◆19 王女殿下と侍女たち①
深夜の奥屋敷ーー。
ターニャ姫の寝室に、高位の侍女たちが勢揃いしていた。
侍女長のクレアに、侍女長補佐のサマンサ。
そして、厨房を預かるローブや、毒味担当のイースたちである。
彼女たちは、王女殿下といつも一緒にいる。
姫様付きとしては、護衛役のヒナだけがいない。
「ヒナさんは?」
姫様が問いかけると、侍女たちは即座に答える。
就寝前に、近況を報告するのは日課になっていた。
「私と懇意にしている騎士の報告では、すでにぐっすりお休みになっておられるとのことです」
「お茶会に続く晩餐の後、王女殿下と少し対談なされたと思ったら、急ぎ足で自室にお戻りになりましたよね」
「私も王宮付きの執事から耳にしました。
騎士どもが群がって、ヒナ様の部屋に押しかけていた、と」
貴族令嬢たちが揃って眉間に皺を寄せる。
結婚前の女性が男性をーーしかも複数一挙に招き入れるとは、はしたないにも程がある。
でも、身許確認のために、騎士たちが彼女の許を訪ねることは、約束されていた。
「仕方ありません。
王宮付きの騎士たちがあのような振る舞いをするのも、おおかた王妃様(お義母さま)のお指図によるものでしょうから」
王妃は自分におもねらない者に対して、無駄な嫌がらせばかりをする。
大勢の者どもを意のままに操る力があるのだと、周囲に示したくて仕方ない性分なのだ。
当然、その態度に眉を顰める者もいるが、それは気骨のある者だけ。
大概の者は、権力を見せつけられれば見せつけられるほど、王妃様におもねろうと躍起になっていた。
「しかし、ヒナ様には驚かされます。
平気で大勢の男性を、女性一人で自室に迎え入れるとは。
まさに、外聞を恐れぬ振る舞い……」
「大きな声で騒いで、夜分遅くまで、男性とお酒を飲んでいたとの噂もあります。
今はさすがに就寝中でしょうけどーー」
淑女たちは声を潜める。
「なんでも、年若い騎士を何人も同室させて、お休みだとか……」
みな、顔が真っ赤になった。
「なんて大胆な。
男性と同室で就寝なんて、子供の時分でもーーいや、血を分けた兄弟相手でも、したことはございませんよ」
「大胆な方ですね。
さすがに、ベッドは共にはしておられないかと思われますが……」
動揺する女性たちの中にあって、独り姫様だけが平静を保っていた。
「いえ、彼女は異世界からの来訪者。
かの世界では、身分もない社会を築いているとか。
さぞ、秩序のない、風紀が乱れた空間が広がっているのでしょう。
わが王国の価値基準を当て嵌めることはできません。
それでも、私は彼女を信用します。
深いお考えがあってのことに違いありません」
「そうでしょうか?」
「姫様がそうおっしゃられるなら……」
複雑な表情を浮かべる女性たち。
その中にあって、サマンサが思い出し笑いをしつつ口を開いた。
「それにしても、あれで護衛役とは……」
その言葉を耳にして、みながいっせいに吹き出す。
その笑い声には、まったく悪感情がなかった。
貴族令嬢たちは正直、ヒナの素直な感情表現や振る舞いを、羨ましく思っていた。
だからこそ、彼女の身のこなしようを見る限り、やはり護衛の役に立つとは思えなかった。
護衛役としてわざわざ異世界から召喚したにも関わらず、ヒナにはまるで緊張感がなく、周囲を警戒さえしない。
護衛対象である姫様からも平気で離れて、どこかへ行ってしまう。
こんな護衛役ーー今まで見たことも、聞いたこともない。
あれでは、まるで幼子のようではないか。
「彼女のいる世界が、よほど平和なのでしょうね……」
ターニャ姫が静かに総括したあと、毒味担当のイースが進み出る。
以降、お付きの侍女たちからの近況報告が続き、王女は耳を傾ける。
「化粧担当のナーラから、化粧水の鑑定を頼まれまして」
「どうでした?」
「やはり毒が。
微弱ながら、長らく浸けていると、肌が爛れていくかと」
「相変わらずですね、王妃様(お義母様)は……」
今度は厨房を担うローブが進み出る。
「昨日の朝食のサラダに毒草を混ぜた料理人には、王妃様の息がかかっておりました。
即座に排除いたしましたが……」
食べ物や飲み物に毒物が混入することなど日常茶飯事。
すべて侍女たちの手で弾いているが、なかなか信頼できる料理人を雇うことができないのが現状だった。
「露骨すぎますね」
「実際に、毒殺する気はないのよ。
王妃様にとっては、いつでも消せるわよ、と脅すことが目的なのでしょう」
お姫様は深い溜息をついた。




