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後悔しても遅い。マーゴットはパートナーを書き換えた。   作者: 雛雪


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8/8

第八話 過保護な支配者

ラストです。

お付き合いありがとうございました!(´▽`)

慈善晩餐会の一件から、季節はひとつ巡った。


王都の社交界では今なお、あの夜の顛末が語り草になっている。

沈黙の恩人を信じて転落した次男。 

公の場で嘘を露呈した孤児。 

そして病弱な長男のもとへ寄り添うように立った侯爵令嬢。


すべてがヴァンダービルト家の勢力図を塗り替えた。

ドミニクは公爵家の実務から完全に外され、王都南方の荘園管理へ半ば追放同然に送られた。 

ヴィヴィアンは修道院への保護という名目で社交界から姿を消した。

沈黙に守られていた二人は、もう誰にも物語を補完してもらえない。


そして――。


「本当に、ここまで来てしまったのですね」

窓辺で白いベールを整えながら、マーゴットは静かに微笑んだ。

今日はヴァンダービルト公爵家の礼拝堂で行われる婚礼の日。

隣に立つのは、もう偽りの共犯者ではない。

本物の伴侶だ。


扉がノックされ、キリアンが姿を見せた。

正装に身を包んだ彼は以前よりもずっと顔色が良い。北方薬草の療養と静養の見直しで、持病は驚くほど落ち着いていた。

何より、彼の瞳にはもう“盤上を俯瞰する策士”だけではない柔らかな熱が宿っている。


「花嫁を迎えに来ました」

差し出された手をマーゴットは自然に取った。

「少し緊張しています」

「珍しいですね」

「……誰のせいだと思っているのですか」

小さく睨むと、キリアンは喉の奥で笑う。

「安心してください。今日の式で君を失う可能性はゼロです」

「そういう問題ではありません」

「私にとっては最重要事項です」

相変わらず少しずれた言い回しなのに、その一つ一つが今は愛おしい。


礼拝堂の扉が開く。

高い天井から差し込む光の中、公爵とマーゴットの父が並んでこちらを見ていた。

公爵は前より痩せたものの、確かな威厳を取り戻している。 

あの日、延命という檻を選んだ結果、この家は確かに守られた。

祭壇の前で誓いの言葉を交わす。偽りではない、利害でもない。これから先の人生を共にする誓約。


「マーゴット・セント・クレア。私の隣に立つことを、これからも選んでくださいますか」

キリアンの問いにマーゴットは迷いなく頷いた。

「ええ。今度は誰の物語でもなく、私たちの意思で」

指輪が薬指にはめられる。

その冷たい感触が、ゆっくりと熱へ変わっていく。

口づけが交わされた瞬間、礼拝堂に祝福の拍手が満ちた。


前世では地下牢で終わった人生。今はこんなにも温かな光の中にいる。


———-


数年後。

ヴァンダービルト公爵邸の庭園には幼い笑い声が響いていた。


「おとうさま、もっとはやく!」

小さな男の子が芝生を駆ける。

その後ろを、以前なら考えられないほど慌てた様子でキリアンが追いかけていた。

「走りすぎです、転びますよ、待ちなさい、待って――ああっ」

案の定、息子が小石につまずく。

だが転ぶより早く、キリアンが抱き上げていた。

「大丈夫ですか!? 痛いところは!? 指は!? 膝は!?」

過保護すぎる問いかけに、東屋から見ていたマーゴットは思わず吹き出した。

「あなた、その子はもう三歳です」

「三歳だからこそ危ないんです」

真顔で返されて、余計に笑ってしまう。


かつて冷徹な策士として家を俯瞰していた男は、今や息子がくしゃみをしただけで侍医を呼ぼうとする重度の子煩悩になっていた。

しかもそれは息子だけではない。

少し離れた揺り籠では娘が穏やかな寝息を立てている。

キリアンは息子を片腕で抱いたまま、何度も揺り籠へ視線を送っていた。

「さっきから五回目です」

マーゴットが呆れ混じりに言うと、彼は平然と答える。

「五回で済んでいる方です。守る対象が増えただけです」

「自覚はあるのですね」

「ええ。家族に関しては、もう手遅れです」

その言葉に胸の奥がじんわりと温かくなる。

 

欲しかったものは復讐ではなく、きっとこういう光景だったのだろう。

誰かの歪んだ正義に裁かれることもない。 

沈黙に真実を塗り替えられることもない。

言葉を交わし、責任を分かち合い、同じ未来を選んでいく。

それが今、目の前にある。


息子がキリアンの首に抱きつきながら、無邪気に言った。

「おとうさま、ぼく、おおきくなったらおかあさまとけっこんする!」

一瞬、庭園の空気が止まる。

キリアンの笑顔がぴたりと固まった。

「……それは困ります」

「あなた、子ども相手に本気にならないでください」

マーゴットが呆れて言うと、キリアンは本気の顔で息子を見た。

「いいですか。お母様はすでに私の妻です。予約済みです」


「三歳児に張り合わないで」

とうとう笑いが堪えきれず、マーゴットは声を上げて笑った。

その笑い声につられるように、息子も、侍女たちも、やがてキリアンまでもが苦笑する。


穏やかな午後の陽射しの中で、マーゴットはそっと目を細めた。

沈黙に殺されたはずの人生は、もう誰にも奪われない。

そこにあるのは誰かの筋書きではなく、自分たちで選び続ける日々だった。


――ヴァンダービルトの歪んだ正義も、沈黙の罠も、もうここにはない。

あるのは選び取った未来だけ。

そしてその未来の隣には少し過保護で、どうしようもなく愛情の重さだけは誰よりも本気な男がいた。


キリアンが主役みたいにして終わったわ……。

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