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第115話:協力者

 

「いや、今来たばかりだ。今回は集まってくれてありがとう」

 礼を言うと、ラスプッチンが首を振った。

「いやいや、礼を言うのはこっちだ。フィスト殿には大きな恩があるからな。借りを返せるチャンスなんだ、当然、力になるさ」

「そうそう。フィストのお陰で、今の俺達の性活があるんだ」

「できることは限られるかもしれないが、何でも言ってみてくれ」

 リチャードとジョンも力強く頷いてくれる。

 とりあえず、全員分の飲み物等を注文してから話をすることにした。

「しかし、スレは酷いことになったな」

「あー。すまんな。最初から名乗って全部説明すればよかったんだが」

 面白そうに言うジョンに謝っておく。

 コーネルさんの所を出る前に、俺は1つお願いをしておいた。それは、プレイヤーへの性病用ポーションの販売停止だ。夜華通りスレの名と俺のレス番と通り名を、日本語でメモしておき、異邦人が性病用ポーションを買いに来たら、販売拒否した上でそのメモを見せてくれと頼んでおいたのだ。

 結果、それに引っ掛かったプレイヤーが夜華通りスレに飛び込んでその事実を書き込み、騒ぎになった。連中にしてみたら大問題だからな。

「いや、多分、最初から名乗ってても信じなかったんじゃないか? そもそも、自分の名を出されるのを嫌がってる本人が、その手のスレに降臨するなんて誰も思わんさ。販売停止の情報が出る前だったら、俺も信じてなかったよ」

 そう言ってくれたのはリチャードだ。現時点で性病用ポーションを作れると知られてるのは、プレイヤーでは俺だけで、ポーションは俺と繋がりのあるコーネルさんの所でしか販売してない。販売を止めることができるプレイヤーは俺だけだ。

「まあ、連中にはいい薬だろう。大体、薬があるからって無警戒に遊ぶのが間違いだ」

 ラスプッチン達がしたり顔で頷き合っているが、お前らだってポーションができる前はそうだったろうに。

「お前らが言うな、という顔だなフィスト殿?」

 表情に出てたのか、こちらを見て意味ありげにラスプッチンが笑う。

「モルモットだった俺達が言っても説得力はないかもしれんが、販売開始されてからは、俺達は誰ももらっていないからな」

「それどころか、自分にポーションを使ったことがない。俺達は学習したんだよ」

 リチャードとジョンも似たような笑みを浮かべた。どういうことだ?

「つまりこうだ、フィスト殿。たとえ嬢が病気でも、治してしまえば問題ない」

「及ぶ前に、嬢に複数のポーション飲ませてるのか? それ、無駄な出費だろ」

「いやいや。病気なのが確かな嬢に、病気に対応したポーションだけ飲ませるんだ」

 いや、何でそんなことができるんだよ。そもそも、病気かどうかをどうやって――

「まさか【診断】スキルか?」

 俺がつい先日修得した、病気を特定するスキルを思い出す。使いどころがないという外れスキル扱いのあれを修得してるって言うのか?

「そのとおり。あれを使えば安全を確認できるからな」

「ポーションで治療してやれば恩も売れるし、店によっては健康診断してやったらサービスしてくれたりもする」

「特に街娼は、健康管理が甘かったりするしな。教えてやった上に治療までしてやると大層喜んでもらえる」

 ドヤ顔でモルモット共が胸を張る。修得理由がくだらない上に全員顔がいいからウザさが割増だな。というかこいつら、本当にGAOを楽しんでるよな。性的な意味限定で、ってのがアレだけど。

 くだらない話をしている内にフィーネが注文の品を持ってきたので一旦黙る。

 彼女が立ち去ったのを見届けてから、ラスプッチンが口を開いた。

「とりあえず話は掲示板のレスで把握した。酷いことをする奴がいたものだ。あれから有力な情報は?」

「いや、店に侵入した奴については足取りが途絶えた。だから、有力な情報は今のところ全くない。そっちはどうだ?」

 問いを返すと、ラスプッチンがストレージからメモを取り出す。

「夜華通りで病気関連の話題は今のところ聞かないな。その他に気になる情報は……娼婦の数が減った、ってことくらいか。正確には、街娼が減った」

「店舗型の娼婦の行方不明も聞いたな。思い当たる節が全くないってことで、同じ店の嬢が心配してた」

「俺が知ってる街娼も最近姿を見なくなった。街娼仲間も心当たりはないそうだ。そんな感じで、最近の夜華通りは雰囲気が暗くなりつつあるな」

 ジョンとリチャードも似たような情報を口にする。

 娼婦が行方不明、か。エルカが攫われかけた件が頭をよぎった。病気云々よりも、そっちの方が話題としては大きいな。

「分かった。それじゃスレでも言ったが、今後何か情報が入れば知らせてくれ。情報料は払う。それから、領収書を出せとまでは言わないから、経費が掛かったら控えておいてくれ。個人的な見解だと、夜華通りの関係者の犯行である可能性が高いから、聞き込みとかは慎重にな」

 自分の酒を空にして席を立つ。

「とりあえず前金としちゃ安いが、今回のここの飲食代は俺持ちだ。よろしく頼む」

「フィスト殿はこれから何を?」

「今回の件で、別に人と会う約束があってな。そっちへ行く」

 ラスプッチンにそう答えてから、フィーネを捕まえて纏まった代金を渡しておく。フィーネはツケでいいと言ってくれたが、次に来るのがいつになるか分からんからな。

 

 

 

「久しいな、フィスト」

「お久しぶりー」

 転移門が設置されている建物から、懐かしい顔が現れた。スウェインとウェナだ。

「ご無沙汰。ってウェナ、服装変えたか?」

 彼女の恰好を見て尋ねる。防具の革胸甲は変わらないが、以前はへそ丸出しでホットパンツといった軽装だった。それが今は普通にシャツを着て腹も出していないし、下も長ズボンだ。

「うん。スウェインが、あまり人前で肌を晒すななんて言うから~」

 クネクネしながらウェナが言うが、

「ぶっちゃけ、ゾンビ汁を直接肌に浴びたくないだけだ」

 と、隣のスウェインが溜息1つ。あー、納得した。そりゃ嫌だわ。

「で、用件は昨日チャットで話したとおりだ。よろしく頼む」

「ああ。フィストが我々を頼ってくれるのは嬉しい。少しでも借りを返したいからな」

「でも報酬もらうから、貸し借りは変わらないよねー」

「それを言うな。フィストが提示した報酬は、今後の我々に必要な物だ」

 ウェナの茶々にスウェインが目を細めた。

 今回の協力依頼で俺が提示した報酬は、カミラから入手したレシピで作った強力消臭剤と、それを利用した防臭マスクの提供だ。現金も持ち掛けたんだがそちらはもらいすぎになるからと辞退された。ルーク達にとっては、現金よりもアンデッドダンジョン攻略に使えるであろう悪臭対策装備の方が重要というわけだ。ツヴァンドからの転移門使用料も、買い物のついでだと言って受け取ってもらえなかったし。

 マスクの方はコスプレ屋へ発注している。俺が直接関わるわけじゃないが、概要は話してあるのでシザー達なら上手く作るだろう。森絹のドレスのこともあるし、そろそろ顔を合わせていてもいい頃だしな。

「で、ダンジョンの攻略状況はどんな感じだ?」

「15階層までは到達した。下層は更に続いている。アンデッドの強さの推移を見るに、まだ安全を確保したまま潜れそうだ」

「他のプレイヤー達は?」

「ほとんど見ないな。上層部でたまに見かける程度だ」

「下層に行く程にトラップも増えてきたしね。罠に気付かず死に戻りして、それ以上進めなくなるパーティーも多いみたい。結構えげつない仕掛け方をされてたりもするし」

 あー。テーブルトーカーなら、ダンジョンなんて罠があること前提で進むもんだろうけど、テレビゲームのRPGしかしたことないプレイヤーだと、フロアの罠を探しながら進んで、罠があったら解除する、って発想がしにくいのかもしれない。罠って言うとダメージ覚悟で突っ切るもんだと思ってる奴も友人にはいたっけ。罠の発見や解除ができるゲームもあったような気もするんだがな。

「まあ、それはいいんだけどさ。それをどうにかするのがボクの役目だから。ただ、あの環境だけはねぇ……」

 ウェナの表情が、アンデッドダンジョンの環境の過酷さを物語っている。特に【シルバーブレード】は、倫理コードも解除してる関係で、グロ描写も半端ないはずだしな。

「そういうわけで、今はラーサーさんの所で休暇中。フィストの呼びかけは、ちょうどいいタイミングだったよ。気分転換になるしさ」

「そうか。ラーサーさんの所とアンデッドダンジョンの往復だけだと、気が滅入りそうだな」

 特にルーク。ダンジョン攻略と修行の繰り返しにしかならないだろうし。あと【シルバーブレード】には料理のできる人がいないってのもあるか。メシとかどうしてるんだろうか。

「でも、まさかフィストがシティアドに巻き込まれてるなんてね。フィストの活動方針だと、特定の獲物を狩るクエストとかの方が似合いそうなのに」

「それは俺も同感だ」

 今のところ、指名を受けて獲物を狩るような話は一度もない。どこかの金持ちの美食家が、美味い稀少食材の調達を依頼してくれたりしないものかな。報酬はその一部、みたいなやつで。

「ま、それでもさ。今回の依頼はフィストにとってもおいしいんじゃない?」

 ニヤリとウェナが笑う。

「高級娼館の綺麗どころとの一夜を報酬に、とかできるんじゃないの?」

「そういう流れになりそうだったから、メシを食わせろで封じた」

「えー? そこは酒池肉林コースを所望するところでしょ? ひょっとしてフィストって枯れてる?」

「おいスウェイン。ウェナ、溜まってるっぽいぞ? 恋人ならちゃんと可愛がってやれ。こっちなら命中の心配もないだろうに」

「からかいの虫が騒いでいるだけだ。そちら方面は適度に行っている」

 冷静にスウェインが答えた。にゃはー、と顔を赤らめながらウェナが悶える。うん、話を振っておいて勝手を言うが、爆発しろお前ら。

「あ、それとも」

 我に返って、ニヤニヤ笑いながらウェナが言ってくる。

「彼女にバレるとまずいから、ってこと?」

「彼女? 誰だそれ?」

「え? フィストが爆乳金髪美人を釣り上げた、って聞いたんだけど、違うの?」

 誰だよ? いや、俺の知り合い限定なら、すぐにニクスが浮かんだけどさ。

「新人の世話のことを言ってるなら見当違いだな。それ言ってたのレディンか?」

「うん」

 やっぱりか。あの野郎、今度会ったらアイアンクローと『1人だけ粗食の刑』だ。団員達が豪華なメシを食っている中、1人だけ冷たい薄塩味麦粥と冷めて固くなっためざしを正座で食わせてやる。

「ま、馬鹿話はともかく、そろそろ動いてくれ。費用は後で精算する」

「りょーかいっ。それじゃ行ってくるね」

「ウェナ、気をつけてな」

「うんっ!」

 スウェインの気遣いに元気よく返事をして、ウェナは去って行った。

 彼女に頼んだのは情報収集だ。それもラスプッチン達とは別方面。つまり『裏』の。GAOに盗賊ギルドが存在するかどうかは知らないが、情報のツテはあるとのことだったので頼んだ。

「じゃ、俺達も行くか」

 スウェインを連れて、俺も目的地へと向かう。

 

 

 

 着いたのはドラードの衛兵詰め所。ここに来た理由は、エルカを誘拐しようとしたゴロツキ共に聞きたいことがあるからだ。正確には、連中が今回の件に関わりがあるのかどうかの確認だ。

 詰め所にいた衛兵さんに責任者を呼んでもらい、事前に準備してもらっていたエド様からの指令書を渡す。内容を確認した隊長さんは、疑問を持った様子もなく俺達を詰め所の奥に入れてくれた。

「用意のいいことだな」

「必要だったからな」

 感心するスウェインにはそう言っておく。

 普通なら、逮捕されている犯罪者に会ったり状況を聞いたり等は無理だ。詰め所の衛兵さんと個人的な付き合いがあれば別だったかもだが、個人的な知り合いはいないし、これはバレたら多分問題になるだろうし。

 そこでコネクションの発動ということで、エド様を訪ねた。

 今回の件、エド様にだけは【宝石の花】で起きたことを全て正直に話してある。カミラにも了解を得て、だ。

 歓楽街の治安低下はエド様としても望むところではないだろう。そこに、得体の知れない毒が関わっているとなれば尚更だ。

 そういうわけで事情を話した結果、エド様は色々と協力を約束してくれた。これで借りが1つできてしまった。お偉いさんにはあまり借りを作りたくないんだが、これがないと始められないんだから仕方ない。

 美味い食事を御馳走になるために、やれることをやっていこう。

 



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