3
「だめじゃ」
「え?」
予想もしていなかった答えに、ギヌアは呆気にとられて『太皇』を見つめた。
その頃アシャは視察官として『氷の双宮』を離れつつあった。姿を見せなくなった第一正統後継者に、僅かながらも不審が囁かれ始めていた。『太皇』がアシャの才能と人望に恐れを抱いて、密かに放逐しようとしている、そんな噂さえ流れかけていた。
時は満てり。
ギヌアはそう踏んだ。意気揚々と、けれど表面は深刻を装って粛々と、『太皇』に、アシャ不在で人心が惑う中、自分をこそ第一正統後継者にしてくれるように具申した。
だが、『太皇』は、その願いを一言のもとに撥ねつけた。
「…どうしてですか」
零れた疑問はまっすぐに投げかけられた。真実、なぜ拒まれるのか、ギヌアには全くわからなかった。
「お前はアシャに勝てておらん」
『太皇』のことばは冷酷だった。
「アシャより劣っている者を、アシャが権利を棄てたと言って、その場所へ据え直すことはできん」
「では、ラズーンはどうなるのです!」
ギヌアは激しく言い募った。
「後継者がいなくなれば、滅びてしまうではありませんか!」
「滅びはせぬ、が、『ラズーン』は無くなるかも知れぬ」
「そんな馬鹿な!」
「仕方あるまい」
たった1人の後継者がその座を離れたからと言って、国そのものが失われてたまるか。それではギヌアや他の正統後継者に何の意味がある。『控え』でさえないというのか。
(馬鹿な……馬鹿な!)
あいつ1人のために、このラズーンを滅ぼすだと?
「『太皇』! あなたは根本から間違っておられる! だがあえてお尋ねしよう、私のどこがアシャに劣っておりますか?」
形は問いだが、意味は糾弾だ。
だが、相手は動じた素振りさえ見せなかった。
「剣一つをとってみても」
「剣? 剣だと?」
は、とギヌアは嘲笑した。
「それこそ馬鹿なことだ、私とアシャが立ち会って、あいつが勝てた試しなどない!」
「練習では、な」
『太皇』は白い髪と髭に覆われた顔の奥から、深い瞳でギヌアを見つめた。
「真剣で立ち会ったことはあるのか?」
「…」
ことばに窮した。
世の噂はアシャの凄まじい戦士振りを、物陰で密かに伝えていた。ギヌアが『炎』と呼ばれれば、アシャは『息をも凍らせる冷気』と囁かれた。ギヌアが激烈に敵を屠ると言われれば、アシャは冷酷に敵を滅すと謳われた。
そして何より、ラズーンに相対する敵が真の恐怖を持って語るのは、必ずアシャ・ラズーンの方だったのだ。
それを真に受けていたわけではない。
ならばなぜ、今まで真剣勝負を挑まなかったのか。
『太皇』の瞳の色に、アシャと同じ気配を感じ取った。
わかっているのだ、お前は、と。
真の勝者が誰なのか、想いを馳せる前から理解しているのだ、と。
(そんな、馬鹿なっ!)
ギヌアは髪を逆立てて、『太皇』の前から辞した。




