◆4 異世界の依頼主との対話②
東京異世界派遣会社に派遣依頼してきた王様が、自国の状況説明の際、自分が政治的に劣勢に回って身動きが取れない状態であるばかりか、国内に麻薬が蔓延し始めていることを暴露した。
とかく高貴な方々は体裁を整えたがるものだが、依頼主サローニア三世陛下は鷹揚な性格をしているようで、正直に、ありのままに懸念材料を吐露してくれた。
「麻薬ですか。それはーー」
僕、星野新一は、思わず生唾を飲み込む。
麻薬中毒になると、麻薬吸引がやめられないようになり、やがては脳が萎縮し、中毒者は最終的に廃人となってしまう。
世界によって麻薬の成分は異なるが、麻薬蔓延によって国家の活力ばかりか、文明自体が終焉を迎える場合があるのは、どこの世界でも同じであった。
考えようによっては、麻薬の蔓延は、伝染病の流行と同様、戦争以上に人類に危機をもたらすといえる。
異世界派遣を何年もしていると、麻薬が蔓延する世界に出喰わすこともある。
だが、東京異世界派遣会社から派遣された者はみな、その都度、ナノマシンで人体改造されるので、その世界のあらゆる麻薬に対して耐性がある。
おかげで、麻薬蔓延の撲滅に一役買うこともあった。
「わかりました。
麻薬が蔓延しつつあるとなれば、派閥抗争だなどと軽視するわけにはいきませんね。
直接的にはどうかわかりませんが、ウチの派遣員がお役に立てるかもしれません」
「そうであれば助かるがーーまあ、麻薬の蔓延を阻止するようなことは、いかなる人物が派遣されても、個人の手には余ろう。そこまでは望んでおらぬ」
「正直、そう言って頂けると助かります。
ーーで、王はこの麻薬蔓延の背景に、隣国や王権代理の派閥が関わっている、とみておられるのですね。
ですから、一刻も早く、腐敗した勢力を追い払い、娘さんに政治権力を移譲したい、とーー」
サローニア三世は、黙って顎を引く。
その真剣な眼差しを受けつつ、僕は話を進める。
「ーーということは、先代王妃のお子さんであられるお嬢様は、なかなか厳しい政治環境に置かれている、というわけですね」
「うむ。理解が早くて助かる。
隣国による過度の干渉を排除できるかどうかは、ひとえに、娘ターニャの婚姻のあり方にかかっておる、といっても過言ではない。
余は、ターニャの婚儀が恙無く進展することを望んでおる。
さすれば、デミアス公国もこれ以上、わが王国内に勢力を侵食させることが出来なくなるでな。
我が娘、ターニャが高位の国内貴族と婚約し、次代の女王、もしくは王妃になると明確化すると、現王妃のドロレスは王権代理を退任せざるをえなくなるはず」
「そうした陛下のご意向を、娘の王女殿下はご存じでありましょうか」
「無論な。
それに、娘にはすでに小規模ながら商業都市を含む領土を与えておってな。
代官を介して良く統治しており、余などよりも、よほど政治の才があると評判だ。
貴族の中には、すぐにも娘ターニャに王権代理を務めて貰いたいと願う者も多い。
じゃが、そうした事態を望まぬ者どもも多くてな。
王妃ドロレスばかりか、隣国も好まぬ。
娘ターニャが王権を握るのが、ヤツらにとって都合悪いのじゃ。
特に、現王妃ドロレスなら、余の愛娘をも害しかねん」
「そこまで懸念なさるのなら、陛下ご自身が現役復帰なされば……」
「それが出来たら、苦労はせぬ。
わがドミニク=スフォルト王国では、一度、王位から退いた王は、二度と権力は振るえぬ規定になっておる。
何代も前に、退役した王が隠居の身で権力を振るい続け、現役の王権と対立して、国が割れるほどの内乱になったことがあってな」
以来、戒めとして、王は退任後、権力を剥奪されるよう法律にも明記されたという。
「でも、陛下は病床にあるだけで、退位しておられませんね」
「うむ。現政権は、王妃ドロレスが掌握しておるからな。
余自身も老齢衰弱病を装ってしもうたから、余は事実上、退位した者と変わらぬ扱いよ。
もっとも、その結果、王妃も隣国も露骨な干渉を始めたので、その意図が露わとなったわけだがな。
ヤツらは、まるで遠慮を知らぬほど図に乗っておる。
自分たちの利益のためには、国法を犯すなど朝飯前じゃろう。
ヤツらはなんとしても、娘の婚約が成就するのを阻止しようとしてくるであろうな」
現在権力を握っている王妃ドロレスからみれば、先代王妃の娘ターニャが王権を掌握したら、自分たちの失脚ーー引いては隣国勢力の影響力喪失を意味する。
「なるほど。それでお嬢様の婚約成就までの護衛を頼みたい、と」
「そうだ。
そこで、優秀な護衛役ーーしかも、婚約を控える身ゆえ、悪意ある噂を掻き立てられないためにもーー女性の護衛役が必要なのじゃ」
「しかし、現在の王妃様が、生さぬ娘とはいえ、王女殿下の暗殺まで企みますかね?
陛下には、ターニャ姫様以外に、お子様はおられないのでしょう。
でしたら、陛下の一人娘がお亡くなりにれば、王統が絶えることになり、引いては、現在正妃であられるドロレス様の地位も危うくなるのでは?」
「うむ。当然の指摘だ。
じゃが、隣国デミアスにとっては、一粒種の余の娘がいなくなりさえすれば、現王妃ドロレスが失脚しても一向に構わぬのだ。
ヤツらーーデミアス公国の政権を担う公国家の連中は、余とも親類関係にある。
曾祖母まで遡る縁故を持ち出して、わが国の王位継承権があることを主張してくるであろう。
曾祖母の弟の家系じゃからな」
「ああ、なるほど」
「ーーまったく、忌々しい連中だ。
歴史の古さも、経済力も、わが国の半分ほどのクセに。
わが国の鉄鉱石や魔鉱石を欲するからであろうが、嫌がらせばかり仕掛けてくる。
ドロレスも捨て駒にされるかも知れぬというのに、愚かなことよ」
「わかりました。
王女ターニャ姫様の生命を最優先とした護衛をすれば良いのですね。
ならばーーもし娘さんを殺そうとする勢力が強ければ、最悪の場合、国外逃亡ーー亡命をせざるを得なくなるかもしれませんが」
「構わぬ。娘ターニャの生命を最優先でお願いしたい。
娘の生命を救けるためならば、国外はもとより、其方らの異世界へと娘が亡命することになっても、一向に構わぬ」
そこで言葉を切ってから、依頼主たる国王サローニア三世は、小刻みに身を震わせる。
両目には涙が溢れていた。
「ーー本来、女の幸せであるはずの婚約が、このような危険を孕むものとなってしまったのは、すべて余の責任じゃ。
王として以前に、一人の父親として、娘には幸せになって貰いたい」
「わかりました」
僕は低い声で返答し、画面に向かって深々と頭を下げた。
細かい契約の取り決めに入ったのは、それ以後のことであった。
契約を終えた後、妹のひかりは、少し貰い泣きをしていた。
「国を滅ぼすこととなっても、娘を救けたいなんて。
立派なお父さんね」
妹は素直に感動しているようだった。
が、ついさっきまで神妙な顔つきをしていた僕の方は、今では苦笑いが浮かんでいた。
「まあ、良い人なんだろうけど、政治家としては、どうなんだろうね。
結局は、娘に国家の命運を全部丸投げだ。
しかも、ウチから派遣したバイトを助けてくれるような配慮もない。
こんな家庭の事情が国家運営に丸被りした政治状況の中に、あの雛さんを放り込んで、大丈夫なのかな」
「それは……。
でも、相手は、女性の派遣を依頼してるし、ヒナさん自身、随分やる気にはなってるようだし……」
妹の表情も、いつしか曇っていた。




