第十六話「修練」
「おい! 阿斗!」
いきなり後ろから声をかけられた。
振り返ると――そこには、
色白のとんでもない美少女が立っていた。
「お前、阿斗だろ?
成都から戻ってきたのか?」
「え、あ、はい」
誰だ……この綺麗なお姉さん。
「どうした?
まさか私のことを忘れたのか?
関銀屏よ。
昔は“銀ネェ、銀ネェ”って、
いつも後ろをついて来てたのに」
「銀ネェ……。
お久しぶりです。
その、あまりに綺麗になられていたので、わかりませんでした」
この子、関銀屏だったのか!
道理で綺麗なわけだ。
「ふんっ!
薄情な奴だな。
私は遠目でもすぐにわかったぞ」
怒ってしまった。
グイッと拳でほっぺたをぐりぐりされる。
「あんなに遊んでやったのに」
「ははは、痛い痛い!」
ぐりぐりぐり。
「はひゃひゃ、ほへへびっ!」
久しぶりのじゃれ合い……なのかな。
「痛すぎるってばよ! 銀ネェ!!」
ビシッと手をはたく。
「ふふっ。久しぶりのこの頬だな」
むにっ。
銀ネェはまだ続ける。
両手で俺の頬を挟み込んだ。
「はにふんだよ!(何すんだよ!)」
「可愛がってるだけじゃないか。
何言ってるかわからないぞ」
なんだこの強気娘は!?
ジャイアニズムがすごい!
……でも、めちゃくちゃ可愛い。
姿勢がいいからか、
立っているだけで絵になる。
色白の肌に、黒く長い髪。
後ろで束ねた髪が、
ポニーテールみたいに揺れていた。
年齢は女子高生くらいだろうか。
劉禅の幼馴染なのかな。
劉禅が成都を落としたのが214年だから――。
「五年……ぶりになりますか? 銀ネェ」
「そうだな。
お前が生まれてからずっと面倒を見てやったのに、気づかないとは」
タプタプタプ。
今度は俺の顎をタプタプしてくる。
五年前ってことは、俺は八歳か。
成都へ行くまで、
ずっと一緒に育ってきたんだろう。
関羽や張飛の子供たちとも一緒に。
親同士の付き合いで、
子供たちも自然と遊んでいたんだろうな。
「タプタプしすぎだろ!」
安西先生か!
「また私が鍛えてやるぞ!」
「訓練ですか?
お手柔らかにお願いします」
「……ん?」
関銀屏がじーっと俺を見てくる。
美人に見つめられると緊張する。
「何かやっちゃいました? 俺」
「いや、前はすぐ逃げてただろ?
“訓練なんて絶対しない”って」
やばっ。
そんなキャラだったのか、劉禅。
チキンすぎる。
「ふっふっふ……。
昔の俺と、今の俺を同じだと思うなよ!」
本当に別人なんですけどね。
三週間くらいしか記憶にございません。
「阿斗のくせに生意気だぞ!
ていっ!」
チョップが飛んできた。
俺のだらしない腹が、
ぽよんっと揺れる。
なんだこのジャイ子。
可愛いから許すけど。
「銀ネェ。
今は“謙信”と呼んでください。
身分を隠しておかないと動きづらいので」
「けんしーん?」
「謙虚の“謙”に、信じるの“信”です」
「謙信……。
やっぱり生意気だな!
今から鍛えてやる!」
びろーーん。
ほっぺたを引っ張られる。
「俺は関将軍のところへ行かないといけないんです」
「父上か?
ならちょうどいい。
私も修練場へ向かうところだったんだ」
「助かります。
俺の義弟が、
関将軍に鍛えてもらってる頃なんです」
「義弟?」
「義兄弟の契りを結んだんです。
紹先っていって、一つ下なんだけど。
関将軍に気に入られて、
今ごろ修練場にいるはず」
「ふんっ!
やっぱり生意気だぞ」
ビシッと蹴られた。
結構痛い。
「やったな! こんにゃろ!」
俺もやられっぱなしじゃいられない。
その可愛いお尻を蹴ってやる!
「てりゃっ!」
「甘い!」
ヒョイッとかわされた。
「悔しかったら当ててみろ〜♪」
「このアマァ!」
銀ネェと追いかけっこしながら、
俺は修練場へ進んでいく。
アカン。
女の子のお尻を追いかけ回すの、
楽しすぎる……!
◇
修練場へ入ると、
木剣のぶつかり合う音が響いてきた。
「アイツがお前の義弟か。
どれほどの腕か見てやる!」
銀ネェは訓練用の木棒を掴むと、
鼻息荒く紹先のもとへ向かった。
なんて強気娘なんだ、まったく。
俺は修練場を見渡す。
関羽は、まるで相撲部屋の親方みたいにどっしり座っていた。
俺は関羽へ挨拶し、紹先について尋ねる。
「向上心があり、真っ直ぐな男だ」
「自慢の義弟です」
その間にも、
銀ネェが紹先をコテンパンに叩きのめしていた。
年齢差は三、四歳くらいか。
銀ネェの方が上だ。
だが紹先はめげない。
「もう一度お願いします!」
何度倒されても挑み続ける。
銀ネェもどこか嬉しそうに相手をしていた。
そんな二人の稽古を眺めながら、
俺は関羽へ徐州と建業行きの話をする。
「父上――玄徳様から、
色々と道草して来いと言われました」
「魏と呉を見てくるのか」
「はい。
孫権が狡猾な獣かどうか、
この目で見てきます」
関羽は長い髭を撫でながら頷いた。
「ふむ。
ならば護衛をつけよう。 銀!」
「はい!」
紹先を叩き伏せていた銀ネェが、
こちらを向く。
「謙信が天下を見て回るそうだ。
お前に護衛の任を命ずる」
「はっ! 承りました!」
「お前も一緒に世間を見て来い」
「はい!」
――こうして。
銀ネェが仲間になった!
ズンチャチャ〜♪
……って、
こんな綺麗なお姉さんを連れてたら、
逆にこっちが守らないと危険なんじゃないか?
でもまあ、この城でやれることはやった。
樊城の戦いは、もう目前まで迫っている。
時間がない。
明日には、この城を出る。
孫権を説得するためにも急がねば。
関羽救出作戦――。
タプタプ腹のメタボ十三歳。
武力たったの5。
ベジータに言わせればゴミである。
戦うのはダメだ。
女の子の尻すら蹴れやしない。
だからこそ。
俺にできることをやるしかない。
第二章 堅城編 了
第三章 道草編
第十七話「船」 つづく
三国志人物伝
関銀屏 カンギンペイ
17歳 荊州出身 生没年不詳
関羽の娘。民間伝承では、父親譲りの武勇の持ち主として登場し、諸葛亮の南蛮征伐に参加する。
三国志演義では記述なし。孫権の息子と関羽の娘との縁談が持ち上がると、関羽は「虎の娘を犬の子にやれるか」と断った。これが孫権の怒りを買い、孫権軍の荊州侵攻を招く一因となる。
正史では名は不詳。孫権の息子との縁談話についての記述は演義と同じ。
統率71.武力72.知力39.政治48.魅力70




