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ラズーン 5  作者: segakiyui
5.宿敵

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10

「首はだめだ」

 応じた『運命(リマイン)』の口も同様、禍々しい笑みに吊り上がった。

「ギヌア様は、その者を、お前のみに任せておかれるおつもりではない。手足の1本2本喰いちぎられても生きてはいようが、首となるとさすがに困る」

「生かしておかねばならぬのですか」

 それは惜しい、と心底悔しげに呟いたが、『穴の老人』(ディスティヤト)にはそれ以上異論を挟む気はないようだ。

「で、男の方は…」

「娘が死ぬまで、何があっても生かしておけとの御命令だ」

「致し方ありませんな」

 ディオングは雫を垂らしつつ蠢かせていた舌を、ぬるぬると引っ込めた。口を閉じ、目も伏せたのか、元通りフードの影に身を潜めてことばを継ぐ。

「ギヌア様は、我らが宿敵に巡り逢わせて下さった方、お望みを無下にするわけには参りますまい」

 掠れ沈む声をいよいよ低める。

「思えば、遥か昔、あの地でようよう永らえていた我ら、突然の襲撃に為す術もなく倒れていった我が同胞達の無念、この身に深く染み込んでおりますぞ……生き延びたものの、いずれは滅びる体に、ギヌア様はこの世で生きていけるように手を加えて下さった………」

 恨みの籠った、地の底からしがみつくような響きだった。

「この上は、何としても、宿敵『泉の狩人』(オーミノ)を屠り、ギヌア様とともに我らが闇の世界をあまねく顕現させましょうぞ……して、その他には」

「うむ」

 最後の声が少し明るんだのに、『運命(リマイン)』は頷く。

「私にはよくわからないが、『いつものように』とのことだった」

「ほ、うう」

 ディオングはあからさまに喜びをたたえた。

「いつものように、とな?」

「うむ」

 訝しそうに頷きを繰り返す『運命(リマイン)』に、

「では、そうさせて頂こう!」「っ!!」

 叫びが空を吐き、ただならう気配に『運命(リマイン)』が身構えた時には遅かった。杖と見えていたものがふいに命あるもののようにくねり上がって伸び、『運命(リマイン)』の手から首へと一気に巻き付き、抵抗するのも何のその、固く強く締め上げながら引き寄せる。

「ぐあああっっ!」「ほうほう」

 突然マントが取り払われた。

 『運命(リマイン)』を締め上げているものの正体は杖ではなく、節くれ立った枯れ木のように見える棒状のもの、しかも伸縮自在に力を込められる、ほとんど手のようなものだ。もう1本の手は垂れ下がって背後に回り、高く差し上げられた龕燈を支えている。マントを弾き飛ばした舌の先がぬめぬめと光りながら口に戻ってくる。

「ひ…」「若くてまことに旨そうな…」

 マントに隠されていたのは、皺のよったぶよぶよした巨大な革袋のような頭だった。ぽつんぽつんと載せられ嵌められたような二つの輝く虹彩が、大きく見開かれ光を集めたかと思うと、先ほど割れた口が今度は上半分を背後へ落とし込むように、顔より大きくぱかりと開いた。

「ぎゃ、ああああああっっっっ!」

 血を絞り出すような声を上げる『運命(リマイン)』の頭が、その開いた口にずっぽりと突っ込まれる。悲鳴がくぐもった次の瞬間、後ろへ落とし込まれていた頭の上半分が、子どものおもちゃのように無造作に元の位置に戻った。そのままくっと首を挟んだまま押さえつける。

 ごきり。ごきり。がり、がり、ばりばり。

 洞窟の中に響き渡った咀嚼音と同時に、もがいていた『運命(リマイン)』の体がだらりと『穴の老人』(ディスティヤト)の口から垂れ下がった。つるつると口の端から、溢れ出したのを呑み込み損ねたのだろう、艶やかな光を弾きながらどす黒い涎が滴っていく。

「む、む、む」

 次々と滴る流れは『穴の老人』(ディスティヤト)の口を、体を、ゆさゆさと揺れる『運命(リマイン)』の体を汚していく。瞬いた黄金の虹彩が細められ、再びばくりと大きく口が開けられた。枝状の手がはみ出た体を容赦なく口に押し込んでいく。咀嚼音が響き続ける、肉食獣の熱気が洞窟内を温める。揺れる灯に照らされるのは、遠い昔に消え去ったはずの悪夢、命を喰らう闇の生き物だ。

「…しかしなあ…」

 やがて、『運命(リマイン)』をひとかけらの骨さえ残さず喰い終わったディオングは、赤い舌でぺろぺろと未練がましく滴った肉汁を舐めとりながら唸った。

「相も変わらず、『運命(リマイン)』はまずい……熟成もしておらぬし、さすがに、作り上げこね上げた泥人形だけはある…」

 若くて生きが良ければ歯ごたえも多少は楽しめようが、見かけほどには新しくなかったのう、と口惜しげに呟く。

「……仕方ない……『聖女王(シグラトル)』にて口直しとするか」

 洞窟の外を眺めやる、もうすぐそこに獲物が来ているのではないかと期待を込めて。

 だが、外は未だ静まり返り、新たな気配は到来していない。お楽しみはまだ少し先になるようだ。

「む……いや……こちらか…?」

 ふと風の流れに顔を上げて、ディオングは瞬きした。うっとりと彼方を見やり、そろそろとフードを引き上げる。

「臭う……臭うぞ……この甘やかな……肉の薫り……」

 ずる。ずる。ずる。ずる。

 灯を揺らしながら、『穴の老人』(ディスティヤト)は洞窟の奥へ、ユーノ達の入り込んだ場所へ向かっていった。


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