◆8 魔法使いヒナ、男どもに取り囲まれる
ターニャ姫を中心にした貴族令嬢の集団が、石畳をゾロゾロ連れ立って歩く。
王女付きの侍女たちは、みな貴族家出身だ。
ワタシ、白鳥雛を除いた全員が、貴族令嬢ということになる。
この庭は、基本的には、爵位を持つ家柄の者しか立ち入ることができない。
彼女たちが進む道は、庭園の中央に延びていて、王宮の奥にまで通じているからだ。
結果、ターニャ王女殿下の一行は、王宮の館に入るまでに、何度も身許のチェックを受けた。
ターニャ姫や侍女たちは見知った人物だったが、ヒナは違う。
裏口の門前で、騎士たちがわらわらと集まって来て、あれこれと質問してきた。
「異世界からの召喚者だと?」
「本当なのか? 平民か何かが紛れ込んだんじゃないだろうな」
「いや、政庁から言伝があった。本日、姫様が召喚の儀を行う、と」
「ああ、あの白い光か……」
「姓名を名乗れ!」
お姫様と侍女集団をほとんどスルーして、白い鎧を纏った騎士たちがワタシの許に集まってきて、怪訝な顔つきをする。
男どもを前にして、ワタシはお辞儀することもなく応える。
わざわざ異世界から召喚されて来てやったというのに、騎士たちの態度に敬意が感じられなかったからだ。
「ヒナ・シラトリですけどぉ」
睨むように、集団を見た。
騎士たちにも、ワタシの態度から、露骨な不満が感じ取れただろう。
それなのに、彼らはまるで意に介するつもりがないらしい。
ワタシを一瞥した後、男同士で互いに顔を見合わせる。
「たしかに、平民ではないようだな。姓があるからーー」
「しかし、シラトリなんていう家名は聞いたことがないぞ」
「それにしても、なんていう格好だ。その杖はなんだ?」
代表者らしき青髪の騎士が一歩、ヒナの間近に詰め寄った。
「職名は?」
ワタシは騎士の顔を見上げてから、ツンと顎をしゃくる。
「見たらわかるでしょ。魔法使いよ」
ここで騎士連中のみなが、表情を引き攣らせた。
彼らは〈魔法使い〉を初めて見たのである。
この世界では、魔法使いは歴史書や物語本にだけ登場する職名になっているくらい稀有だった。
「しかし、困ったな。異世界から来たという、確たる証拠が取れぬ」
「貴様、身分を明かすものは所持しておらぬのか!?」
「ここは王宮の中庭だ。
いくら異世界から召喚された者とはいえ、無礼は許されぬ」
「そうだ、そうだ」
ガッシリした体躯の騎士たちが数人で輪になって、ワタシ独りを取り囲む。
まるで尋問である。
輪の外から、ターニャ姫が叱責した。
「王の求めでお呼びした異世界からの客人に対し、失礼ではありませんか!?
これ以上、干渉することがあればーー」
騎士たちは視線を外に向けると、慌ててかしこまって頭を下げる。
「失礼致しました。ターニャ王女殿下。
しかし、この女の身許確認の方法がございません。
ですので、数時間後、我々第二騎士団の方で、改めてヒナ・シラトリ様の許にお伺いさせていただきます。
王女殿下に近づく者は、誰であろうと調査対象となります。
ご承知ください」
今度は侍女たちが、騎士連中を睨みつける。
「姫様の客人に、なんと無礼なーー!」
「あなた方こそ、礼を失していませんか」
「そうですよ。感じないのですか、この方の魔力を。
〈魔法使い〉なんですよ!」
王国での身分は家柄で決定しているとはいえ、その基準は魔力量の寡多で制定されている。
そして、この小さな体躯の〈魔法使いヒナ〉からは、その霊波を目視できるほどの膨大な魔力が迸っていた。
無論、ここぞとばかりに、ヒナが〈魔力極限〉能力を発揮したからだ。
騎士たちは、固唾を飲んで身構える。
中には警戒して、剣の柄に手を置く者さえいた。
それほど、魔力で圧倒されたのだ。
ヒナの放つ魔力の強さは、彼女を庇う側のターニャ姫や侍女たちをも怯ませるほどであった。




