◆50 勇者の帰還
〈勇者マサムネ〉の振る舞いに驚いたのは、こちらの世界ーー日本国東京でも、同様であった。
上司である星野兄妹、そして同僚である白鳥雛も、驚きを隠し切れなかった。
〈勇者マサムネ〉こと東堂正宗が、転送装置に姿を現して、帰還を果たした。
それを慌てて歓待しながらも、みな、ぎこちない声をあげるしかなかった。
「ほ、ほんと、よく帰ってきたね……」
「ねぇ。どうして、褒美を受け取らなかったの?」
「マジ、なんで? マジもんのお姫様をゲットできたんじゃね!?
王様の地位よ?」
どういった心境の変化があったのか。
みなが東堂正宗の許に群がって聞きたがった。
思わぬ歓迎を受けながらも、正宗は不機嫌そうな顔をして、ボソリとつぶやいた。
「だって、あのお姫様ーー兄嫁そっくりの顔してやがんだ。
しかも表情まで……」
お姫様の顔を見たとき、どうやら正宗くんは、実家から追い出されたときのことが、生々しく想い出されたらしい。
「ちくしょう。なんだよ、あのヒトを哀れむような顔は。
バカにしやがって!!」
憤慨の態で吐き捨てると、正宗くんはズカズカと激しい音を立て、廊下へ出て行った。
残された三人はポカンとして、ささやきあった。
「兄嫁って……?」
「彼を実家から追い出した、兄夫婦の奥さんのことだろう」
僕、星野新一が、白鳥雛さんに対し、彼がわが社にやって来るまでの事情を掻い摘んで説明した。
彼は「選択的ヒキコ」となっていたが、実父の死亡により、兄夫婦から実家を追い出されたことをーー。
「ヤバッ! なに、それ。ウケる〜〜!」
話を聞き、雛さんは腹を抱えて笑う。
たしか、正宗くんが実家を追い出されて東京異世界派遣にやって来た経緯は、雛さんも僕たち兄妹と一緒に聞いてたと思うけど……彼女はすっかり忘れていたらしい。
というより、もとよりまるで聞いてなかったのだろう。
あの時は、白鳥雛(自分)自身のバイト採用面接を控えていたから、東堂正宗(他人)の事情なんぞにかまけているゆとりがなかったに違いない。
隣を見ると、妹のひかりまでが、雛さんの笑い声に釣られて、笑みを浮かべていた。
が、僕の視線に勘づくと、思うことがあったのか、僕にヒソヒソと声をかける。
「でも兄嫁さんが、あのお姫様のような表情をしていたってことは……」
「ーーそうだね。
兄嫁さんも、べつに正宗くんを嫌ってなかったんじゃないかな……」
僕もひかりも、モニター越しながら、お姫様の表情をしっかりと窺っていた。
お姫様の表情は苦渋に満ちながらも凛としたもので、とても何者かを侮蔑しているような表情ではなかった。
勇者との婚姻を避けられないものと受け入れつつ、また同時に、恋人たる白騎士と添い遂げられない運命を悲嘆していただけに見受けられた。
なのに正宗くんは、そんなお姫様の表情を「俺様を侮蔑した兄嫁とそっくりだ」と語っている……。
どうにも、理解の辻褄が合わない気がする。
正宗くんは実家から追い出された怒りで我を忘れているが、兄嫁さんはべつに彼を侮蔑をしていたんじゃなくて、せいぜい義弟のさまを〈憐れに想っている〉といったところだったのではあるまいか。
「兄嫁さんに同情するわ。
やりにくい義弟で、なにかと気苦労も多かったでしょうね……」
妹のひかりは呆れ声をあげて、伸びをした。
「ーーでも、正宗くんには伝わらないでしょうね。
そういった繊細な心情の機微は」
「うん……まあ。彼は俺様キャラで、プライドが高いからね」
と、僕も相槌を打った。
そんな兄妹二人を見遣りながら、白鳥雛さんは朗らかに締め括った。
「これって、めでたし、めでたしってヤツじゃね!?
両思いの恋人同士が、別れなくて済んだんじゃん。
マジ、異世界派遣、最高ッ!」
◇◇◇
東堂正宗が異世界での初仕事を終えた、その日の午後ーー。
二人で共有する部屋で、正宗と雛が向かい合って座っていた。
二人とも自前の椅子に腰掛けているが、普段は互いの生活スペースの間にカーテンが引かれていて、ちょうどその仕切りの場所で、二人は面と向かっている。
「明日だかんね、ワタシーー白鳥雛サマの出番ッ!」
「そうだな。まあ、頑張れよ」
雛が鼻息荒く訴えるのに対して、正宗は気のない返事だ。
異世界から帰還したばかりで、時差ボケ(?)みたいのがあるのかもしれない。
なんだよ、ノリ、悪くね?ーーと思った雛は、正宗の興味を引こうと思って、ささやきかけた。
「ちょっと、ちょっと。
マジ、アンタが行ってた世界、あれからどうなったか、知りたくね?」
「どうなったか……?
それって、〈勇者マサムネ〉が立ち去った後の世界の、後日譚ってやつか?」
半分、寝ぼけ眼で応じる正宗を相手に、興奮気味に雛は言い立てた。
「いちどでも異世界と時空がつながると、時間をすっ飛ばして、かなり前や後の出来事を、モニターで見ることができるって。超ヤバくね?」
「ふうん……」
「三十年後とかさぁ。
〈異世界からの勇者マサムネ〉っての、どう言われてるか、気にならね? マジで」
「どうでもいいな、そんなこと」
「え、マジ!?」
「ああ。じゃあ、俺、眠いからさ。
サンドイッチを食い終わったところだし、寝るわ」
そう言って椅子から立ち上がると、正宗はカーテンを思い切り引っ張った。
イビキが聞こえるようになるまで、五分とかからなかった。
◇◇◇
管理室には、星野兄妹と白鳥雛が集まっていた。
「マサムネのヤツ、どうでもいいってさ。
マジでヤバいよね? 信じらんない」
白鳥雛は目を大きく開けて声を張り上げる。
正宗が爆睡を始めてから十分もしないうちに、彼女は星野ひかりと話していた。
二人の前には、モニターがある。
異世界を映し出す映像機械だ。
残念ながら、すでに砂嵐状態で映像は途切れている。
が、三時間かけて星野兄妹は、勇者マサムネが訪れていた世界での「その後」を追いかけていた。
仕事の成果を測る一助として、兄妹はこうした情報収集を怠らなかった。
「マジで、ワタシ、知りたいしぃ。
マサムネの噂」
「そうね」
星野ひかりは走り書きしたメモ帳を片手に、苦笑い浮かべた。
今まで観てきたモニター映像からわかったことを、箇条書きにしたものである。
「まったく〈伝説〉ってのは、いかに実像から離れているかってことを思い知らされたわ」




