◆6 女は男なんかより、生まれながらにして、ずうっと人間関係に揉まれて生きてんだから!
今回は、白鳥雛さんが、〈魔法使い〉として、異世界に派遣されている。
だけど、前回、〈勇者〉として派遣バイトを務めた東堂正宗くんよりも、緊張感がないような気がする。
真面目に依頼を果たすつもりがあるのかすら、不安になってきた。
私、星野ひかりは、語気を強めて念押しした。
「今回の依頼は、ホンモノのお姫様の護衛任務なの。
そこらへん、良く理解してる?」
ヒナさんは、澄まし顔で返答する。
「バカにしてんの? 聞いたから、知ってるに決まってんじゃん。
ま、ワタシもね、歌舞伎町ではガチの〈姫様〉なんだけどぉ。
ーーでもぉ、ホンモノのお姫様って、どんな女性なんだろうねぇ?
あ、そうか。
護衛がお仕事だから、マジで、こんなスキルがあるんだ……」
ヒナさんは、ステータス表に表示された〈印貼付〉の項目に目を付けた。
これは特定の人物や動物が移動しても、何処にいても、居場所がわかる能力だ。
あと、お約束の〈転移〉魔法も、付与されていた。
一度行ったことがある場所なら、すぐに移動できる能力である。
「〈転移〉ーーって、あっという間に、遠くに行っちゃう能力のことだよね?
なんか、ヤバくね?
異世界へ行くってときは、分解だの、再構成だのと、ゴチャゴチャ言ってたのに……」
と、誰に聴かせるともなく、ヒナさんは言葉を漏らした。
すると、兄の星野新一が、私に代わって、交信に横入りしてきた。
以降、兄とヒナさんの問答が始まった。
「ヒナちゃん、それはね、魔法が使える異世界では、魔法因子が素粒子レベルで充満しているから、普通に魔法が使えちゃうからなんだよ。
地球空間と異世界の空間をつなげるのとは、事情がまるで違うんだ」
「あれ? それもチガくね?
コッチの世界には魔素が少ししかないから、〈魔法使い〉は珍しいんだって聞いたけど」
「そうなんだけど、ソッチの世界では、地球に比べたら、充分に魔素が充満してるんだよ。
同空間内を転移できる程度にはね。
それに、体内の血液中に魔素と特定の能力を司る因子がたっぷりあれば、その魔法力を発揮する条件はーー」
でも、二人の問答は長続きしない。
自分から疑問を投げかけておきながら、ヒナには話を最後まで聞くつもりはない。
「ーーふうん。ま、マジ、どうでもいいけどぉ。
ワタシ、そういった込み入った理屈は、相手にしない主義なんで」
「……そう。そうだよね、うん」
「そういえば、ワタシにもーーたしか〈個性能力〉っていうの?
ーーそう、ワタシならではの能力ってあるわけぇ?」
ここで再び、私、星野ひかりが発言した。
「あるわよ。よく見てみなさい」
私に促されて、ヒナさんは再びステータス表に目を凝らす。
「ああ、コイツかぁ……」
〈魅了〉ーー!
ヒナさんは、上機嫌になった。
「人をたらし込める力だよね、たしか。
マジ、ヤバくね?
ーーでも、すっごくワタシの個性っての? 表してね?
ほら、ガチでワタシ、魔性の女だからさぁ。
今までだって、たくさんのオトコの人生を狂わせてきたしぃ。
ワタシのメンタル、これでもっとツヨツヨになる?」
と、ここで東堂正宗くんの揶揄う声が響く。
「なに言ってやがる。
たくさんのオトコに人生を狂わされてきたーーの間違いだろ」
私の隣に座っていた正宗くんが、会話に横槍を入れたのだ。
「シーッ! 余計なこと言わないで」
私は正宗くんを睨みつける。
幸い、今、浮かれ調子になってるヒナさんには、私と彼のやりとりは聞こえなかった。
〈魔法使いヒナ〉は、口を大きく開けて、陽気な声をあげた。
「ふんふんーー。
マジでいろんな能力があるけど、ワタシの個性能力って〈魅了〉なんだぁ。
ヤベエわ、これ。いかにもで、サイコーだわ。
コイツで、どんなイケメンも、イチコロじゃね?
嬉しい!」
もう、ヒナさんの瞳がハート型になっている(ような気がする)。
彼女の口から漏れた歓喜の声を耳にして、正宗くんは「ホラみろ!」とばかりに膝を打ち、私たち兄妹は、肩を竦める。
夢みがちなヒナさんの思念が、ダダ漏れで東京に伝わってくる。
満足そうな彼女の顔をモニター越しに観て、私たち兄妹は溜息をつくばかり。
一方で、正宗くんは、よりいっそう、彼女を小馬鹿にする態度になった。
交信状態が継続されていたため、彼の声を私のマイクが拾い、ヒナさんの脳内に響く。
「おいおい、ヒナ。
甘いんじゃねえのか、そういった自分の欲望全開で仕事に入るってのは。
いくら〈魅了〉を使えたって、ソッチの王国は、かなり文化的な世界だ。
文化的な世界ってことは、それだけ人間社会が成熟しているってことだぞ。
つまり、しきたりや契約を混ぜ合わせた〈社交〉が必須となる世界ってわけだ。
ましてや主な活動の舞台が、王宮とかの貴族社会ときた。
そんな中で、お前がうまくやっていけるのかよ?」
さすがに、非難めいた言葉には、彼女も敏感になる。
ヒナさんは彼の言葉を耳にして、頬を膨らませた。
「っせぇな。まじ、ウザイんですけどぉ。
ワタシは、学歴を鼻に掛けるアンタみたいな、プライドだけのクズとは、違うっての。
この際だから、教えてやっけど、女は男なんかより、生まれながらにして、ずうっと人間関係に揉まれて生きてんだから!」
そうした彼女のキレ気味の声を最後に、通信が遮断されてしまった。
ツーツーといった機械音のみが、私たち兄妹がつけているヘッドフォンに流れてくる。
私は隣の正宗くんに向け、非難がましい視線をぶつけた。
「もう! だから、黙っててって言ってるじゃないの!」
が、正宗くんはまるで気にする様子はなく、椅子の背もたれに身を預け、伸びをする。
「ま、お手並み拝見だな。
結局、仕事ってのは、現場に任せるしかないんだよ。
交信が出来なくたって、モニターで観ることはできるんだろ?」
兄の新一もうなずきつつ、妹である私を宥める。
「ヒナさんなら大丈夫だよ。
通信を切ったのも、派遣先の世界に、一刻も早く没入して馴染むためなんだろうし。
ほら、観なよ。ヒナさん、いつになく真剣な表情になってる」
兄に促されて、視線をモニターに移す。
たしかに、真面目に周囲を窺う〈魔法使いヒナ〉の姿が映し出されていた。




