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ザシュッ…。
「ぎゃうっ!」
「あ…ひぃ…っ」
大の男が12人、見る間に優男3人に倒され、その12人目が目の前で頸動脈を掻き切られて前のめりに倒れ込んだのに、最後の1人はようよう構えていた剣を持ったまま、へたへたと腰を落として座り込んだ。
「ふん」
多少返り血を浴びて、所々色の変わった黒衣を纏ったリヒャルティは、息も切らせず手にした剣を振った。空を切る音が微かにして、血の飛沫がへたり込んだ男の額から鼻筋を横切って頬へ、紅の一文字を描く。
「うあっ」
男はその部分を切り裂かれたように体を震わせ、顔を背けた。そろそろとリヒャルティに向け直した瞳は暗い穴のよう、顔色は蒼白で、今にも気を失いそうだ。たった14、5としか見えないどこか幼い顔立ちの少年を前にしている大の男というよりは、この世ならぬ魔性の一族に出くわしてしまった怯えきった子どもと言った方がいいような様子だ。
「えらく…」
今までの乱闘騒ぎとは打って変わった穏やかな声で、リヒャルティは切り出した。
「大人しくなっちまったじゃねえか? え?」
「っ…」
一歩彼が足を踏み出すのに、男はびくっと体を強張らせた。
「この分なら、いい答えが訊けるんじゃありませんか、リヒャルティ」
バルカが近くの壁にもたれたまま口を出す。
「それもそうだな」
ギャティはリヒャルティを挟んでバルカと対の位置、これものんびりと壁に身を任せている。
2人とも足元に広がっている凄惨な地獄絵図に動じた様子はない。くつろいだ気配で石壁に凭れている。凭れてはいるが、その実、『金羽根』の長、リヒャルティの左右の座を占める男達にふさわしく、一分の隙なくリヒャルティの両側に陣取り守護する構えだ。
「いい案だ」
にこり、とリヒャルティは邪気のない笑顔で笑った。それを見た左右の2人が、心の中で溜め息を吐く。リヒャルティがこう言う場合に、にこり、なぞと可愛らしい笑い方をした時の結末を、嫌というほど見てきているせいだ。
「で、お前としては、耳か鼻か、どっちを削ぐのがいい?」
「ひいいっ!」
血に塗れた剣を顔の前に突きつけられて、男は掠れた声を上げた。逃げたくとも腰が抜けて立てないのだ。ほら始まった、と意味ありげな目配せが、バルカとギャテイの間に飛ぶ。
「耳なら、もうちっと人の言うことがよく聞こえるだろうし、鼻なら早めに敵の気配がわかる。どっちもってなら、それでもいいぜ」
「ひあっ…」
男は恐慌状態だ。リヒャルティがなまじ可愛い人形と言っても通る顔立ちだけに凄みがある。一度口にしたことは必ず実行する、そう言う眼の色だとわかるのだろう。
「リヒャルティ。そんなに脅しちゃ、言いたいことも言えませんよ」
ギャティが見かねて口を挟んだ。
「先に失神でもされちゃ、『こと』でしょう?」
「大丈夫さ、そうなったらそうなったで、手か足かちょいと切り落として目を覚ましてもらう」
「ひゃあ!」
「うるせえんだよ、一々!」
「っっっ」
リヒャルティがどすを利かせるのに、男は声を立てずに息を呑んだ。目ばかりぎょろぎょろさせて、バルカ、ギャティ、リヒャルティの3人を落ち着きなく見つめる。こうまで言われては、失神するわけにもいくまい。
「何もはなっから斬るたあ言ってねえだろ? 答えりゃいいんだよ、グードスはどこにいる?」
「グ、グードス?」
「そうだ。アギャンのグードスだよっ」
「あ、ああ! ああ!」
リヒャルティが苛つくのに、男は必要以上に何度も頷いた。ふと思いついたように狡そうな表情になって、
「それを教えたら、助けてくれるか?」
「どっちが訊いてるのかがわかってねえな、お前って奴は、よ!」
「ひっ」
リヒャルティの右手が一閃した。男が身を竦めて目を閉じ、やがて恐る恐る目を開ける。同時に、ぱらりと上衣の胸元が三角に切られて垂れ下がり、男は喉を締め上げられたような声を立てた。
「次はお前の皮一枚だぞ」
「あ、あい…あの方はっ!」
男は不意に素直になった。あいつと言いかけて言い直す。
「あの方はっ、このっ、この地下っ、地下牢っ、牢っでございっございっございっますっ」
「最初から、そう言やいいんだよ」
チン、と軽い音を立ててリヒャルティは剣を収めた。気力も何も枯れ果ててぐったりする男を振り返りもせず、走り出す。バルカとギャティが付き従う。
元々アギャン公の屋敷にある地下牢は、牢とは言っても平和な治世では必要がないと豆やラク麦などの食料を積み貯めるために使っていたもので、それをカルキュイが治めるに当たって牢として復活させたらしい。急場凌ぎのものだったのは明らか、ふさわしい見張りの待機部屋もなければ、番人が守るべき外扉もない。建物自体の守りを倒せば、あとは簡単なことだった。
「ここの守りは?」
「17名」
「後の5名は……来たっ!」
「やっぱりアギャン兵士じゃねえな。バルカ! ギャティ!」
「はっ!」
「はいっ!」
前方から打ち掛かってくる5人に、バルカとギャティがさっと分かれて迎え撃つ。2人が敵を引きつけている隙に、リヒャルティが間を走り抜けていく。はしこい彼の眼が駆け抜けざまにすれ違った男の腰の鍵束に気づかぬわけもなく、剣を一閃、鍵束を吊った革ベルトを断ち切って跳ね上げ、手中に納める。
「へへっ、いただくぜ!」
「っ、このっ!」
男の声を背後に階段を駆け下り、一番奥にあった扉に辿り着いたリヒャルティは、落ち着いて鍵を1つ1つ鍵穴に合わせ始めた。ほどなく、鈍い金色の複雑な形の鍵が収まり、くるりと回る。




