16
「レス……? レス?」
「う…ん……」
「やれやれ…」
くすりと笑って、ユーノはベッドに丸くなって寝息をたてているレスファートの体に、起こさぬようにそっと掛け物をかけてやった。声をかけても微かに身動きし寝返りを打つだけ、ついさっきまで、今度こそ絶対にユーノと一緒に行くんだと言い張っていた少年は、もう起きているのが限界だったのだろう、ぐっすりと深く眠り込んでいる。頬や額にプラチナブロンドを乱し、小さく開いた唇が動いて、ユーノ、と寝言を紡ぐ。
「これでまた、黙って出かけるんだからな」
また帰ってきた時が大騒ぎだ、と苦笑する。
戦いに出かけることは苦にならない。各種の危険も覚悟している。
だが、レスファートのような綺麗な子どもに泣きながらしがみつかれると、どうして扱えばいいのかわからなくなって困る。温かい吐息を耳元に吹きつけられ、ぎゅっと首にしがみつかれると、レスファートを置いて旅立つ自分がひどく悪者のように思えてくる。
「…必ず帰ってくるからね…」
そんな確証など、これっぽっちもないことを十分知りながら囁いて、ユーノはちょんとレスファートの頬を突いた。
何せ、今度は相手が相手、ラズーン四大公の1人が裏切っているかも知れないのだ。もしそれがアギャン公だとしたら、ユーノ達は真昼にかまどに飛び込むリュガ同様、自ら餌になりに行くようなものでしかない。
今頃、アシャもリディノに泣かれて困っているだろう。
(アシャ…)
荷物をまとめていた手をふと止める。
(神様も結構残酷なことをなさる)
これからレアナが同行し、レスファートとイルファを連れる旅の日々で、ユーノとアシャが2人きりになる機会など、まずないだろう。このミダスの屋敷内でさえ、慣れない場所でレアナが不自由を感じないようにとの配慮で、アシャはレアナに付き添っていた。ましてや、ここを離れ、セレドに戻る旅の空は、動乱の世界を横切る危険なもの、アシャがレアナの側を離れるなどありえない。
ならば、今度のアギャン公分領地へ向かう旅が、ユーノがアシャと2人になれる最後の機会かも知れない。
(2……2人か)
くく、と自嘲に口を歪める。
(2になったからと言って、何がある)
レアナに付き添うアシャ、その2人の柔らかな陽射しを思わせる気配。
リディノと話し込むアシャ、その親密で温かな空気。
(私といるアシャは…)
殺気立っているか、からかってくるか、警戒しているか、怒っているか。
(……喧嘩、友達、ぐらい、だよな…)
寄り添えればよかったのだろうか。甘えればよかったのだろうか。無邪気に何も考えてないふりで、珍しい話に目を輝かせてみればよかったのだろうか。
(切ないだけだ)
手に入らないものを、壊さないようにそっと包み守るだけしかできない。
「!」
ふいに殺気を感じた。扉の方を振り返りながら、右手は既に剣に滑っている。
「誰だ」
誰何は間合いを詰める時間を稼ぐためのものだ。身構えながら鋭く問う、が。
「…ジノです」
「ジノ…?」
依然殺気が漂ってくる方向から、聞き慣れた声が響いて、ユーノは眉をしかめた。ジノから放たれるとは思えない気配、だが見抜かれていると気づいただろうに、なおも消えない殺気に、目の光を強めつつ、問いかける。
「何の用?」
「………お話が」
姿を見せない相手からの殺気はますます強まる。ただの『お話』ですみそうもないのは、火を見るよりも明らかだ。
(だが、なぜだ?)
「レスがいる」
じり、と少年を庇う位置に移動した。
「込み入った話なら、明日にしてくれないか」
「明日には、あなた方が発たれてしまいますので」
何が何でも今夜ケリをつけなくてはならない、そう響いた。
「……わかった」
ユーノは頷いた。
「じゃあ、外で」
「花苑でお待ち致します」
気配は素直に移動した。
「……ちょっと行ってくるよ、レス」
小さく呟いて、ユーノは花苑に向かった。




