第21話 心の寂しいお一人様ですよ
皐に看病された甲斐もあってか、風邪は見事に一日で完治。
翌日大学で会った三人にお礼を言って再びいつも通りの平穏な日々を過ごし――土曜日の朝。
待ち合わせをしている最寄り駅へ向かうと、早くも到着していた皐を見つけた。
比較的動きやすそうな服装だが、いつも通り肌の露出は極端に少ない。
というのも、今日は少しばかり動く場所へ行く予定だからだ。
合流したところで一言二言交わし、電車で一時間もかからず移動すれば――
「――さて、到着です」
目の前には受付に並ぶ、それなりの人の列。
楽しげな音楽がどこからともなく聞こえてきて、マスコットキャラクターがゲートの向こうで手を振っていた。
さらにその奥には、薄っすらと西洋風の城を模した建造物の影がある。
ここは子どもから大人にまで人気の某テーマパーク。
昨夜いきなり誘われた時は驚いたけど、本当に来てしまった。
「……修学旅行以来だな」
「わたしは半年ぶりくらいですかね」
「…………まさか一人で?」
「ここに誘うような相手がいたと思いますか?」
文句でもあるんですか、と言いたげなジト目に俺は慌てて頭を振る。
わかりきっていたことを聞くのは良くない。
でもさ……こんなところに一人で来るのも慣れてるってちょっと悲しくないか? とは思ってしまうわけで。
「…………そんな目で見ないでください。わたしだってわかってますよ。寂しい人間なんだな、って見られていたことくらい」
「そこまでは言ってない」
「一人で来ていたときから思っていました。周りを見ればわかります。家族や恋人、友達と一緒に来ている人が大半でしょう?」
「俺たちも今日はそうじゃないか?」
「……そう、ですね。疎外感は覚えなくて済みそうです」
隣で笑む皐。
さあ行きましょうと受付の列に並び、当日券を購入して中へ。
ゲートを潜ると、空気が一変する。
日常からは隔離された、利用客へ楽しさを提供するための空間。
行きかう人の中にはそれっぽいコスプレなんかをしている人もいた。
修学旅行で訪れた時の記憶が朧げに蘇る。
懐かしいな……また来ることになるとは。
ちょっとばかり場違い感を覚えてしまい身を固くしていると、リラックスした様子の皐が息を深呼吸をして身体を伸ばす。
耳に届く吐息の音。
身体の動きにつられて上下するそれへ若干意識を持っていかれながらも、すぐに逸らして景色へ興味を移そうとした……のだが。
「……やっぱり、めっちゃ見られてるな」
入場した直後ですら感じる数多の視線。
騒いでいた男女混合の集団も、家族連れも、キャストですら皐へ視線を寄せているのだから凄まじい。
こういう場所だと気が大きくなって変なことをしでかす輩がいてもおかしくない。
「一応聞くんだけどさ、俺って男除けの役割も期待されてたり?」
「ないとは言いませんが、過剰な期待もしていません。普通にしていてくれたらいいですよ」
「普通がなんだかんだ一番難しいと思うんだけど」
「であればいっそデート、という体にしてしまうのは」
「……冗談でもやめてくれ。メンタルが持たない」
男女二人で出歩くことそれ自体が広義の意味ではデートに抵触する……という説もあるのは承知している。
けれど、本当にデート扱いをされるのは精神的な負荷の観点から是非とも遠慮したいと言いますか。
皐ほど美人な女性とのデートなら、男的には光栄だと思うべきかもしれないけど。
「それにしても、この人の多さだと迷子になりそうだな」
「……これまでは一人だったので考えたことがありませんでした」
反応しにくいリアクションはやめてくれないか?
一人だったら迷子も何もあったものじゃないけどさ。
「はぐれたと思ったらお互いすぐ連絡だな。この広さじゃ合流するのも一苦労だ」
「複数人ならともかく、二人で来ていてはぐれるなんてことがあるんでしょうか。基本並んで歩きますし、わたしも勝手に離れるつもりはありません」
「……人ごみでもみくちゃになったらわからなくなるんじゃないか?」
「不安なら手でも繋いでおけばいいのでは?」
「現実的な解決策としては上等なものだけど、精神的なハードルが高い」
手を繋ぐことの有用性は認めよう。
しかし、その相手が皐となると、緊張とか恐れ多いの前に申し訳なさすら感じてしまう。
なんだかんだと関わるようになって普通に話すことは慣れつつある。
距離感の近さも、まあいいだろう。
でも、実際に触れ合うとなると話が変わる。
なんたって俺は彼女が出来ても手を繋ぐのが関の山で、彼女は寝取られ肉体関係すら持たれていた拗らせ童貞男子大学生……!!
俺の対異性への免疫はちょっと背伸びした高校生とさほど変わらない。
「大体、皐は嫌じゃないのか?」
「見ず知らずの相手であれば嫌ですが、慧さんなら問題ありません」
「……その心は?」
「知らない仲ではありませんし、何より友達ですから」
迷いなく言い切る皐がこちらへ手を伸ばしてくる。
男のそれとは違って、白魚のように細く嫋やかな手。
その手をじっと見つめ、
「……どうしろと?」
「証明するには実際に握ってもらった方がいいかと思いまして」
「…………なるほど?」
理解はしたけど納得は出来ない。
手を握ることそれ自体が嫌なのではない。
相手が皐であることも同じだ。
では、なにがここまで俺に抵抗感を抱かせるのかと考えた時に、ここの空気感があげられるのではないだろうか。
なにせここはテーマパーク。
恋人と指を絡めて手を繋ぎながら歩いている、リア充と呼称するべき人間たちが平然と存在している空間だ。
そんな場所でデート云々の話を持ち出された直後に手を繋ぐ――普通に繋ぐだけだとしても、見上げるほどにハードルが高い。
とはいえ平然とした皐の様子を見るに、こんな深読みをしているのは俺だけだとわかるのだが。
「もちろん慧さんが嫌なら強要するつもりはありません」
「その言い方は卑怯じゃないか? そもそも前は俺の腕を勝手に取って勝手に照れていたような……」
「……照れてはいません。そんなことを言うなら慧さんも自分に言い訳できる、もっともらしい理由を付けることにしましょう」
皐が告げて、一呼吸置く。
それから、ややぎこちなさの残る挙動で皐が俺の左手を握った。
触れ合う手のひら。
伝わる温度はやや冷たく、心地いい。
自然と近づいた距離感のまま、隣に並ぶ皐へ視線を流す。
「これはわたしが勝手にしたことです。はぐれてしまったら時間も無駄になりますし、それなら初めからこうしていた方が効率的ですから」
あくまで求めたのは効率という情緒の欠片もない回答。
しかし、そこに含まれていながら意図的に隠した感情を察せないほど鈍感ではない。
「……周りが楽しそうに見えたなら素直にそう言えばいいものを」
「うるさいですね。どうせわたしはずっと一人で過ごしてきた心の寂しいお一人様ですよ」
「そこまでは言ってない」
「冗談です。……それに、今が楽しいですから、昔のことはいいんです」
さっぱりと笑う皐のそれに当てられて、風邪はもう治っているはずなのに体温が上がった気がした。
「そろそろ行きましょうか。ちなみに絶叫系は得意ですか?」
「人並みには乗れるけど」
「よかったです。一緒に楽しみましょうね」
余程楽しみなのか、いつもより口調が明るく聞こえる。
……まさかこれ、その道の人か?




