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第1話 ジードは素晴らしい剣士だった


「今だ、ジード!」


 パーティのリーダー、レイの声が響く。


 俺は剣を抜き、ドラゴン・ゾンビへ向かって駆けだした。


「うおおおお……!」


 が、その時。


 ふいに右膝へ激痛が走る。


 まるで関節に鉄がぶっ刺さったような痛みだ。


「……うッ! ぐううう」


 俺はゾンビ・ドラゴンを目の前に膝をついてしまう。


 ――グオオオオ!


 ゾンビ・ドラゴンが腐臭を放ちながら大きな口を上げて襲いかかってくる。


 やばい、死んだ……


 そう思った時。


「危ない! ジード!」


 黒魔法使いのネイルが紫の火炎魔法を放つ。


 その炎に、敵はひるんだ。


 ネイルはその隙に動けない俺の身体を抱え、距離を取った。


「ジード、大丈夫?」


「あ、ああ……うッ!」


「動かないで、安静にしてて」


「そんなワケにいくかよ。みんな戦っているのに……」


 呻くように言ったとき、ゾンビ・ドラゴンの断末魔が聞こえてくる。


 レイたちが倒してしまったのだ。


「よ、よかった」


 でも……


 今日もまた、俺はなんの役にも立たなかった。



 ◇



「ジードにはパーティを出て行ってもらいましょう」


 宿屋に戻ってそう切り出したのは、白魔法使いのゼダだった。


 白地に金糸の刺繍が施されたローブに、美しい銀の髪を後ろに束ねて、氷のような瞳をこちらへ向けている。


「見たでしょう? ジードはもう戦えないわ」


「オレもそう思う」


 リーダーのレイは長髪をかき上げながら口を開いた。


「はっきり言って戦力外通告だ。使い物にならない」


「ちょっと待ってよ!」


 これに一人反論するのは黒魔法使いのネイルである。


 彼はサラサラな髪を揺らして言った。


「ボクは反対だよ。これまでどれだけジードに助けられてきたか、忘れたの?」


「忘れてはいない。ジードは素晴らしい剣士だった。しかし……今はそうではない」


 レイが言う。


「どんな冒険者も、引退の時は来る。わかるだろう?」


「でも……」


 ネイルがまだ俺をかばおうとしている。


「もういいよ。ネイル」


「ジード!?」


 俺は言った。


「そもそも、冒険者として活躍できるのなんて若いうちのごく限られた時期だけだ。どんな栄光を手にしても、年齢と共に衰えて若い連中についていけなくなる。そんなこと、どの世の中にもありふれてるだろ」


「……」


 仲間たち三人はみんな黙っている。


「でも、もう一度チャンスをくれないか?」


「チャンス?」


 聞き返すレイ。


「ああ。次の戦いに参加させてくれ。それで本当に使えないか見極めてほしい」


「しかし……」


「どんな冒険者も引退する。でも、まだその時じゃないかもしれないだろ?」


「……わかったよ」


 レイは折れた。


「確かにお前は何度もオレたちを助けてくれた。まだ戦力になるのなら、心強いしな」


「やったね、ジード!」


「……」


 レイもネイルも少し顔をほころばせるが、白魔道士のゼダだけはただ冷たい瞳で俺を見つめていた。



 ◇



 次のクエストは二週間後に決まった。


 敵はオーガの群れ。


 簡単ではないクエストだ。


 俺は膝のケガをカバーするために、その周りの筋力を強化するトレーニングを続けた。


 食事のバランス、睡眠の質、すべてに気を遣う。


「よくやるよね。ジード」


 ネイルが呆れ気味に言う。


「なんでも努力でどうにかしちゃおうとするんだもん」


「まあ、努力ってのは最強だからな」


 俺は伸縮性の革のチューブで、脚や腿の細かい筋肉を鍛えながら言った。


「努力すればなんだってできる。俺の剣だって、そうやって来たんだ」


「明日のクエスト、大丈夫そう?」


「ああ。任せろ」


 そして、翌朝。


 俺は、ここ数年で最もすがすがしい体調で目を覚ました。


 スッキリして、感覚が研ぎ澄まされている。


 膝の調子もすこぶる良い。


 イケる、イケるぞ……


「あの峠を超えればオーガたちの根城だ」


 レイを先頭にパーティは森を進んでいた。


 いよいよ戦闘だ。


「レイ、悪い。ちょっとションベン」


「そうか。さっさと済ませてこいよ」


「おう」


 そう言って俺は一行を離れ、木陰で荷物を降ろした。


 そして、カバンの中から小瓶を二つと小さな筒状の針を取り出す。


 痛み止め『キル・ペイン』という特殊なポーションである。


「ぐッ……うう」


 針を患部へ射し、ポーションを注入していく。


 前回は一つだけ使ったのだが、それでは最後の最後で効力が切れてしまっていた。


 そこで今日はもう一つキル・ペインを注入した。


 これで戦いが終わるまでもつはずだ。


「ふう……」


 これだけ森を進むと、さすがに右膝の痛みが出て来ていたが、キル・ペインの効果で一切の痛みが消えた。


「よし、レイたちのところへ戻ろう」


 そう立ち上がった時である。


「……」


 銀髪のポニーテールがこちらをジッと見つめていた。


 ゼダである。


「ゼダ。ノゾキなんて趣味が悪いぜ」


「やはり、あなたはパーティを出ていくべきだわ」


 おどけて見せる俺に取り合わず、碧の瞳が真っすぐこちらを見つめる。


「キル・ペインはおそろしいポーション。効果が切れた時、何十倍、何百倍の痛みになって返って来るはずよ」


「……知っていたのか」


「ええ」


 ゼダは俺の腕にそっと触れて言った。


「お願い、もうヤメて。こんなことを続けていたら、あなたは完全に壊れてしまうわ」


「バカ言うなよ」


 俺は目をそらして続ける。


「ヤメるなんてできない。それに……オマエには関係ねーだろ」


「……」


 黙っているので目線を戻すと、ゼダの瞳に涙がたまっているのが見える。


「え?……お、おい」


「関係なくなんて、ないわ。私、あなたのこと、ずっと……」


 美しい瞳から涙が零れ、頬をひたひたと滴った。


「ずっと、あなたのこと、好きだったの」


「ゼダ……」


 思わず息を呑んだ。


「だからツラいの。いつも無理をしているあなたを見るのが」


 木漏れ日が揺れ、濡れた頬の上で光がゆらゆらと惑っている。


 俺は息を一つ吐くと、答えた。


「……ごめんな。男ってのはバカなんだよ」


 ゼダはまだこちらを見つめている。


「冒険は、剣は……俺の夢なんだ。まだ動く。まだ動けるんだから、途中で投げ出したらコイツに悪いだろ」


 俺は剣をなでながら、そう言った。


「行こう。レイたちが待ってる」


 ゼダの涙をそっと拭いてやると、俺の足は冒険へと向かっていった。



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