◆19 人間側、完全に嵌(は)められた! バカじゃね!?
魔王城が聳える麓から、数多くの魔物が姿を現していた。
巨大なトカゲに跨る、褐色や緑の肌をした竜の騎兵団。
そして、何百もの、骸骨兵士団ーー。
それぞれが銘々(めいめい)に円形の盾や槍を手にして、続々と姿を現わしてくる。
魔族どもが地面を踏みしめて、土埃を上げて歩く。
ザッザッという足音が、不気味に響く。
無表情な魔族兵の集団は、やけに威圧感があった。
(ヤバイ、ヤバイ、ヤバイぞ……!!)
怖くないと言えば、嘘になる。
心臓の鼓動が、そう告げている。
加えてーー。
「勇者様、あれを!」
後ろの人間から声をかけられて、俺、勇者マサムネは、真っ青な空を見上げる。
上空からーー魔王城を取り囲む壁の上から、雲霞の如く沸き立つ影があった。
蝙蝠のような羽根をもつ、肌が漆黒の人間ーーヒト型の魔物が、何十頭も宙に浮かんでいたのである。
頭上でバタバタと羽音がしたかと思ったら、いつの間にか、空は黒雲がかかったように覆われてしまっていた。
(蝙蝠男の群れーー。
要は、魔族の空軍部隊かよ。
もうやだ! 絶対絶命だよ。
どうすりゃいいんだ、俺様は!?)
陸には竜騎兵にアンデッド歩兵ーー。
ザッと見渡す限り、その数、竜騎兵は百騎、アンデッド兵は五百名といったところか。
そして、空には蝙蝠男の軍勢五十名……。
一方で、我々、人間のパーティーは現在、二十名ほどしかいない。
おそらく、勇者である俺様以外の人間どもでは、あの魔物一体に対して、五人掛かりでも敵うまい。
ひょっとして、退路は……。
と、後ろを振り返ったら、やっぱり退路が絶たれていた。
森林の陰には、熊や猪、虎のような姿をした魔物が、群れを成してこちらの後方を扼している。
ーーつまり、こういうことだ。
我々は、漆黒の森の中を進んで、ようやく魔物のボスが住まう場所に到着したかと思ったら、じつは誘い込まれていただけだった。
魔王側は大軍をもって、俺たち人間パーティーを迎え入れて、今にも叩き潰そうとしているーーと。
これ、人間パーティー、大ピンチじゃね!?
「ピンチはチャンス」ってよく聞くけど、今の状況では全くチャンスが見当たらない。
(こりゃあ、魔王討伐どころじゃない。
生きて森から逃げられるかどうかだな……)
人間側、完全に嵌められた!
バカじゃね!?
それに比べて、魔王軍、凄い。
戦略的。
よくわかっているよ、戦いってヤツが。
もう、今現在の情況を表す言葉が、単語しか出てこない。
語彙が多様に、浮かばない。
海外旅行に行った時みたいになっているよ、思考が。
魔王城の手前にまでやって来たものの、周囲には背丈よりも低い岩が点在しているだけ。
身を隠すための遮蔽物もない。
そして、前方は魔族の軍勢に、後方は森の魔物たちに、取り囲まれている……。
(絶望的状況だな、ほんと。
ああ……俺様の人生も、これまでか)
周りにいる人間どもを見回してみたが、みな身体を震わせていた。
「す、すいません、勇者様。
まさか、魔族にこれほどの軍勢があるとは……」
「今まで、討伐したとの報告が何度もあったが、偽りだったのか」
「どうせ、貴族どもが戦果を水増し報告してたんだろ」
人々の声は震えている。
でも、脚を震わせるだけで、誰も叫び出さず、逃げ出しもしない、
それだけでも、たいしたものだと思うよ、うん。
俺は彼らを勇気づけてやることにした。
将来を悲観するのに同調したところで、得るところはない。
しかも、魔族との戦いは避けられそうもない状況だ。
「ーーまあ、気にするな。
味方の戦果を過大に報告するってのは、大本営発表がそうであったように、戦時中のあるあるネタだ」
「ダイホンエイ ハッピョウ……?」
「とにかく、気にするな。
おまえらは全員非力なんだから、防御に撤してろ。
そうだな。
防御障壁でも張ってれば、自分の身ぐらい守れるだろ」




