第114話:報酬
カミラが作った解毒剤は期待した効果を発揮した。一番症状が重かったアンジェラも、ギリギリ間に合ったようだ。ただ、発疹が出た娘達はそちらのケアをする必要があるとのこと。まあそれはカミラの領分だし、ちゃんと元通りになるそうなので一安心だ。
薬膳というか薬草料理もケアの一助となるらしい。これを食べると治癒力とか抵抗力が向上するんだそうだ。ただ、完成した料理のステータスにはバフ効果は表示されていなかった。急激なステータス上昇が見込める物ではないようだ。
そういう効果のある料理も作れるのかと聞いてみたら、なんと作れるらしい。ただ、反動があるので使いどころを間違えると危険だそうだ。そもそも、料理でバフをするなら魔術等を使った方が安全だと言われてしまった。
あ、薬草料理は俺もいただいたが、思ったより美味かった。病み上がり向けだったらしく、薄味だったのが残念だったが。
で、解毒が終わり、食事も食べさせて、一段落した後。
「改めて、礼を言わせてもらう。こちらを受け取ってくれ」
カミラの部屋で、今回の礼を受け取る。提供した薬草類の代金。調薬の手伝い賃。それに加えて強力消臭剤のレシピだ。これは今回の助力全般の報酬としてもらった。
「しかし、本当に消臭剤の製法だけでいいのか? 金なら纏まった額を出せるが」
「いや、これでいい。有用な情報ももらえたし、俺が持ってる消臭剤だと、ちょっと力不足でな」
実は以前、作った消臭剤をルーク達に渡していたんだが、アンデッドダンジョンの悪臭には効果が薄かったらしいのだ。そんなわけで、カミラが強力消臭剤のレシピを知っていると聞いて教えてもらった。それに、これがあればアンデッドダンジョンの挑戦者が増えるかもしれないし、そうなれば俺に利益も出るからな。
薬草料理のレシピも教えてもらおうかと考えたが、継続して食べないと効果はなさそうだったので外した。
「ふむ。お前がそれでいいと言うなら構わんが」
「それよりも、だ」
受け取ったレシピと金を収納して、姿勢を正し、まっすぐにカミラを見る。
「今回の件、何か心当たりはないのか?」
「ない、な」
娼婦達に毒を盛られたのだ。狙う方には理由があるはずだが、狙われている方にはそれが分からないと言う。
「この店は客層が限られる。他の店と競合しているわけでもない。周辺に他の高級店はあるが、それらはそれらでしっかり客が回っているからな。だから商売敵がいる、という認識は私にはない。他店がどう思っているかは知らんが」
腕を組み、カミラが息を吐いた。
初めて会った時とは違い、今のカミラは服を着替えている。現実のオクトーバーフェストとかで女性が着てる、ディアンドルに酷似した服だ。ブラウスの襟ぐりは開いていないが、ニクス並の重量物が搭載されているのでかなり強調されて見えてしまう。いや、眼福。違う、そうじゃない。
「だが、この店に不名誉を押しつけようってやり口だ。商売敵の線がないなら、店で起きた怨恨絡みってことか?」
凶器をなるべく視界に入れないようにして、話を続ける。
「エルカが襲われたことだって、ひょっとしたら今回の件と関わりがあるかもしれない。そっちの心当たりはないのか?」
「それも、ないな。先程も言ったが、この店は客層が限られる。記憶に残る限りでは、逆恨みをされるような事件も起きていない」
本当に心当たりがないんだな。しかしそうなると、ここまでする動機って何だ? 可能性があるとすれば、商売敵だと勝手に思い込んでる奴の妨害工作だろうか?
「手掛かりなし、か。どこから手を着けるかな」
何かしらあるなら、そこから調査できると思うんだが。
「フィスト、1つ尋ねるが」
「何だ?」
「お前、これからもこの件に関わるつもりか?」
そう言われて、そのつもりで色々と考えていることに気付いた。そうだよな、はっきり言えば、エルカを送り届けた時点で特に用もないし、関わる理由もなかった。困っている怪我人を1人だけ残してさようならなんてできなかったし、手伝えることがあったから、その後も手伝った。解毒剤を作るために助力もできたし、それで一応は完結してる。
じゃあ、これ以上関わる必要があるだろうか? それ以前に、役立てることがあるだろうか?
「そっちがきっちりカタを付ける当てがあるなら、俺の出番はないんだろうな」
それにここからは、どっちかというと調査の類がメインになる。メタなことを言うなら、シティアドベンチャーは苦手な部類なんだよな。TRPGでもスカウト系はほとんどプレイしたことないし。
「ただ、気になって仕方がない、ってのはある」
できることがあるかどうかは別にして、関わった以上は最後まで見届けたいという気持ちがあるのも確かだ。ただ、それは俺の我が儘でしかない。
結局のところは、カミラがどう判断するか、だ。
「そうだな……今のところ、こちらから打てる手はない。せいぜい、衛兵に巡回の強化を頼むことくらいだろう。実際、毒のことは現時点では伏せておくとして、私とエルカが襲われたのは事実だ」
「襲われた? カミラもか?」
「旅先で、私を攫おうと襲ってきた輩がいてな。予定より早く帰ってきたのもそれが理由だ。こんなことなら、何人かは生かして色々と聞き出しておくべきだった」
「そいつら、どんな連中だった? そっち系の稼業か?」
「いや、単なるゴロツキだな。魔術師1人、取り押さえることができない雑魚だ」
ふん、とカミラが鼻で笑う。いや、それはお前が並の魔術師だったら、の話だろう。きっちり全員、始末できるだけの力量があるんだし。
「娼婦を使い物にならないようにする一方で、攫う動きもある、か。行動に一貫性がないな」
「繋がっているのではなく、まったくの偶然の可能性もあるがな。エルカの方は、あの娘だから狙ったのか、誰でもよかったのかで話が変わってくる」
「そちらの方は、どうなんだ?」
「分からん。街の外で伏せていたが、私だったからなのか、女なら誰でもよかったのかは不明だな。後者なら、狙うならもっと若い娘がいるだろうに」
カミラはそう言って肩をすくめる。カミラの外見は20代後半から30代に入るかといったところで、GAO内では適齢期を過ぎているらしい年齢だ。言いたいことは分からんでもないが。
「それだけの美貌だ。狙われるのも仕方ないだろ」
カミラは美人だしスタイルも抜群だ。男性プレイヤーなら、年齢なんてまったく気にせず声を掛けるだろう。その手の連中が多いのは、ニクスと出会った時に生息を確認済だ。住人をナンパするプレイヤーもいるらしいし。
「……それはひょっとして、口説いているのか?」
目を瞬かせた後で、妖艶に笑うカミラ。さすがは娼婦達の親玉、と言えばいいんだろうか。ぞくっとした。
「事実を述べただけだ。その気はない」
が、娼婦を口説き落とせるなんて思っちゃいないし、それができる程の引き出しもない。そもそも、そんな気は起きない。あちらだって、そういう客のあしらい方は心得てるだろう。
「それはそれで複雑な気分だな」
一瞬だけ眉をひそめて、さて、とカミラが居住まいを正す。
「真面目な話をしよう。現在、この店が狙われているという状況は変わっていない。館の警備という意味ではリビングメイルもあるが、人手が欲しいところだな……それも、解決のための手掛かりを探すことも含め、信頼できる腕利きをだ」
じっ、と紅い瞳がこちらへ向けられる。何が言いたいのかは明白だった。
「俺はともかく、相棒は頼りになる。俺は常駐できないから、ここの警戒は彼女に頼んでみる。俺は、そうだな……犯人捜しも含めて、外回り担当だ。それでいいか?」
「よろしく頼む。もしも情報収集に人手が必要なら、お前の判断で雇ってもらっていい。その分の報酬も用意しよう。必要な経費があれば、それも出す」
随分と太っ腹だな。と言っても、人手の当てはあちら次第なんだが。情報収集に金が必要なら、その時に出してもらうか。
「で、お前への報酬だが、誰がいい?」
涼しい顔でカミラが聞いてくる。何が、じゃなくて、誰が、ってどういうことだ?
「現金報酬の方は10万出そう。それに加えて、誰に相手をして欲しい? 一通り、会ってはいるだろう?」
「おい……」
「ここは、そういう店だからな。あの娘達にとって、お前は直接の恩人でもある。下手をしたら娼婦どころか女として終わるところだったのだ。自ら礼をしたいと思う者は多かろう」
頬が引きつるのが分かる。カミラの方は楽しそうに笑っていた。
「どうした、うちの娘達に何か不満でも?」
「いや、不満なんて何もないが……」
そもそも不満が出る程の付き合いがないし、外見だけなら全員文句の付けようがないレベルだ。あれ程の美姫達と一晩付き合えるなら、色事系スレの住人なら誰でも飛びつくだろう。俺だって興味が皆無、ってわけじゃないんだ。でも後始末の問題がなぁ。
「遠慮することはないぞ? 1人で不満なら何人でも構わんが」
クククとカミラが肩を震わせる。こ、こいつ俺の反応を楽しんでやがる……
その気はないが、やられっぱなしは癪なので、ささやかな反撃を試みることにした。
「じゃあ、カミラで」
カミラがピタリと止まった。完全に想定外だったと見える。
「……正気か?」
何を企んでいるんだとばかりに訝しげな表情を見せるカミラ。正気か、とは随分だな。その反応は予想外だった。ここの嬢達は誰もがハイレベルだが、カミラ自身は決して彼女らに劣るものじゃないってのに。
「……駄目、か?」
声のトーンを落とし、残念そうに言ってやる。さて、どう出るかね?
「……私は、客を取っていないのだが、な……」
困ったように、しかしそれだけではない複雑な表情でカミラが溜息を漏らす。よし、ここだ。頷かれても困る。
「せっかく美味い料理が食えると思ったんだがな」
意地悪い笑みを作って仕上げの言葉を放つと、美姫が凍りついた。
「エルカを助けた礼に、料理を振る舞ってもらうことになっててな。カミラは料理ができるようだし、同じように御馳走してくれたら、と思ったんだが」
再びカミラの肩が震え始める。顔が若干赤いのは羞恥のせいか怒りのせいか。人を散々からかった罰だよ。俺は笑みを崩さぬまま、答えを待つ。
「……いいだろう、これ以上ない程の美味を、振る舞ってやろうではないか」
「決まりだな」
獰猛、としか言いようがないカミラの笑顔が気になったが、契約は成立した。
ログイン111回目。
とりあえず契約成立時点で、クインに侵入者の匂いを追ってもらったが、これは下水道への入口で途切れていた。さすがに相手も甘くなかったようだ。心得ている、と言ってもいい。あまり期待はしてなかったからいいけどな。
そういうわけで、今日は待ち合わせがあるのでそちらへと向かう。指定しておいた場所は狩猟ギルドの直営食堂だ。
「いらっしゃい! あら、フィストじゃない」
「フィーネ。奥の席、空いてるか?」
従業員のフィーネに尋ねると、親指を立てて奥を指した。俺がこの店に来た時によく使う席だ。今日はクインを【宝石の花】に残しているので、奥でなくても問題はないが、人目に付きにくいからそこを使わせてもらおう。
「ところで金塊エビ、入ったか?」
「残念ながらまだよ。今日は何にする?」
「蒸留酒と、適当につまむ物を」
注文をして席に着く。運ばれた酒をちびちびとやっていると、待ち人がやって来た。数は3人。全員が、フード付きマントを纏っている。
3人は俺に気付くと近付いてきて、同じテーブルに座った。
「待たせたか、フィスト殿」
全員がフードを脱ぐ。その下にあったのは見知った顔だ。とは言え、顔を合わせた回数は1度か2度でしかないが。
声を掛けてきたのは茶髪のロン毛をした優男。名をラスプッチンと言う。銀髪の美形がリチャードで、黒い短髪のハンサムがジョン。
全員、性病用ポーションの被験者になってくれたプレイヤーだった。




