前からこの店を任されていたのだ。
マナブは、店内監視用カメラのモニター席に座り、5番テーブルのゴスロリ娘にカメラの照準を合わせた。
「あのガキ、どこかで……」
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20才と偽って『クラブ曖昧』に入店した涼音だったが、実年齢16才の彼女が、こういった『大人の店』に入る事自体、初体験であった。
涼音は、周りを見渡した……。
若いホストに色目を遣う中年女性。ホストに勧められるままウイスキー飲み干す女性。
そして、十数人のホストをはべらせ、派手に騒いでいる真後ろのテーブルの若い女性……。
「……みんな、バカみたい」
涼音は、1人で水を飲みながらマナブを待ち続けた。
「お待たせ致しました。マナブです。まず、何かお飲み物を……」
マナブがメニューを開こうと、手を伸ばした瞬間、涼音が、マナブの腕を掴んで身を乗り出した!
「お母……あの女に会わせてよ!」
「……は?」
「お父さんと私を捨てて、アンタの所に行った女……、大徳寺早苗に会わせてって言ったのよ!」
マナブは、目の前のゴスロリ娘が、弁天屋物産の社長令嬢だという事に、今ようやく気付いた。
涼音は、自分と父親を捨てた母親の早苗に会わせろと、尚も食い下がる。
「わ……分かりました。あちらのVIPルームでお待ち下さい」
マナブは、シノブに涼音をVIPルームへ案内する様に命じた。
VIPルームは、店内奥の通路の突き当たりにあり、重量感のある分厚い扉を開けると、殺風景な室内の真ん中に、ダブルベッドがポツンと置いてあるだけの部屋であった。
「な……何よ、この部屋?あの女に会わせてくれるんじゃなかったの!?」
涼音が振り返ると、シノブの姿は既になく、ドアは閉じられた上に外から鍵を掛けられてしまった。
「ちょっと、開けなさいよ!」
ガチャ……
その時、部屋の奥の内ドアが開いた。
奥の部屋からは、屈強な2人の黒人男が、黒いビキニパンツ1枚の姿で現れた。
この時、涼音は、今までに経験した事のない様な身の危険を感じた。
「やめて、来ないで!」
いくら叫んでも、いくら逃げ回っても、防音壁の部屋からでは、外へは聞こえない……。
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事務所の監視モニターには、VIPルームの映像が様々な角度で映し出されている。
そもそも、鉄組の収入源の1つに、『違法アダルト動画サイトの運営』というモノがある。
児童ポルノ等の違法アダルト動画は、世界中のマニアが高値で購入する為、かなりの需要があった。
鉄組が制作するそれらの違法アダルト動画は、この部屋で撮られている事が多い。
今、この部屋の中では、泣きわめく涼音が、2人の黒人男に羽交い締めにされ、衣服を剥ぎ取られていく様子が淡々と撮られていた。
「いやぁぁぁぁーー!!」
マナブは、モニターに映し出される映像を見ながら、ニヤニヤと薄笑いを浮かべていた……。
「……ッ!?」
その時、突如ドアが開き、見知らぬ男が部屋の中に入って来た!総介だ!
まず総介は、黒人男の1人が殴り掛かって来たのをあっさりと薙ぎ倒し、自らの拳を男の鳩尾にめり込ませた!
男は苦悶の表情と共に失神した。
もう1人の黒人男は、何処からともなくナイフを取り出し、総介に切り掛かって来た!
総介は、迫り来るナイフをいとも簡単に払い飛ばし、男の懐に素早く潜ると、下顎めがけて掌打を突き上げる様に放った!
そして、男は崩れ落ちる様に倒れた。
「何だ、コイツ……!?」
たった1人の貧相な男に、用心棒の大男が2人共、僅か数秒で伸されてしまったのだ。マナブの額からは脂汗が滲み出ていた。
更にモニターの中の総介は、カメラを通して、こちらに向かってニヤリと不敵に微笑んだ。
マナブは、懐の拳銃を握り締めたが、その手は小刻みに震えていた。
バンッ……!
突然、事務所のドアが外から蹴破られた!
「鈴木マナブ!未成年略取及び、児童ポルノ禁止法違反の現行犯で確保する!」
茉里華が、部下達を引き連れて現れた。
広域犯罪対策本部長の茉里華は、以前から鉄組の壊滅作戦に着手してきた。
組への資金流入を塞ぐ為、関連企業及び、営利団体の摘発を地道に行なってきたのだ。
当然、『クラブ曖昧』も摘発対象の1つに挙げられていた。
「まだまだ余罪がありそうだな。全て吐いてもらうぞ!」
茉里華は、部下の捜査員に、マナブの身柄を本庁へ連れて行く様、命じた。
店は、警察の介入により、既に閉鎖されており、捜査員達は、客や従業員に対し、訊問を始めていた。
VIPルームに残された涼音は、ベッドの上で剥がされた衣服を身体に押さえ付けながら、背中を向けていた。
その小さな肩は、小刻みに震えていた……。
心配した総介が、手を差し延べようとした所、美里亜は、総介の腕を押さえ、首を横に振った。
(私に任せて下さい……)
美里亜は、シーツを2つに折り重ねると、涼音の肩に掛けてあげた。
そして、肩を優しく抱き寄せ、何やら話し始めたのである。
何を話しているのかは分からないが、涼音に語り掛ける美里亜の表情は、優しさに満ち溢れていた。
すると、涼音の大きな瞳から大粒の涙が、零れ落ちてきた。
涼音は、美里亜の胸にしがみつき、大声で泣き出してしまった。
総介は、その光景をただ黙って見ているしかなかった……。
「ご苦労だったな、総介!」
茉里華が、冷たい缶コーヒーを投げ渡した。
「いえ、仕事ですから……」
浮かない笑顔だ。
総介は、未遂とはいえ、涼音をレイプ紛いの目に遭わせてしまった事を後悔していた。
「総介、お前に伝えておく事がある」
CIA(アメリカ中央情報局)に勤める茉里華の友人から、今朝入った情報だった。
アメリカ国内で激化するマフィア同士の抗争の最中、各地では、フリーランスの狙撃手が、暗躍しているというのだ。
その中でも、凄腕の2人組が、日本へ向けて出国したという情報だ。
茉里華は、すぐ様入国管理局と公安調査庁に問い合わせた所、それらしき2人組が入国し、その後、鉄組幹部との接触があったという返答をもらった。
「お前が、まだこの件に携わるというのなら、充分に気を付ける事だな」
茉里華は、総介にそう忠告すると、店内捜索の指揮にあたる為、部屋を出て行った。
気が付くと、涼音は、美里亜の膝枕で眠っている。
その寝顔は、安堵の色に包まれていた……。