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第113話:錬金薬

 

 

「姐さん、どうしてっ!?」

 ロビーに出てきたエルカが驚きの表情でカミラを見た。戻ってくるのは明日、そう聞いていたから、俺も何故カミラが今ここにいるのかは気になる。

「気になることが起きてな。それで予定より早く戻って来た。それより、休業中に部外者を招き入れるとは何があった?」

「あ、フィストは私を助けてくれて……それより大変なんです! 姐さん、すぐにみんなを診てください! 毒でみんなが!」

「毒、だと?」

 エルカの言葉に目を細め、カミラが俺を見た。

「エルカ以外の全員、毒を盛られた可能性がある。多分これじゃないか、って毒までは辿り着いたが、確証がない」

「何という毒だ?」

「《淫奔の代償》って言われる錬金毒だ」

 こちらの推測を告げると、女主人が渋面を作った。

「症状がソムジェスと同じ、そういうことだな? 今、一番症状が重たいのは誰だ?」

「アンジェラです。みんなはそれぞれの部屋に」

 エルカの言葉が終わる前に、カミラが動き出した。それをエルカが追いかける。

 カミラ、毒の名前で症状まで言い当てたな。錬金毒の知識があるのか。ということは、彼女は解毒剤も作れるかもしれない。

 俺もアンジェラの部屋へと向かう。

 アンジェラの症状は、最後に俺が見た時よりも進んでいるようだ。発疹が大きくなっているし数も増えていた。

「間違いない、症状が軽いが《淫奔の代償》だ」

 アンジェラを見て、カミラは断言した。でも、症状が軽いってのは?

「アンジェラの体調が崩れたのがいつか、把握しているか?」

 カミラが俺に問う。エルカが聞き取りをしてくれた限りだと、一昨日の晩のはずだ。それを答えると、

「そうか。ソムジェスは潜伏期間が長いからな。私が外出前に確認した時には完全に健康体だったこの娘達が、今の段階でこの症状が出ることは有り得ん。そして《淫奔の代償》の方だが、一昨日の晩から症状が出始めたなら、既に全身から膿が噴き出していなければおかしい。恐らく、井戸か貯水槽に毒を投げ込んだのだろうが、薄まることによる効果低下の調整を誤ったな。この錬金毒は濃度が強いとそれだけ効果が早く現れるが、それではソムジェスだと主張するのが難しくなる。作り方は知っていても運用の経験は少ないのだろう。お陰でこちらは助かったがな」

 病気の症状との比較を交えながら、カミラが毒の効果等を説明してくれた。そういや症状だけ確認して、具体的な特性までじっくり目を通してなかった。しかし現状を見ただけでそこまで察することができるのか。

「経路は多分それで合ってる。クイン――俺の相棒が、井戸の小屋の中と貯水槽の鍵から、侵入者の匂いを見つけてるからな」

「ならば間違いあるまい。しかし、お前がこの手の毒物を知っているとはな」

「偶然読んだ書物に載ってたのをうっすら覚えててな。それだけだ」

 カミラが面白そうに俺を見るが、結局、解決策そのものを自分で用意できなかったからな。そこは残念なところだ。まあ、何でもできるわけじゃないから仕方ないんだけども。だから今回はカミラに期待するしかない。

「姐さん、アンジェラは、みんなは、助かるんですか?」

「解毒剤の作り方は知っている」

 縋るようなエルカの問いに、カミラが答えた。しかし、だがと続く。

「いくつか足りない素材がある。それらを入手しなくてはならないが、敵……そう、敵と言い切ってしまうが、そいつが、我々の助かる可能性をそのまま残しているかが問題だな。素材を押さえられていたら打つ手がない」

 敵、か。つまり今回の事態を引き起こした奴が、こちらの対策をどこまで読んでいるかってことだな。症状が錬金毒によるものだと見破られた場合、当然解毒剤を手配しようとする。こちら側の人脈を把握できていれば別だが、それが無理なら、解毒剤を作れないようにするためには素材を封じるしかない。

 でも、今回はそれをされても問題ない。何故なら、アインファストで素材を全部入手してるからだ。

「俺が入手した解毒剤のレシピに使う素材なら全部あるから、カミラが知っている物と同じなら使ってくれ」

 レシピが違うと問題だが、特殊な毒の解毒剤だ。そう何種類も違うレシピが存在するとは思えない。大丈夫なはずだ。

「それは助かる。お前の買値以上の値で買い取らせてもらおう」

 俺の申し出にカミラは頷き、

「それから、作業を手伝ってもらえるか?」

 意外な言葉を続けた。

「調薬はできるのだろう? 素材の処理などを手伝ってくれ。私が全部1人でするよりは時間の短縮ができる。毒の効果が低くなっていても、治療は早々に行う方がいいからな」

「どうして、俺が調薬できるって思ったんだ?」

「錬金毒が載っているような書物を、調薬の技術を持たない者がわざわざ読むわけがない」

 カミラは言い切った。確かにその関連で見繕った本に載ってたんだけどさ。【調薬】スキルを持ってなかったら、興味すら持たなかっただろうことは間違いない。

「俺にできることがあるなら協力するよ」

「決まりだな。エルカ、皆の看病を頼んだぞ。フィストはこっちだ」

 カミラの後に続く。さて、俺で役に立てるんだろうかね。

 

 

 

 案内された部屋であるカミラの私室は、今までに入った部屋と似た造りだったが、調度品は多くなかった。館の主の私室にしては質素だな。他の部屋にあったソファはなく、テーブルと椅子が中央に置かれている。別の部屋へと続くドアが左右に1つずつあるのが、リディ達の部屋と違うところだ。

 そしてもう1つ、この部屋の特徴がある。匂いだ。花を飾っているわけでもなければ香炉があるわけでもない。香水や香の匂いじゃなく、薬草系の匂いだ。不快に思わないのは俺が調薬をやるからだろうか。

「気になるか?」

「少しな。別に嫌なわけじゃなくて、何となく落ち着く匂いだ」

 問いに答えた後で、女性の部屋の匂いを意識して嗅いでいたということに気付き、反省する。彼女に気にした様子はないが。

「でもこれだけの匂いがするってことは、調薬用の部屋があるのか?」

「ああ。作業はそちらで行う」

 カミラが右側のドアを開けると、その向こうに調薬用の機材が見えた。

「こりゃすごいな」

 部屋に入るとその充実した機材に驚いた。釜や大鍋、乳鉢や薬研といったお馴染みの物はともかくとして、いくつものフラスコや蒸留器っぽい物まである。棚には瓶や木箱が無数に並んでいた。薬草が入った物だろう。結構な数だな。普通の調薬店以上の設備じゃないかこれ? 娼館の中にあるのがとても場違いに思える。これだけの機材を使いこなすのであれば、カミラは腕の立つ調薬師なんだろう。

「素材をそちらのテーブルに出してくれ」

 旅用のマントを部屋の端に放り投げながら、カミラがテーブルを指した。俺は【空間収納】から必要な素材を出していく。調合失敗を見込んで買い込んでおいたから、かなりの量だ。種類も多いし。

「これで全部だ。足りない素材があるか?」

「いや、揃っている。質も量も十分だ。どこで調達した?」

 素材を1つ1つ確認し、選り分けながらカミラが聞いてくる。

「アインファストに、懇意にしてる薬剤店があってな。そこで扱ってなかった物は、調薬師ギルド経由で揃えてもらった」

「そうか、いい手蔓があるのだな」

 しばらくすると選別が終わる。

「フィスト、こちらに纏めた素材を、こちらから順に全て磨り潰してくれ。終わったら次の指示を出す」

 それらを指しながら言うと、カミラは自分が処理する素材を持って別のテーブルへと移動する。

 俺は俺にできることをやろう。

 

 

 レシピをざっと眺めた時には気付かなかったが、作業量がとんでもなかった。ただでさえ多くの種類の素材を必要とするのだから当然だ。しかも以前コーネルさんを手伝った時と違って、素材の大きさも硬さもそれぞれだ。傷癒草だけを磨り潰していたあの時とは労力も違う。

「カミラ、こっちは終わったぞ」

「そうか。ではバラスに魔力浸透の処置を頼む」

 作業の終了を告げると、カミラが次の指示を出した。だが、それは俺には無理だ。

「すまないが、俺は【錬金術】は使えない。魔力浸透と言われても、どうすればいいんだ?」

「【魔力制御】は?」

「そちらは使える」

「ならばそれでいい。自身の魔力を解放して、それで素材を包め。素材の色が人肌ほどまでに変わったら完了だ」

「……【魔力制御】で代用できるのか?」

「魔力を浴びせて変質させるのだから当然だろう。要は、同じ結果が導ければいいのだ。時間を掛けていいなら、魔石に漬け込んだり魔力溜まりに放置するという方法だってある。適切な時間を把握する必要はあるがな」

 事も無げに言って、自分の作業を続行するカミラ。まあ、野菜の皮剥きだって、使う道具は包丁でもピーラーでも、あるいは果物ナイフでもいいわけだし、そういうものか。となると、成分抽出なんかも機材を使えばスキルがなくても可能なんだろう。

 言われたとおりにやってみるか。バラスは、緑色をした椿の実のような果実だ。これに魔力を与えればいいって話だが……

 1つを手に取り、魔力を解放してみる。光に包まれたバラスの実は、しばらくするとその色を次第に変え始めた。緑が茶色になり、その色が更に薄くなっていく。

「カミラ。人肌って言ったが、どの程度の肌色だ?」

 単純に人肌の色と言っても様々だ。俺なんかは褐色だし。

「ああ、私くらいの色だ」

 言われてそちらを見る。彼女は作業を続けたままだが、横顔は確認できた。白人系というか、白い肌だな。あれくらいの色になればいいのか。

「ちゃんと見ていないと失敗するぞ?」

 こちらを見ないままのカミラから警告が来た。何のことだろうかと手元を確認すると、バラスの実が白くなっていた。白肌どころじゃなく、真っ白だ。

「えーと、これじゃ駄目か?」

「私の肌はそこまで異常な白さではないだろう」

 実を見せると、あっさり駄目出しされてしまった。ですよね。

「魔力量は先程くらいでいい。後は見極めだけだ」

「見てなかったのに、分かるんだな」

「これでも魔術師だ。魔力を感じ取るくらい、造作ない」

 別のバラスを手に取って、魔力を放つ。魔力量を上げれば時間の短縮もできるんだろうがけど、俺が実のベストの状態を見極めるには、今くらいがいいんだろうな。カミラの言うとおりにしよう。1つ1つ確実に、処理をこなすんだ。


 

 カミラのアドバイスを受けながら作業を続ける。その合間に色々と話を聞くこともできた。

 特に【錬金術】スキルに関してだ。現実で言うところの錬金術は、卑金属を貴金属に変えたり不老不死の薬品を製造したりを目指したという、大昔の化学的なアレだ。GAO内でも似たようなものではあるらしいが、金も実際に作れるようだ。それ以上のコストが掛かるというオチだけども。

 現実と違う部分は、道具に頼らず魔力でその工程を再現できるということであり、魔力が必須な技術も含んでいることだろうか。俺が【魔力制御】で代用した魔力浸透であるとか、以前シザーが革鎧の修理に用いた融合であるとかだ。

 GAOに存在する物の中には魔力の干渉によってその性質を変える物が色々とあるらしく、錬金毒はそれらを使って作った物を指すようだ。逆にこれら技術によって作られた薬は錬金薬とか霊薬とか呼ばれるらしい。ちなみに、即効性のあるポーションは、どちらかというと錬金薬寄りなんだとか。今まで錬金術系と意識しないまま、錬金薬を作ってたことになるな。ポーション製作時に、薬草を煎じるだけの工程にほんの少しだがMP消費があったのはそういうことなんだろうかと納得してしまった。

 錬金薬に関しては、すぐにでも活用できる知識を教えてもらえたので、今度試してみようか。

「これでよし」

 カミラが手にしたポーション用の瓶の中には、淡く光を放つ青い液体が入っている。《淫奔の代償》の解毒剤だ。人数分の瓶が作業台に置いてあった。

「フィストが手を貸してくれて助かった。私独りだったら、今しばらく時間が掛かっていただろうからな。そうなれば、アンジェラが間に合わなかったかもしれん」

「役に立てたなら何よりだ」

 指示された工程をこなしていると、当然だが失敗はあった。それでも彼女の助言が的確だったお陰で、続けて何度も失敗することはなかった。俺が確実にこなせるだろう工程だけを任せてくれたんだろう。

 でもまあ、【調薬】も【魔力制御】もレベルが上がった。特に【魔力制御】はようやくレベルが30に届いた。お陰で【魔力変換】と【魔力消費軽減】が修得できる。今後のことを考えて【魔力消費軽減】と、【魔力変換】は火属性と雷属性を修得し、聖属性用のSPを残すようにするか。

「できたなら、早くアンジェラ達に飲ませてやろう」

 俺がそう言うと、カミラは部屋の端へと移動した。そこには変わった物がある。壁に掛けられた木の箱。上半分に皿のような物が貼り付いていて、下半分にはいくつもボタンがある。そういやあれ、手前の部屋や他の部屋にもあったな。

 そのボタンの1つをカミラが押した。待つことしばし。

『姐さん? どうかしましたか?』

 箱から、エルカの声が返ってきた。つまり何だ、インターホン的な何かか?

「解毒剤ができた。すぐ取りに来て、症状が重い者から順に飲ませてやれ」

『分かりました、すぐに行きます!』

 受話器を置くような音はせず、そのままエルカの声は終わった。

「こっちの世界にも便利な物があるんだな」

「こんな商売だからな。どの部屋とも顔を合わせず連絡が取れるようにと試作してみた魔具だ。これが距離も気にせず、どこにでも繋がれば便利なのだろうがな」

 インターホンが作れたなら、普通の電話だって夢じゃないような気がする。魔具ってことは魔術関連なんだろうけど。現実にあった、最初期の電話くらいならこっちでも作れるかもしれない。

「こっちの世界にも、ということは、異邦人達の故郷にも似たものがあるのか?」

「ああ。建物内限定のものから、他の家に、他の国にまで繋がるものまでな」

「ほう、それは興味深――」

 ノックの音がカミラの声を遮り、勢いよくドアの開く音が続いた。そして数秒経たない内に調薬室のドアも大きな音を立てて開き、エルカが駆け込んできた。

「姐さん! 解毒剤はっ!?」

「これだ。慌てずに、落とすことなく運んで、確実に皆に飲ませてやれ」

 落ち着かせるようにカミラが言い、解毒剤を1つの箱に纏めて入れてからエルカに渡す。

「予備はない。抜かるなよ?」

「は、はい……」

 緊張した面持ちでエルカがそれを受け取り、しかし今度は駆け出さず、普通に歩いて退出する。あれだけ言えば転んで零すこともないだろう。やれやれ、とカミラが呟くのが聞こえた。ちなみに予備の解毒剤は、まだ鍋の中に残っていたりする。

「さて、それでは次の準備に取りかかるか」

「まだ何か作る薬があるのか?」

「皆、倒れてからはろくに食べていないだろう。早く回復してもらうためにも、しっかりと滋養に富んだ物を食べさせてやらないとな」

 問うと、カミラが薬草を選び出しながら言う。料理に薬草を使うのか? 薬膳的な料理がGAOにもあるんだろうか。

「調薬といい、娼館の主に必要な技能じゃないだろ」

「健康な身体は食事からだ。ならば、できなければなるまいよ」

 商売の種だから、っていうこと以上に、カミラは店の娘達を大切にしてる気がする。この手の専門的なことは、普通は人を雇うだろうに、全部自分でやってしまうんだから。

「分かった、それも手伝おう。こっちの薬膳にも興味があるし」

 そう申し出ると、手を止めてカミラが驚きの表情を向けてきた。

「調薬だけでも意外だったが、まさか料理までやるのか? 伝え聞く武勇伝からは想像もできないな。だが、人手はあった方がいい。頼めるか?」

 頷くことでその答えとする。さて、GAOの薬膳か。ひょっとしたら、だが、バフ効果のある料理のヒントに繋がる可能性もあるかもしれない。

 いや、それはどうでもいいか。一番大切なことは、美味いかどうかだ。

 

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