◆3 異世界の依頼主との対話①
白鳥雛を〈魔法使い〉として異世界に派遣した日から、遡ること三日前ーー。
星野新一とひかりの兄妹は、ある異世界と回線がつながったモニターを前に、仲良く並んでいた。
会社としては、バイト君を異世界に派遣する前に、異世界側との交渉は欠かせない。
こちらから人材を送るのは、異世界にいる依頼者と契約をして、収益が見込まれる場合に限られるのだから、当然である。
異世界派遣業はボランティアではない。
歴としたお仕事なのだ。
交渉用の機械モニターに映り込んだのは、真っ白な大理石の壁や柱に囲まれた病室だった。
白亜の空間の隅に木製のベッドが設えてあり、そこには老年というには少し若そうなーー中高年の痩せた男が、半身を起こして寝転んでいた。
とはいっても、中世欧州の王族用のベッドのように、前半身部分の位置が高く起き上がった状態にあったから、リクライニングチェアに腰掛けた病人と話すような格好だ。
向こうの異世界では〈魔法の鏡〉を通して、こちらが映っているらしい。
枕頭に鏡が寄せられると、人払いをされ、ベッドの主のみとなった。
「このような不躾な格好で失礼する。
余がドミニク=スフォルト王国の国王サローニア三世である」
僕、星野新一は背筋を伸ばし、モニターの前でかしこまった姿勢を取る。
依頼主との契約交渉は、基本的に僕が行うことになっていた。
「ははっ。
こちらは、地球の日本国東京にあります人材派遣組合です。
依頼要件を伺いたく思います」
人材派遣「会社」ではなく、人材派遣「組合」と称するのは、大概の異世界には組合はあるのに会社が存在しないからだ。
意思疎通を計るため、無駄な労力を省きたいからに他ならない。
一方で、映像に映っている、寝巻き姿の王様は、砕けた調子だった。
「むう、丁寧な対応、痛み入る。
其方の国では、身分はないと聞いておったのに。
気を使わせて悪い。
今は他人の目もなきゆえ、気軽にな。
余も病床に伏せっておるという体裁だ。
老齢衰弱病を患って二年になる」
「老齢衰弱病ーーそれは、いったいどのような病気なのでしょうか。
可能ならば、魔法による治療が可能な人材を派遣しましょうか……」
「いや。必要ない。
そもそも〈老齢衰弱〉とは、人間なら誰しも高齢になると陥るものーー耳が遠くなったり、呂律が回らなくなったり、物忘れが酷くなったりする症状が起きることを指すだけでな。
ここだけの話、余にはいまだ、そのような症状はない。
まだ、六十にも届かぬ年嵩ゆえな。
連日の心労が祟って体調はすぐれぬが、この病名は医師に命じて言わせたものよ。ハハハ……。」
ソチラの世界の人間の寿命は、現在の日本よりもやや長いくらいで、男性の平均寿命は九十歳ほどだという。
ならば、六十歳弱では、まだまだ壮健な年齢である。
「ということはーー」
病名など取ってつけたようなものーー要するに、仮病ということだ。
つまり、今回の派遣依頼者であるドミニク=スフォルト王国の国王サローニア三世は、老齢を理由に第一線の現役から退いた状態にある、ということになる。
しかも、本当は健康なのに病人のふりをして、あたかも頭が回らなくなったかのように周囲を欺いた状態でーー。
そんな仮病を演じる王様が、改まった態度で依頼してきたのは、先代王妃の忘形見にして、唯一の実子、ターニャ王女の護衛であった。
「余の大切な娘が無事に婚約を果たせるまで、つきっきりで護衛してほしいのだ。
なに、期間はそう長くはならぬ。
長くて、一月ほどだろうて」
僕は真面目な顔をして、座り直す。
「婚約が決まる間近だというのに、王様の一人娘であられる王女殿下の身に、危険が及んでいるというのですか?」
何やらキナ臭い。
「つきっきりで護衛してほしい」というからには、王女の日常生活圏内にまで、敵が潜んでいる可能性がある、ということだ。
期間は短いとはいえ、責任重大な護衛任務となりそうだった。
王もまた真剣な表情で腕を組み、長い述懐を始めた。
「日和見に徹しておるとな、かえって世の動きが見えるようになる。
余が政務から退いたとたん、隣国デミアス公国が主導する政策ばかりが、わが国内で罷り通るようになり、かの国の影響が強くなった。
理由は簡単。元々隣国にゆかりの深いドロレス侯爵令嬢を我が家に迎え入れて、余の名代を務める王権代理としたからよ。
ドロレスが我が家に輿入れしたのは、先代王妃が病没する直前でな。
先代王妃の死後、すぐさま側室から正妃に昇格させたから、王権代理を務めるのも、自然の流れであった。
じゃが、あそこまで露骨にデミアス贔屓に振る舞うとは思わなんだ。
隣国デミアス公国とは、資源獲得を巡って、とかく険悪な関係になりがちであったから、仲を良好にするために彼女を正妃としたのだが、裏目に出た。
隣国デミアスの後押しもあるゆえ、王権代理たる現王妃ドロレスは、止まるところを知らぬ。
予が伏せっておるうちに勢力を伸ばし、デミアスの息が掛かった官僚を数多く抜擢し、すでに国政をも意のままに操ろうとしておる。
幸い、ドロレスとの間に子はおらぬが、もし男児でも産まれておったら、王権を完全に掌握されておったろう……」
「事情はわかりましたがーー隣国が絡む、政治上の派閥抗争なだけにも窺われますが……」
僕の率直な感想に、国王サローニア三世は面白そうに笑う。
「はっはははーーこれは手厳しい。
余に向かって、これほど正面から直言する者は珍しい。
ーー良い良い。
まあ、異世界の其方からみれば、たしかに国家に纏わる余の懸念も、小さな派閥争いにしかみえぬであろうな」
「痛み入ります。こちらこそ、失礼な物言いを……」
しかし、こちらが焦って釈明し始めたときには、国王は眉間に深い皺を刻んでいた。
「じゃがな、数多くの民を治める国王としては、看過できぬ事態も起こっておってな。
わが王国に、強力な麻薬が蔓延し始めたのだ」




