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「イリオール?」
抱えた体から力が抜け、くたくたと膝に崩れ落ち、そのまま眠りについてしまったイリオールを、ユーノはそっと揺さぶってみた。だが、よほど深く眠り込んだのだろう、身動きひとつしない。
「…っしょ、っと」
そっと抱え上げて、ベッドへ運ぶ。かなり大きな泣き声だったはずだが、レスファートも目を覚ましていないのを確かめ、その隣に横たえる。このままで一晩起きそうにない。
(まあいいか)
昼間私は寝たし。
細い体に毛布をかけ、呟いてイリオールを見下ろした。
(何があったんだろう)
普通の少年とはどこか違う。時々どきりとするほど艶かしい仕草をするのに、こんな風にまるっきり子どものようなところもある。
(こんなに泣きじゃくって……よっぽど辛いことがあったのかな)
イリオールの頬を汚している涙の跡を指先で拭い取ってやる。眉を寄せることもない、安心しきって眠っている姿に、ふとユーノの胸が痛んだ。
(ねえ、イリオール)
知っているかい。
胸の中で静かに話しかける。
(そんな風に眠れる所が欲しかったのは、私なんだよ)
剣の切っ先に怯えることも傷に呻くこともなく、ただひたすらに夢の国を旅する眠り。
それが、ずっと欲しかった。
哀しいかな、それを得る前に、ユーノはそんな夜に耐えられるようになってしまったし、1人で敵を待つことにも慣れた。
(きっと強すぎるんだろうな、そういうものを望むには)
けれども時折、こんな無防備な光景に出くわすと、自分の強さがひどく悲しくなってしまう。
まるで初めから1人で生きることを定められているような気がして。魂を裂いて、この世に送られたと言うもう1人の運命の人が、自分には最初からいない気がして。
(きっと私は1人で2人分合わせ持って生まれてきてしまったんだ)
誰かに護られるよりは誰かを護るために。優しい眠りを与えられるよりは、安らかな眠りを与えるために。
そう言う定めに生まれついているのだろう。
「…」
小さく溜息をつく。
(護りたいのは……アシャ)
できることなら、体に流れる全ての血を流し尽くしても。
果てにユーノを待っているものはわかりすぎるほどわかりきっているのだが。
(姉さまとアシャの結婚式、カザディノの爪にギヌアの牙、『運命』の暗い操り糸の網…)
ユーノは窓の外へ目を向けた。
陽はいつしか暮れ切っている。レスファートの隣で手足を縮めて丸くなっているイリオールに気づき、そっと掛物をかけた。一瞬眉根を寄せたイリオールはすぐに再びくうくうと寝息を立て始める。
2人の眠りが深くなっていくのを確かめて、ユーノは部屋の外へ忍び出た。香りに誘われて、夜に沈む花苑に踏み込む。
『月光花』と異名を取りながら、夜の間は花弁を畳み眠りに落ちるラフレス、可憐な色を開き続けるライク、深い芳香があたりの空間を満たしている。天蓋の一辺、下縁に残った薄紫は頭上へ移るに従って濃さを増し、気の早い星々がぽつりぽつりと心細げに瞬いている。
「…神よ…」
じっと宙天奥深い所を見つめていたユーノは微かに呟いた。
「ラズーンの神々よ」
神はいない。
伝説の星は去り、地には激動のみが残されている。
それでもユーノは、何か、人智を超えた何かに祈りたかった。
遠いセレドにいる父母にセアラ、ミダス公屋敷にいるリディノにレアナ、レスファートにイルファ、そしてただただ護りたい大切なアシャ。
それら全ての人々を護り切るためには、ユーノの手はあまりにもか細く、ユーノの生命はあまりにもちっぽけなものに思えた。事実、これから正面切って『運命』とぶつかることになれば、ユーノの命なぞはいつ消し飛ぶか知れたものではない。
だからこそ、『助け』が欲しかった。
「…哀れみをもって…」
低く掠れた声が溢れる。泣いているような響きの声だと感じる。
「みんなを……アシャを………護り給え…」
祈りを捧げる形式も知らない。ただ願う、一つのことを。
「成ろう事なら…」
髪が吹き寄せた風に乱されて目元を覆う。滲みかけたものを散らす容赦のない冷たい空気、剣の柄にかけた手を固く握り締める。
「この命を代償に…」
呟いて、ユーノは頼りなく笑った。
もう一度、繰り返す。
「…成ろう事なら……この命だけを…代償に…」




