第五十七話 四年間で学んだこと
学院の卒業式は、四月の末に行われた。
大広間には白と金の花が飾られ、四年間の学業を終えた生徒たちが揃って壇上に立つ。
光が花弁に反射して、きらきらと揺れていた。
——終わりの日なのに、なぜか『始まり』みたいな光だ。
セリアは代表の一人として壇上に立った。
背筋がまっすぐで、声は落ち着いていて、でも目はちゃんと前を見ている。
「この四年間で、多くのことを学んだ。知識だけでなく——大切なことを教えてもらった。それは、誰かのために頑張ることと、自分のために生きることは、対立しないということです」
セリアがそう言った瞬間、私の胸がぎゅっとなった。
(セリア……)
「大切な人に教えてもらった言葉があります。大切な人が笑うのを見るのが好きだ、と。——私も同じです。大切な人が笑っているのを見たい。だから、これからも大切な人たちの傍にいられるよう、精一杯生きていきます」
言葉が、まっすぐで迷いがない。
守られる側じゃない。選ぶ側だ。
それが、嬉しくて、眩しくて……直視するのも難しい。
式典の後、セリアが走ってきて私に抱きついた。
「マリアンナ!!」
「……よかったよ、スピーチ」
「ほんとに?」
「うん。泣きそうになった」
「泣けばよかったのに」
「泣いたら格好悪い」
「格好悪くないって」
セリアが少し顔を離して、私を見た。
その顔が、子どもの頃と同じ角度で、でもずっと大人だ。
「マリアンナ、ここで一つ聞いていい?」
「なに?」
「卒業した今、マリアンナは幸せ?」
「……つい先日も聞かれたよ。似たことを」
「誰に?」
「そんなの、一人しかいないでしょ」
「何て答えた?」
「幸せだって」
「じゃあ私にも同じこと言って」
「幸せだよ」
セリアがにこっとした。
その笑顔に、やっと肩の力が抜けた気がした。
「私も幸せ。マリアンナがいるから」
「……ありがとう、セリア」
「ありがとうはこっちのセリフ」
私たちはしばらく抱き合っていた。
式典の喧騒の中で——二人だけの、静かな時間だった。
世界が騒がしくても、ここだけはゆっくり呼吸できる。
(この子が最推しで、よかった)
ゲームのセリアが好きだった私が、セリアの姉として生まれてきた。
それ以上の幸運は、他に思いつかない。
卒業から半年後、私とクロードの婚約が正式に発表された。
王都では『王太子殿下が聖職者の家柄の娘と婚約』という話題が一気に広まり、最初こそ驚きの声も上がった。
けれど程なくして『ヴェルナー家の双子の聖女の姉』という評判が広がると、異論は少なかった。
『影の教団』対策での功績。学院での知性的な評判。
それらが積み上がって、マリアンナ・ヴェルナーという人物像を『外の世界』に作り上げていたのだと思う。
私自身が望んだ形ではなかったとしても——守ってきたものが、こういう形で私を守ってくれたのかもしれない。
発表の場で、お父様はひっそりと涙をこぼした。
「見ていないよ」と言い張っていたが、セリアと私はちゃっかり見ていた。
「見てない」
「見てた」
「見てないったら見てない」
「お父様の目が赤かった」
「……花粉の季節だから」
「十月ですけど」
「秋の花粉だ」
お父様の強情さを笑いながら、私は幸せだと思った。
こうやって誤魔化して、でもちゃんと喜んでくれる。お父様らしい。
セリアは王宮付きの聖女として正式に叙任され、日々の業務に真剣に取り組んでいた。
その傍ら——こっそりと北方の古い記録を調べ始めているのを、私は知っている。
「何を調べてるの?」
「歴史の勉強」
「どんな歴史?」
「北方の魔族の歴史」
「……ルシファーのため?」
「そういうことにしておいて」
「セリア、もう隠さなくていいよ」
「わかった。ルシファーのため」
あっさり認めるセリアを見て、私は笑った。
「応援してるよ」
「知ってる」
「何か手伝えることがあれば言って」
「ありがとう。——マリアンナは婚約者のところに行ってて」
「……うん、そうする」
その日の午後、クロードと王宮の庭を散歩した。
特別な用事はない。ただ、並んで歩くだけ。
足音が揃う。それだけで、胸の奥があたたかい。
「マリアンナ」
「はい」
「最近、顔が明るくなったね」
「そうですか?」
「うん。前は——何かを抱えてるような、切羽詰まった顔をしていることが多かった。今は、それがない」
「……担いでいたものを、おろせた気がします」
「何を担いでいたんだ?」
「セリアのこと。先のことへの不安。自分の気持ちへの迷い——」
「全部、今は?」
「だいぶ、軽くなりました」
「良かった」
クロードが微笑んだ。
「いつか、全部話してくれると嬉しい。マリアンナが何を考えてきたのか、何を守ってきたのか」
「……全部話したら、信じてもらえないかもしれません」
「信じるよ」
「根拠は?」
「マリアンナのことが好きだから」
「それは根拠になりますか?」
「なるよ」
クロードが私の手を取った。
「好きな人の言うことは、信じたいと思うのが普通だろう」
「……普通かどうかはわかりませんが」
「マリアンナの考える普通は、時々ずれてるから」
「失礼な」
「本当のことだよ」
「……まあ、認めます」
「ね。——いつか、全部話して?」
「……いつか、話します」
「約束だよ」
庭の木々が、秋の色を帯び始めていた。
黄金色の葉が風に舞って、私たちの足元に落ちてくる。
(これが幸せか)
改めて思う。
特別なことは何もない。ただ、好きな人の隣を歩いている。
それだけで、こんなにあたたかい。
前世の私は、ゲームの画面の前で一人でセリアを応援していた。
今世の私は、セリアの隣で一緒に笑って、セリアに応援してもらって、好きな人の隣を歩いている。
(……よかったな、転生して)
そう思ったら、自然と笑えた。
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