瞳のプレゼント
本日18時にもう1話投稿します。
今日はエリック王子の誕生日。お祝いの夜会が開催される。
フェリシアはソファに腰掛けてドレスを選んでいる。侍女が手にしている色鮮やかなドレスの数々をシラけた目で見つめる。元々夜会のドレスを熱心に選んだことなどないが、なにせ、今夜は大嫌いなエリックの誕生祝いだ。まったく気合が入らない。
そこへアルベルトの侍従がやってきて、恭しく丁寧な所作でお辞儀をした。部屋に入るとフェリシアの傍で膝を付いた。その両手には銀のトレイを携えている。
「妃殿下、失礼いたします。こちらを殿下からお届けするよう仰せつかり、お持ちいたしました。」
トレイの上にはきれいに包装し、青色のリボンが掛けられた箱が載せられている。
「ありがとう。」
一体何が入っているのだろうかと、フェリシアは首を傾げながら箱を開ける。
中には大きなブルーサファイアをあしらった首飾りが入っていた。宝石の周りには花のモチーフの装飾が施されとても美しい。
フェリシアはそれを見た瞬間に目を瞬かせた。手に取りじっと眺める。
その途端、フェリシアの周りにいた侍女たちが声を上げた。
「まあ、なんてきれいな…」
「とても素敵な贈り物ですね。」
「フェリシア様によくお似合いになりますわ。」
侍女たちは口々にその耳飾りを褒め讃え、うっとりと見つめる。
使われている宝石は、ブルーサファイア―― その色は、アルベルトの瞳の色とよく似ていた。
これまで感じたことのない喜びが、フェリシアの胸に広がって熱を帯びた。アルベルトから、いきなり贈り物をされたのも始めてだったし、こんなことを男性からされたのは初めてだ。フェリシアだって女である。ドレスや宝飾品には心を惹かれてしまう。フェリシアはアルベルトからの思わぬ贈り物に心を揺さぶられた。
アルベルトの侍従が去った後に侍女と一緒に首飾りに合うドレスを選ぶ。選んだドレスは、深いVネックのピンクゴールドのドレス。背中は腰までVラインで開いている。ウエストで切り替えになっているスカートの部分は、控えめなAライン。ただ、幾重にも薄いチュールがドレスの下に重ねられていて、裾に向かって上品に広がっている。裾には、袖ぐり、首元と同じ糸で刺繍が施され、小さな宝石のようなビーズが散りばめられている。
フェリシアはドレスに着替え、侍女たちに髪をきれいに結い上げてもらうと首飾りをつけた。そして夜会用の気合が入った化粧が終わると、侍女たちは満足して、ため息をついた。鏡に映る自分の姿を見て、フェリシアの口元にも自然と笑みが零れた。
準備が終わると自室を出て、王太子夫婦専用の控えの間に向かった。部屋に繋がる廊下を歩いていると、アルベルトの近衛が扉の前に控えているのが目に入った。どうやらアルベルトは既に部屋の中にいるようだ。侍女が前に出てノックし、フェリシアの訪れを伝えた。
アルベルトはソファに腰掛けてお茶を飲んでいた。濃いチャコールグレーのジャケットとトラウザーズ、青色のアスコットタイを締めてゴールドのタイピン。ウェストコートは濃紺で纏めている。髪を後ろに撫で付けているその姿は、色気を含んですごく素敵だ。
アルベルトの瞳がフェリシアを捉えると一瞬大きく揺れ、優しくふわりと笑った。自然と綻んだその笑顔は、いつもよりもどこか子供じみた印象だった。その眩しい笑顔にフェリシアは思わずドキリとした。
アルベルトに促されるままに隣に腰を下ろすと、横から熱心に見つめられた。
「…よく似合っている。とてもきれいだ。」
フェリシアの耳元で甘ったるく囁く。
くすぐったくてアルベルトから視線を外しながらはにかむ。
「素敵な贈り物ありがとうございます。とても嬉しかったです。一目で気に入りました。」
「喜んでもらえて、わたしも嬉しい。」
フェリシアを見つめるアルベルトの顔がくにゃりと惚けた。
◇◇◇
豪華な装飾で飾り立てられたホールには、いつもよりも多くの招待客が招かれていた。華やかな衣装がきらびやか はためいている。フェリシアはアルベルトにエスコートされ会場に入る。少し遅れて現れた主役のエリックにお祝いの言葉をかける。
その後は、顔に微笑みを張り付かせ二人の会話を見守った。フェリシアは時折頷いて相槌を打ちながら、向かい合って立っている二人をそっと観察した。父親は一緒なはずだが、二人は全く似ていない。
アルベルトは国王と同じ色を持ち、漆黒の髪、碧色の瞳、端正な顔立ちには精悍さがある。がっちりした体躯には野性味が感じられる。対してエリックは、ダークブロンドの髪に、空色の瞳で、国王の色とは全く異なる。長身だがひょろりとしていて全体的に線が細い。整った顔立ちは中性的だ。
会話が途切れたタイミングで、アルベルトの手がフェリシアの腰に回された。
「では、また。今日は楽しませてもらうよ。」
アルベルトはその碧い瞳にエリックを映し、優しい顔で笑いかけた。
エリックは満足そうに頷いた。
「ええ兄上、…姉上も。」
最後にちらっとフェリシアを見た空色の瞳には、ゾッとするものが宿っていた。
にこやかに別れの挨拶を告げると二人はその場を離れた。
アルベルトはハリントン侯爵を目に止めると声をかけた。
「ハリントン卿」
「王太子殿下にご挨拶申し上げます。」
ハリントン侯爵とクリスティーヌ嬢が礼を取る。
挨拶を終えるとハリントン侯爵がフェリシアへ目を向けた。
「妃殿下、今日は一段とお美しいですね。」
「まあ…お褒めいただき光栄ですわ。」
フェリシアは恥じらいながら微笑んだ。ハリントン侯爵はその笑みを見ると、すっと目の奥を一瞬細めた。その瞬間に侯爵の目の奥に好色そうな光が浮かんだのを感じ取り、フェリシアはゾクリとした。
「殿下がおうらやましい。」
ハリントン侯爵はすぐに瞳からその気配を引っ込めると、人の良さそうな笑みをアルベルトに向けた。アルベルトはその言葉に応えるように、うっすらと笑みを浮かべて、ぐっとフェリシアの腰を抱き寄せた。
クリスティーヌは侯爵の隣で上品な笑みを浮かべていたが、それを見て顔が僅かに引き攣った。
「両殿下の仲が良くて羨ましゅうございます。お世継ぎもすぐに期待できそうですね。」
すっと瞳を細めると、にこやかに笑った。
「妃殿下は、とても細いようですが……体力は大丈夫ですかね?その点うちの娘は体力もありますし、身体つきも大人ですから心配ありませんがね。」
侯爵が含みのある笑みを浮かべて、フェリシアの全身をさり気なく見やった。
「それなら早く結婚して、たくさん子を成されると良い。いまだに結婚しないのには何か理由がおありか?」
アルベルトが苛立ったように言い放った。
ハリントン侯爵は慌てて取り繕うような笑みを浮かべ、その場を立ち去った。