第22話 繋ぎ止めていてください
「……完全に忘れてたわ。アトラクション一つ乗るのに一時間も並ぶとは」
「普通くらいですよ。混んでいたらもっと並びます」
長蛇の列に並んで順番を待つこと、およそ一時間ほど。
やっとのことでキャストさんに乗り口へ案内されたところで俺がため息混じりにこぼすと、窘めるかのように皐が続いた。
「アトラクションで遊びたいだけなら普通の遊園地の方がいいよな、絶対」
「そうかもしれませんけど、アトラクションだけが楽しみ方ではありませんし」
「……まあ、景色を眺めながら歩いてるだけでもそれなりに楽しくはあるか?」
ここはいくつかの区画に分かれていて、それぞれで世界観と呼ぶべきものが異なっている。
視覚的にも飽きないのは非常に助かるところだ。
それに、全部のアトラクションがここまで混んでいる訳じゃない。
人気のところは一時間待ちくらいはざらにあるらしいけど、空いているところは数分、場合によっては待つことなく入れたりもするとか。
……ただ、絶叫系って軒並み人気なんだよな。
「それに、二人だと並んでいる間もお話しできるので退屈しません」
「一人の時はどうやってお過ごしで?」
「スマホで電子書籍を読んだり、音楽を聴いたりでしょうか」
「妥当なところだな。ともあれ……ようやくお楽しみの時間だ」
ジェットコースターの乗り口に到着し、荷物を預けてから列の扉が開いたところで乗り込んでいく。
一列につき二人乗りなので、もちろん隣は皐。
シートに座り、安全装置で身体をしっかりと固定し、発車を待つ。
このジェットコースターは火山の中を縦横無尽に駆け抜けるアトラクション。
修学旅行で来た時も乗ったことがあるから覚えている。
絶叫系としては定番のアップダウンもあり、上下反転もあり、螺旋状に走ることもあり……という具合だったはず。
「慧さん、これは絶叫系マシンです」
「そりゃ知ってるけど」
「なので柄にもなく叫んだり笑ったりしていても気にしないで頂けると」
「……乗ってる間に隣を気にする余裕、あると思うか? 皐も乗ってる最中に隣の人の顔色は気にしないだろう?」
「他人なら気にしませんけど、慧さんですし」
それはどういう意味だろうか。
悪い方向性じゃないことを祈っていると、指先が何かに当たる。
視線を移すと、皐の指と触れ合っていた。
なにか意図があってのことだろうか。
確認のために表情を窺えば、さっと視線だけを逸らされながらも口を開いた。
「……ジェットコースターで隣に座る人同士が手を繋いで、腕を上げながら楽しんでいることがよくあるじゃないですか。あれ、ちょっとやってみたいなと思いまして」
「…………やりたいならやるけど」
「ですが、少々危ないとも思うんですよ。もし腕を上げた場所に障害物があったら、怪我では済まないでしょうし」
「いきなり怖いこと言うなよ」
皐の言う通り速度が乗った状態で障害物に衝突したら骨折くらいは簡単にしそうだ。
下手をしたら腕ごと……なんてこともあり得る。
「でも、事故の話を聞かないなら安全対策はされているんじゃないか?」
「わかっていますよ。それで、どうします?」
がこん、機体が揺れる。
発車が迫っているらしい。
迷っていられる時間は僅か。
あえて断る理由を探してみるも、思い当たらないことに気づいて苦笑い。
ダメ押しとばかりに明智先輩の言葉が脳裏を過る。
「……これもまた青春、ってことか?」
「そういうことです」
試しに聞いてみれば、ちょっとだけ照れくさそうにしながらも頷く皐。
合意は取れたものと判断し、こちらから皐の手を握ってみる。
自分のそれより若干冷たい、一回りは小さな手。
それを離れないように握ると、皐の方からもぎゅっと握られる感触があった。
「途中で離すなんて興ざめなことはしないでくださいね?」
「皐こそ恥ずかしくなってもやめるなよ?」
「わたしが言い出したんですから、そんなことしません」
『それでは発車いたします! どうぞ、お楽しみに!』
直後、キャストからのアナウンスが入り、機体がゆっくりと進み始める。
まずは斜め上――火山内部から外へ続く線路を通り、山肌に沿って機体が煽るかのように上昇。
見上げる形になった空がやたらと高く感じる。
だが、もうじき火口へ辿り着くのだろう。
徐々に視線が水平へと近づき、ある瞬間を境に斜め下へと角度が変わり、
「「「「きゃあああああああああっっっっ!!!!」」」」
下方向へ向けて機体が加速を始めた途端、他の乗客から一斉に歓声が上がる。
俺はジェットコースター特有の加速に対応するのが精いっぱいで、喉を詰まらせたまま流れる景色を追っていると、自分の左手が持ち上げられるのに気づいた。
感じる冷たさを辿れば当然のように皐が俺の手を掲げ、余裕そうな雰囲気で笑っていた。
絶叫系が得意という読みは正しく、まるで怖がる素振りはない。
俺も負けじと楽しもうとするが、身体がどうしても強張ってしまう。
上手く笑えていない自覚がある。
こればかりは慣れの問題――と諦めながら、流れる景色とジェットコースターの感覚を余すことなく味わっておく。
ぎゅんぎゅんと右へ左へ揺れ動く視界。
キャラクターとかモンスター的なやつが映り込んでいるけど、詳しくないからあまり頭には入ってこない。
耳に届くは絶え間ない歓声と、レールを辿る機体の走行音。
視線を横へ向ければ変わらず楽しそうな皐の顔が映り――
「――――っ」
なぜか、こんな時なのに、視線が交わった。
流れゆく景色を背にする皐。
つぶらな瞳が、俺から外れてくれなくて。
「――んわっ!?」
しかし、唐突に上下が逆さまになったのを機に、意識が強制的に皐から外れた。
それが最後だったのか、向きが正常なそれへ戻るとブレーキがかかり始め、出発地点と同じ場所に停止した。
『まもなく安全装置が解除されます。降車の際はお預けになったお荷物を忘れずにお持ちください』
アナウンスの直後に安全装置が外れ、自由の身となったところで機体を降りた。
降りるときに足元が揺れたため皐へ手を伸ばしておくと、「ありがとうございます」なんていいながら手を取る。
預けた荷物も回収してアトラクションを去り、外に出たところで凝りを訴える身体を伸ばすと息が漏れ――
「もう疲れてしまったんですか?」
「久々に乗ったからか変な緊張が、さ」
「ちょっとわかる気がします。ですが、ここからが本番ですよ。こういうのは他にもありますし、まだまだお昼にもなっていないんですから」
心底楽しそうに言って、ほんの僅かに迷う素振りを見せる。
次のアトラクションのことを考えているのだろうか……と思っていたら、おもむろに手が取られ、引かれた。
なにかと思って皐の表情を窺えば、照れ混じりの苦笑をこぼしていて。
「……柄にもなくはしゃいでいる自覚があるので、こうやって繋ぎ止めていてください」
「…………繋ぎ止めろって言われてもなあ」
「この暖かさを感じなくなったら、嫌でもはぐれたことに気づけますよ?」
……そういうのは勘違いの原因だぞ、皐さんよ。
男って生き物はどうしようもなくちょろいんだ。
少しでも気のある素振りを見せられたらころっと落ちるか弱い存在。
ましてやそれをやっているのが皐ほどの美人なら、ギャップで死人が出かねない。
とはいえ、それで皐に惚れるかどうかは別の話――なのだが。
「正直な感想を言ってもいいか」
「どうぞ」
「出来立てほやほやの恋人同士でもこんなやり取りはしないと思うぞ? 嫌とは言わないが、こっぱずかしくて顔から火が出そうだ」
「……薄々感じていたことが気のせいじゃないとわかりました」
顔色が目に見えて赤くなるも、手を離さないのは皐が自分の自制心を信用していないからかもしれない。




