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スイート・スイーパー  作者: やまじゆう
鉄組壊滅作戦編
5/18

鉄組壊滅作戦5

  22時20分。涼音は、今日も『キャサリン』に変装して繁華街を徘徊していた。

  例の如く、取り巻きの連中が、涼音に近付いて来た。

  総介は、虎之介と約束した通り、連中を追い払う事にした。


  「こんばんは~、キャサリンちゃ……!」


  取り巻きの内の1人が、涼音に声を掛けようと近付いた所、彼女の背後で総介が、満面の笑みで立っていた。

  総介に怯えた取り巻き連中は、そそくさとその場から去って行った。


  「いい加減にしてよね!また、スタンガンを食らいたいの?」


  涼音は、バッグの中からスタンガンをチラつかせた。


  「とにかく、付いて来ないでよ!」


  ガッ……!


  涼音は、総介の(すね)を思いっ切り蹴飛ばし、走り去って行った。


  「あいたたた……。まったく、とんだジャジャ馬ですねぇ……」


 ・

 ・

 ・


  「ハァハァ……」


  何とか総介を撒いた涼音だったが、気が付くと、大通りの交差点の角にいた。

  ふと見上げると、黒いスポーツカーに乗った見覚えのある若い男が、涼音の目に止まった。


  「アイツだ!」


  涼音は、黒いスポーツカーの後を走って追いかけた。……が、スポーツカーは、すぐに近くのコインパーキングに入庫した。

  車内からは、金髪でチンピラ風の若い男が、出て来た。

  涼音は、その男の後を追った。

  外から鏡張りのエントランスが見える『クラブ曖昧』に入って行く男の姿を目撃した涼音は、彼の後を追って店内へ入った。

  そんな涼音の姿を総介は、見ていた。


  「う~ん、ホストクラブですか……」


  さすがにホストクラブともなると、総介一人で入るには抵抗がある上に、先立つ物もない。

  そうかと言って、このまま涼音を放っておく訳にもいかない。困った。

  店の前で行ったり来たりを繰り返している総介に、通りすがりの女性が声を掛けてきた。


  「あら、総介さん!どうしたんです?こんな所で……」


  帰宅途中の美里亜が、偶然にも通り掛かったのだ。

  『渡りに舟』とはこの事だ!総介は、事情を説明して、店内へ一緒に入ってもらう様に頼み込んだ。


  「良いですよ。私も、1度は行ってみたかったんですよ、ホストクラブに!」


  意外にあっさりと承諾してくれた。むしろ、乗り気だ。

  美里亜は、総介の腕を引っ張り、意気揚々と店内へ入って行った。


  「いらっしゃいませ~!『クラブ曖昧』へようこそ~!」


  エントランスでは、1人のホストが出迎え、料金システム等の説明を始めた。

  重量感のある革張りの扉の横には、ランク付けされたホストの顔写真が張り出されている。


  『1番人気・シノブ、2番人気・ショウ……』


  どのホストも、アイドル並みの美少年ばかりだ。


  「ねぇ、総介さ~ん。この子、可愛いと思いませんかぁ?」


  美里亜は、1人ではしゃいでいる。


  「……以上が、当店のシステムとなっております。では、ごゆっくりとお楽しみ下さい!」


  そう言うと、ホストは革張りの分厚い扉を開けた。


  「「「いらっしゃいませ~!」」」


  何と、左右にズラリと整列したホスト達が、2人を出迎えたのだ!


  「すごい……、すごいですよぉ!総介さん!」


  美里亜のテンションは、更に上がった!……だが、総介は、それどころではない。

  総介は、店内を見渡し、涼音の姿を見つけ出すと、店員の案内を押し除けて涼音の真後ろの席を陣取った。

  総介は、気付かれぬ様に、涼音の様子を伺った。


  「いらっしゃいませ、シノブです!」


  1番人気のシノブが、涼音の席にやって来た。


  「違うわよ!私が指名したのは、マナブよ!鈴木マナブ!!居るんでしょ!?」


  どうやら涼音は、スポーツカーの男を指名していた様だ。


  「しかし、彼はちょっと席を外せませんので……」


  困り果てるシノブに対し、涼音は財布の中からセレブの証『ア〇ックスのゴールドカード』をチラつかせた。


  「し、少々お待ち下さい!」

 

  シノブは、涼音のカードを目にした途端、一目散に奥の事務所へ駆け込んで行った。


  (16才の娘にアメ〇クスのゴールドカードを持たすなんて、お金持ちの考える事は解りませんね……)


  総介の心の声だ。


  「総介さ~ん、楽しんでますぅ?」


  美里亜の呼び掛けに総介が振り向くと、そこには、とんでもない光景が広がっていた!

  何と、美里亜の周りには、上位ランクのホスト達が取り囲み、それぞれが高級ワインのラッパ飲みをしていたのだ!

  更に、テーブルの上には、背丈程の巨大フルーツ盛り合わせが置いてあり、今まさにシャンパンタワーが始まろうとしていた。


  「総介さ~ん、見て下さい!すごいでしょう~?」


  美里亜は、大はしゃぎだ。

  一方、総介は、料金の事が気になって仕方がない。


  「総介さ~ん、お金の事なら心配いりませんよぉ!」


  そう言いながら、美里亜は財布の中から超セレブの証『アメッ〇スのブラックカード』を取り出した。

  周りからは、「「おおー!」」の歓声が沸き起こる。


 ・

 ・

 ・


  「5番テーブルのガキが、店長を御指名ですが……」


  「ああっ!?」


  その頃、シノブは、事務所のマナブに『○メックスのゴールドカード』を持つ少女の事を報告していた。

  鈴木マナブは、『クラブ曖昧』の店長だ。広域指定暴力団鉄組の構成員で、4年前からこの店を任されていたのだ。

  マナブは、店内監視用カメラのモニター席に座り、5番テーブルのゴスロリ娘にカメラの照準を合わせた。


  「あのガキ、どこかで……」


 ・

 ・

 ・


  20才と偽って『クラブ曖昧』に入店した涼音だったが、実年齢16才の彼女が、こういった『大人の店』に入る事自体、初体験であった。

  涼音は、周りを見渡した……。

  若いホストに色目を遣う中年女性。ホストに勧められるままウイスキー飲み干す女性。

  そして、十数人のホストをはべらせ、派手に騒いでいる真後ろのテーブルの若い女性……。


  「……みんな、バカみたい」


  涼音は、1人で水を飲みながらマナブを待ち続けた。


  「お待たせ致しました。マナブです。まず、何かお飲み物を……」


  マナブがメニューを開こうと、手を伸ばした瞬間、涼音が、マナブの腕を掴んで身を乗り出した!


  「お母……あの女に会わせてよ!」


  「……は?」


  「お父さんと私を捨てて、アンタの所に行った女……、大徳寺早苗に会わせてって言ったのよ!」


  マナブは、目の前のゴスロリ娘が、弁天屋物産の社長令嬢だという事に、今ようやく気付いた。

  涼音は、自分と父親を捨てた母親の早苗に会わせろと、尚も食い下がる。


  「わ……分かりました。あちらのVIPルームでお待ち下さい」


  マナブは、シノブに涼音をVIPルームへ案内する様に命じた。

  VIPルームは、店内奥の通路の突き当たりにあり、重量感のある分厚い扉を開けると、殺風景な室内の真ん中に、ダブルベッドがポツンと置いてあるだけの部屋であった。


  「な……何よ、この部屋?あの女に会わせてくれるんじゃなかったの!?」


  涼音が振り返ると、シノブの姿は既になく、ドアは閉じられた上に外から鍵を掛けられてしまった。


  「ちょっと、開けなさいよ!」


  ガチャ……


  その時、部屋の奥の内ドアが開いた。

  奥の部屋からは、屈強な2人の黒人男が、黒いビキニパンツ1枚の姿で現れた。

  この時、涼音は、今までに経験した事のない様な身の危険を感じた。


  「やめて、来ないで!」


  いくら叫んでも、いくら逃げ回っても、防音壁の部屋からでは、外へは聞こえない……。


 ・

 ・

 ・


  事務所の監視モニターには、VIPルームの映像が様々な角度で映し出されている。

  そもそも、鉄組の収入源の1つに、『違法アダルト動画サイトの運営』というモノがある。

  児童ポルノ等の違法アダルト動画は、世界中のマニアが高値で購入する為、かなりの需要があった。

  鉄組が制作するそれらの違法アダルト動画は、この部屋で撮られている事が多い。

  今、この部屋の中では、泣きわめく涼音が、2人の黒人男に羽交い締めにされ、衣服を剥ぎ取られていく様子が淡々と撮られていた。


  「いやぁぁぁぁーー!!」


  マナブは、モニターに映し出される映像を見ながら、ニヤニヤと薄笑いを浮かべていた……。


  「……ッ!?」


  その時、突如ドアが開き、見知らぬ男が部屋の中に入って来た!総介だ!

  まず総介は、黒人男の1人が殴り掛かって来たのをあっさりと薙ぎ倒し、自らの拳を男の鳩尾(みぞおち)にめり込ませた!

  男は苦悶の表情と共に失神した。

  もう1人の黒人男は、何処からともなくナイフを取り出し、総介に切り掛かって来た!

  総介は、迫り来るナイフをいとも簡単に払い飛ばし、男の懐に素早く潜ると、下顎めがけて掌打(しょうてい)を突き上げる様に放った!

  そして、男は崩れ落ちる様に倒れた。


  「何だ、コイツ……!?」


  たった1人の貧相な男に、用心棒の大男が2人共、僅か数秒で()されてしまったのだ。マナブの額からは脂汗が滲み出ていた。

  更にモニターの中の総介は、カメラを通して、こちらに向かってニヤリと不敵に微笑んだ。

  マナブは、懐の拳銃を握り締めたが、その手は小刻みに震えていた。


  バンッ……!


  突然、事務所のドアが外から蹴破られた!


  「鈴木マナブ!未成年略取及び、児童ポルノ禁止法違反の現行犯で確保する!」


  茉里華が、部下達を引き連れて現れた。

  広域犯罪対策本部長の茉里華は、以前から鉄組の壊滅作戦に着手してきた。

  組への資金流入を塞ぐ為、関連企業及び、営利団体の摘発を地道に行なってきたのだ。

  当然、『クラブ曖昧』も摘発対象の1つに挙げられていた。


  「まだまだ余罪がありそうだな。全て吐いてもらうぞ!」


  茉里華は、部下の捜査員に、マナブの身柄を本庁へ連れて行く様、命じた。

  店は、警察の介入により、既に閉鎖されており、捜査員達は、客や従業員に対し、訊問を始めていた。

  VIPルームに残された涼音は、ベッドの上で剥がされた衣服を身体に押さえ付けながら、背中を向けていた。

 その小さな肩は、小刻みに震えていた……。

  心配した総介が、手を差し延べようとした所、美里亜は、総介の腕を押さえ、首を横に振った。


  (私に任せて下さい……)


  美里亜は、シーツを2つに折り重ねると、涼音の肩に掛けてあげた。

 そして、肩を優しく抱き寄せ、何やら話し始めたのである。

  何を話しているのかは分からないが、涼音に語り掛ける美里亜の表情は、優しさに満ち溢れていた。

  すると、涼音の大きな瞳から大粒の涙が、零れ落ちてきた。

  涼音は、美里亜の胸にしがみつき、大声で泣き出してしまった。

  総介は、その光景をただ黙って見ているしかなかった……。


  「ご苦労だったな、総介!」


  茉里華が、冷たい缶コーヒーを投げ渡した。


  「いえ、仕事ですから……」


  浮かない笑顔だ。

  総介は、未遂とはいえ、涼音をレイプ紛いの目に遭わせてしまった事を後悔していた。


  「総介、お前に伝えておく事がある」


  CIA(アメリカ中央情報局)に勤める茉里華の友人から、今朝入った情報だった。

  アメリカ国内で激化するマフィア同士の抗争の最中(さなか)、各地では、フリーランスの狙撃手(スナイパー)が、暗躍しているというのだ。

  その中でも、凄腕の2人組が、日本へ向けて出国したという情報だ。

  茉里華は、すぐ様入国管理局と公安調査庁に問い合わせた所、それらしき2人組が入国し、その後、鉄組幹部との接触があったという返答をもらった。


  「お前が、まだこの件に携わるというのなら、充分に気を付ける事だな」


  茉里華は、総介にそう忠告すると、店内捜索の指揮にあたる為、部屋を出て行った。

  気が付くと、涼音は、美里亜の膝枕で眠っている。

  その寝顔は、安堵の色に包まれていた……。

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