◆7 王女殿下との遭遇
異世界に派遣されたワタシ、白鳥雛は、〈魔法使いヒナ〉としての能力をステータス表で確認してから、改めて周囲を見回した。
唇を軽く咬んで、気を引き締める。
視界一面に拡がる、広大な庭園ーー。
(うん。これ、人の手が入った、ちゃんとしたお庭よね……)
石畳の道の両脇には、広々とした緑色の芝生が綺麗に整えられている。
中央には、大きな噴水が、幾重にも弧を描いて水を放っていた。
色とりどりの花々が豪華に咲き誇った花壇が、その噴水を取り囲むように並んでいる……。
「素敵。マジ、絵本!
まじで、ここ、お姫様のお屋敷とお庭ってカンジじゃん?
ワタシもこうゆうところに住みたい!」
ワタシは、数分、その場所に立ち尽くしていた。
お姫様になった気分を、存分に味わっていたいーー。
「ほんと、すごい。
マジで、カール巻いた髪のお嬢様が、お茶でもしてそうじゃね?
星野兄妹、ありがとう。
まじで希望を叶えてくれて。
ワタシ、断然、頑張っちゃうわ!」
さらに庭の奥の方に目を向けると、絵葉書でしか見たことのない白亜の建物があった。
(ビクトリア朝ーーそれともロココとかいうの?
よくわかんないけど、なんだか素敵!
マジで、願い通りの異世界に来てしまった。
やばいよ、ワタシ……)
うっとりとした表情で辺りを見回しつつ、そういえば、コチラ側でワタシを召喚した役割のヒトたちがいるはずなんだけど……と探し始める。
すると、噴水の向こう、館の方から、綺麗に着飾った女性の集団が歩いてきた。
中央にいる、可愛らしい人を引き立てるように、会話を弾ませながらーー。
「ホラ、お見かけしたことのない、珍しい服装をなさったお方がいらっしゃるわ」
「空中にいきなり魔法陣が浮かび上がって、白い光が庭の石畳を照らし出しましたもの。
びっくりしましたわ」
「私、召喚魔法って初めて見ました」
「私もです」
「当然よ。
召喚術は、王家の血筋に連なる方にしか扱えない、大魔法なんですもの」
扇子で口許を覆いながら会話を交わす、華美に着飾った女性たちーー。
そんな彼女たちを目にして、ワタシは確信した。
周囲に群がる女性たちがこぞって語りかけている、あの真ん中にいる女の子が〈ホンモノのお姫様〉に違いない、と。
ワタシは彼女たちを目の前にして立ち止まり、お姫様を見つめた。
妖精のような雰囲気がある。
小さな顔に、明るいブルーの大きな瞳。
しとやか物腰に加え、華やかさもある。
(マジで、この世のものとは思えないーー可愛すぎてビックリだわ!)
ワタシは彼女たちの前で呆然と立ち尽くしてしまった。
もちろん、向こう側も人間だ。
正面から立ちはだかって凝視する存在に、気づかないはずもない。
「もしかして、あなたが召喚された魔法使いさん?」
お姫様とおぼしき女性に、話しかけられた。
ワタシは、出来るだけ丁寧な口調で答えた。
「はい、そうです。
ヒナ・シラトリっていうのよ。
よろしく。
ーーでもどうして、ワタシが〈魔法使い〉だとわかったの?」
「だって、あなた、黒いドレスに、紫水晶のブローチを胸につけているんですもの。
黒いトンガリ帽子は被ってないけど」
「へ? ワタシの衣装?
ーーああ、今気づいた。
ヤバい。そうだったんだ」
「フフ。あなたにとっても似合ってるわ。
あとは、魔法の箒が必要ね」
「褒めてくれて、ありがと。
あなたは、もしかして……」
「私はここ、ドミニク=スフォルト王国の王女です。
ターニャ・テラ・ドミニク・ランブルトと申します。
王様からお話は伺っております。
私の護衛をしてくださるのでしょう?
どうぞよろしく、異世界の魔法使いさん」
「ヒナでいいです。
こちらこそ、どうぞよろしく」
ヒナはドレスの裾をちょっと手繰りあげて、お姫様にお辞儀をする。
幸いにも、ヒナの振る舞いは、王国の作法に適っていた。 ターニャ姫も挨拶を返すと、周りの女性たちに呼びかけた。
「あなたたちも、自己紹介なさい」
お姫様の周囲を取り巻いていた女性たちが、一人ずつスカートの裾を少しだけ摘み上げて、お辞儀をしていく。
「ターニャ姫様付きの女官を統括いたします、侍女長のクレア・フォン・ブリタニカと申します」
「侍女長補佐のサマンサ・フォン・デパニクでございます」
「服飾の着付け、装飾を担当いたします、スプリング・フォン・トレステと申します」
「厨房を預かる、ローブ・フォン・アンサンブルです」
「毒味担当の、イース・フォン・デグルムでございます」
「化粧・浴室担当の、ナーラ・フォン・チェンと申します」
みな、しっかりとした振る舞いの女性たちで、自分の仕事に責任を持っているように感じられる。
そしてなにより、ターニャ姫に対して深い忠誠心があることが、物腰だけで伝わった。
彼女たちが纏う服装はそれぞれ色が異なり、袖や裾の端には、ヒラヒラとしたレースが付いていた。
真っ黒な布地に白いエプロンを上掛けしたような、よくある侍女服とは違う。
それでも、お姫様の淡い桃色のドレスに比べたらシックな色合いになっており、そこらへんは立場を弁えた仕様に思われた。
「みなさま、ご機嫌よう」
ワタシは優しく微笑む。
さすがに、事前の予習ぐらいはしていた。
こちらの貴族女性の言葉使いを、ほんの僅かながら覚えてきたのである。(あとは〈作法同調〉能力によって補完している)
ワタシがみなの振る舞いに応じようとしていることに、侍女たちは安堵の吐息を漏らした。
彼女たちは、異世界から魔法使いを召喚すると聞いてから、かなりの緊張と警戒心を抱いていたのだ。
ターニャ姫は自ら優しく手を取って、ワタシを邸内に招いた。
「お茶でも飲みながら、ゆっくりお話ししたいわ」




