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第3話 木は動かないしな


 建築現場で、単に重いモノを持つ、運ぶ、積むという仕事は、それほど難しいものではなかった。


 冒険者時代のトレーニングでは、もっとはるかに重い負荷をかけていたこともあったし。


 まあ、ただ重い負荷をかけるだけじゃ意味がないことに気付いてからは、そういうやり方はしなくなったのだが。


「……にしたって、お前さんはちょっと異常だぜ」


「そうか?」


 俺は建物用の柱の束を担ぎながら言った。


「だったら、給料を上げてくれると嬉しいんだがな」


「む……。まあ、考えておくよ」


 上役のオヤジはそう言ってピューピューと口笛を吹いた。


 チッ、調子のいいオヤジだ。


 俺は柱をすべて礎石に打ち立てると、はりを作っている現場へと向かった。


 ――シュコー、シュコー……


 すると、なにやら一人の頭髪のない男が、四角い箱のような道具で、木の表面を薄く削っている。


「ちょっと待っておくれ。今出来上がるからよ」


「それは何をやっているんだ?」


「見りゃわかんだろ? 材木の表面を削っているのよ」


 男は額の汗をぬぐいながら答える。


「家っつーのはすべてがピッタリ組まれていなくちゃいけねえ。表面をピカピカと平らにするだけじゃなく、寸法通りに整える必要があるってわけだ」


「しかし、それなら切る時にそのようにすればいいじゃないか。何故そう何度も削るんだ?」


「ああ?」


 首をかしげる男。


 俺は近くに置いてあったナイフを手に取ると「ちょっと貸せ」と男が削っている木の前に立った。


「おい、なにを……」


 頭髪のない男がそう言いかける瞬間、俺は木の表面をナイフで軽くなでた。


「よし、これでいいだろ?」


「え……?」


 男は木材の表面を見て、目を白黒させた。


「し、仕上がってやがる……」


「じゃあ、持っていくぞ」


 そう言うと、そこらに置いてあった材木を束にして抱える。


「ま、待ちやがれ! お前、どんなテクを使いやがったんだ?」


「え? 別に……」


 頭髪のない男が意味のわからないことを聞くので、ちょっと考えて答えた。


「斬っただけだよ。寸法はそこの図面に書いてあるだろ?」


「そういうことじゃねえ! あんなちっぽけなナイフで、どうやって一瞬のうちに寸法と表面を整えたんだ。しかも完璧に……」


 俺は材木の束を抱えていない左手で頭をポリポリとかきながら言った。


「だって……木は動かないしな」



 ◇



 材木の加工は儲かった。


 切り口を精密にコントロールするなんてことも、対象が動いていなければ誰でも簡単にできることだと思っていたんだけれど……


 どうやらそういうワケではないらしい。


「職人は数が限られているからな」


 と上役のオヤジ。


 ちなみに、最初はナイフを使っていたが、途中で剣を使った方が簡単だということに気付いてそうしている。


 また、ある日。


 加工された石材のサイズが誤っていて、工事が中断になりかけた時があった。


「よかったら俺が斬ろうか?」


「バカ言え。木材とは違うんだぞ。いかにお前でも……」


 ――スパッ……!


 剣によって美しく斬られた石の断面に、上役のオヤジはまた口をあんぐりと開けていた。


「なッ……そんなアホな!?」


「別に、同じだろ。石だって動かないんだから」


 教会都市アリアでは、「重機の代わりにジード、材木業者の代わりにジード、石工の代わりにジード」とウワサされるようになった。


 数々の工事現場、教会、邸宅、城壁、道路、橋……などで重宝されるようになる。


 給料は上がり、生活は安定するようになった。


 そして、この街に引っ越してきてから一年。


 俺はゼダと結婚することになった。


 ここは教会都市だが別に信仰もなかったので、俺たちは郊外に家を建て、そこで結婚式を開いた。


 白銀のウェディングドレスを、ゼダは最初は着るのを拒否していたのだけれど、「せっかくだから」という周囲の説得に応じる形でやむを得ず着ていた。


 俺も「どっちでもいいんじゃねーの」とは言っていたものの、実物を目の前にすればさすがに美しく、見た目では冷たげな印象を放つゼダが頬を紅潮させて恥じらう姿には、「なかなかいいモノが見れた」とからかいながらも心打たれるものがあった。


 それから一年、また一年と、あっという間に時は過ぎて行った。


「幸せっつーのかな。こういうのが……」


「え? なぁに?」


 俺のつぶやきに、白いエプロン姿のゼダが聞き返す。


 銀のポニーテールを揺らしながら、フライパンの卵料理を皿へ乗せている。


 もうすっかり嫁さんが板についていた。


「行ってらっしゃい、あなた」


「ああ……」


 仕事は日々新しいことを覚えていた。


 剣に魔力をまとわせ、その熱でタイルやガラスを生成できるようにもなった。


 今では図面の理解も高まり、誤りを修正したり、なんなら一から作図することもできる。


 自分の能力が他人から求められ、人のためになっているという実感もあった。


 しかし……


「幸せっつーのかな。こういうのが……」


 最近、口癖になっていたこの言葉は、自分に言い聞かせているのだとわかっていた。


 青い空、白い雲。


 イチ市民としての平和な日々。


 清潔で豊かな暮らしに、自分を必要としてくれる仕事があり、家へ帰れば美しい妻が俺を待っている。


 でも……


 こうして夕日を見つめていると、心の奥底の大事な部分にぽっかり穴が開いているのに気づくんだ。


「おかえりなさい」


「ああ。ただいま……」


 そんな気持ちに後ろめたさを覚えながらも、俺はゼダの前では笑顔を作る。


 ゼダはこんなにも幸せで満ち足りた顔をしているのだから、俺もそうでなければならないような気がしていたんだ。


「あなた。そう言えば手紙が来ていたわよ」


「へえ、誰から?」


 そう聞くと、ゼダは黙って手紙を差し出した。


「ええと、差出人は……ネイル!?」


 そう。


 三年前まで俺たちと一緒にパーティを組んでいた、黒魔法使いネイルだ。


 俺はあわてて封を切った。


―――――――――――――――――――――――

ジード、ゼダへ


キミたちがパーティを去ってもう三年になるね。

ところで、ボクも先日、冒険者を引退したよ。

黒魔法の使いすぎで目がやられちゃってね。


さて、引退後なんだけど、ボクはこれから辺境の開拓をすることになった。

ほら、みんなでワイバーンの群れを倒しに行った時のツテでさ。

レオス王国から領地を拝領したってワケ。


でも正直、ボク一人じゃ、何もない荒野にどうやって街を作ればいいのか、さっぱりわかんないんだよね。

そんな時、教会都市アリアでジードが『建築王』って呼ばれているって聞いてさ。

そんな出世したキミにこんなことを言うのは気がひけるけど……

この荒野に街を一つ作ってもらえないかな?


シダの荒野って言ってね。

いい土地なんだよ。

周りにはいくつもダンジョンがあって、魔鉱山や魔の森だってある。

ここに街をつくれば、きっと冒険者であふれかえるよ!

―――――――――――――――――――――――


「……街を一つ? あいかわらず無茶言うヤツだなあ」


 手紙を見つめたまま、俺は「ククク……」と笑い始めた。


「ジード……?」


 そう、わかったんだ。


 心にぽっかり空いた大事な部分ってのは……


 夢だ。

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