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第1話 東西決戦!

 復興作業の喧騒が落ち着き、アトスの町に静かな夜が訪れた頃。


 宿屋のベッドの上でゴロゴロと不貞寝していた俺の頭の中では、過去に例を見ないレベルの激しい議論が巻き起こっていた。


 題して、ちっちゃいゼンさんたちによる『脳内・東西決戦』である。


 東方に陣取るのは、グレイスちゃんに食わせてもらおうと主張する『ヒモ派』。

 対する西方に陣取るのは、グレイスちゃんに養ってもらおうと主張する『ニート派』。


『いいか! ヒモとして適度に愛想を振りまきつつ、お小遣いをせびるのが至高だ!』

『甘いわ! 一歩も部屋から出ずに三食昼寝付きのニート生活を送ることこそ究極!』


 双方一歩も譲らぬ怒号が飛び交う中、その歴史的な争いに、今、決着がつこうとしていた。


「どっちでもいいな!」


 俺が下した鶴の一声に、東西のちっちゃいゼンさんたちが『『だな!!』』と熱い握手を交わす。どうせやることは似たようなもんだしな!


 俺はベッドからガバッと身を起こし、気合を入れるように頬を叩いた。


 そうと決まれば、まずはグレイスちゃんとおしゃべりして好感度稼ぎじゃ!

 昼間のあの反応を見る限り、あの子は絶対うぶだ。初動でミスったら終わりだが、逆に言えば最初の印象さえ完璧に決めればこっちのものである。


「フハハ、こういう時のゼンさんは間違えんよ!」


 ————


「——なーんてことを、あいつは絶対に考えているはずよ!!」


 バンッ、とテーブルを叩いて力説するクリスの声が、ランカスター家の屋敷――グレイスの自室に響き渡った。


「そ、そんな馬鹿な……。それ、本当にゼン様のお話なのですか……?」


 化粧を落として夜着姿になったグレイスが、椅子の上で目を白黒させる。


 新たなライバルの出現に危機感を抱いたクリスは、夜になるなりベルとディアナを引き連れて彼女の部屋へと乗り込み、あの遊び人の悪行を洗いざらい吹き込んでいたのだ。


 なお、部屋の前の冷え込む廊下では――。


「……うえっくし! ……なんで俺まで」


 なぜか同行させられたアークが一人、扉の脇で体育座りをして鼻をすすっていた。


 ガチャリと扉が開くと、そんなアークを心配して、ベルがひょっこりと顔を出す。


「アーク、お外寒いでしょう? はい、これー」


 ベルはふわふわの毛布をアークの肩へ掛けてあげると、にこっと笑って「おやすみー」と再び扉を閉めた。


 毛布にくるまったアークが、閉ざされた扉を見上げて「……あ、俺ここで寝るのか」と呟き遠い目をする。


「……あいつが俺たちの予想通りに動くわけないだろ」


 と、アークは室外護衛の任を放棄し、毛布にくるまり横になった。



 そんな勇者の職務放棄などつゆ知らず、室内ではなおもクリスの熱弁が続いていた。


 どれだけ悪行を吹き込んでも、あの男が巧みな口八丁で女の警戒心をすり抜けてくることを、クリスは頭のてっぺんからつま先まで知り尽くしているのだ。実例込みで。


「いい、グレイス!? あなた一人だと簡単に言いくるめられるの。だから今夜は私たちが泊まり込みであなたを護衛するわ!」

「……そんなチョロいの、クリスちゃんだけだよぉ……」


 ベッドの上で毛布にくるまり、半分目を閉じて舟を漕いでいたベルが、ふあぁとあくびを噛み殺しながら呟く。


 一方、信じがたいエピソードの数々を聞かされたグレイスは、まだ混乱の渦中にいた。


(本当に、あのゼン様がそんな男のクズなのか……? いや、町の子どもたちに向けられたあの優しい笑顔が、偽物のはずがない……!)


 必死に思考を巡らせていたグレイスは、ふと一つの可能性に思い至り、ハッと目を見開いた。自分がゼン様に近づかないよう、牽制しているのだとしたら——。


「も、もしかして……!」

「な、なに?」

「クリスさんは、もしかしてゼン様の、その……こ、こここ恋人……なのでは!?」


 恐る恐る尋ねた瞬間、クリスの顔が沸騰したかのように耳まで真っ赤に染まった。


「はあ!? そ、そんなわけないでしょ!! 私はただ、あなたのために言ってあげてるの!!」

「……むにゃむにゃ……嘘つけ……」


 床に敷いた毛布の上で、すでに熟睡していたディアナが寝言で絶妙な合いの手を入れる。クリスは気まずそうに視線を泳がせると、ゴホンと咳払いをして強引に真剣な顔つきへと戻した。


「と、とにかく! あいつのことだから、今日のうちに絶対ここへ夜這いに来るはずよ! 一瞬たりとも油断しちゃ駄目だからね!」


 クリスの剣幕に、グレイスもゴクリと固唾を呑んで窓の外へと視線を向ける。


 静まり返った夜の屋敷に、いつ現れるとも知れぬ『魔の手』への緊張感が張り詰めていた。



 ————



 ――なお、彼女たちが厳戒態勢で待ち構えている、まさにその頃。



『イッキ! イッキ! イッキ! イッキ!』


 冒険者ギルドに併設された酒場で、俺は木製のジョッキを片手に掲げ、酔っ払いたちの手拍子とコールを一身に浴びていた。


「ぷはーっ! 最高ーっ!!」


 ジョッキを空にしてテーブルに叩きつけると、周囲から『おおおおおっ!』と割れんばかりの歓声が上がる。


 いやー、最初はグレイスちゃんのところへ好感度を稼ぎに行くつもりだったんだけどね?

 宿屋を出たところで、ただならぬお祭り騒ぎの声が聞こえてきたのだ。


 なんでも、今回の防衛戦でとんでもない数の魔獣を討ち取り、莫大な素材報酬を手に入れた冒険者がいたらしく、そいつの気前のいいおごりで、今夜はこの酒場が丸ごと『タダ酒屋』になっていたのである。


 女の子とのトーク? 好感度稼ぎ?

 そんなもんは明日でいいだろ! 目の前のタダ酒を見逃すなんて、ゼンさんの名が廃るってもんだ!


「すいませーん! エレンちゃーん! こっち、一番高い酒とおつまみ追加でー!」

「はーい! どんどん飲んでくださいねー!」


 こうして、クリスたちが屋敷で目を皿のようにして警戒しているとも知らず、俺の夜はただ酒とともに楽しく更けていくのだった。





 次回!

『キャットファイト! ポロリもあるよ!』


 ※サブタイトルは予定であり、予告なく変更する場合もございます。


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