オフィーリアの学園生活.1
不定期更新の番外編。
紺色のジャケットに、同じ色の膝下ワンピース。胸元には臙脂色のリボンを結んだ私は鏡の前で顔を手で覆う。
「恥ずかしい……まさかもう一度制服を着ることになるなんて」
専門科だけの聴講なのに、制服は必須らしい。
確かに服装で生徒かどうか分かるし、防犯の意味でも理解できる。
ただ、恥ずかしい。
トントン、と扉がノックされ、レイモンド様が入ってきた。
私の姿を見て、赤い瞳をパチクリさせている。
「お願いです。見ないでください。年甲斐もないのは自分が一番理解しています」
「可愛い……」
「はい?」
「可愛い!」
駆け足で近寄ってきたレイモンド様が、私をぎゅっと抱きしめられる。
胸のリボンがぐしゃりとつぶれた気がした。
「あぁ。俺ももう一度学生に戻りたい。こんな可愛いオフィーリアを学園に通わすなんて狼の群れに羊を放り込むようなもの。心配しかない」
「ふふ、大丈夫ですよ。皆、私より年下。それに専門科の授業を取るのはほとんど新入生と聞きました。四つも年下、弟と一緒の歳ですよ」
母校テーランド国の貴族学園の新学期が秋から始まるのに対し、トラッド国の新学期は春から始まる。専門科の授業は、ほとんどの人が一、二年で単位を取得し、三年生では試験勉強に取り組む。だから、授業を受けるのはずっと年下の学生。
「そうか、オフィーリアには弟がいたんだったな。でも、若いからこそあの年は暴走しがちだ。気を付けるには越したことはない」
暴走? 朝からいきなり抱き着いてくる人が仰いますか?
はいはい、と背中を叩き離れリボンを結び直す。そんな私を見て、レイモンド様はため息を一つ。
「オフィーリアのいない研究室はつまらない」
「午後からはそちらに行きますから待っていてください。食堂でアゼリアと一緒に食事をする約束をしているのです」
「俺と食べるのではなくて?」
「レイモンド様は、実験の進み具合によっていつ食べられるか分かりませんよね。必要ならランチボックスを買ってきますよ」
しょぼんとしたレイモンド様は、せめてもと私を学園まで送ってくれた。
少し遠回りになるけれど、十分ほど邸を早く出る程度なので、これから毎朝送ってくれるらしい。
門の前で馬車を降り手を振り別れると、私は入り口近くにある掲示板へと進む。
そこには新入生のために簡単な地図が貼られている。
地図。
えーと、今いるのが門の前で、医学についての専門授業が行われるのは東の建物。
東、東ってどちらかしら。
事前にレイモンド様から場所を聞いてはいたけれど、ちっとも分からないわ。
私が地図を凝視している間に、周りの人はどんどん入れ替わっていく。
どうして皆、そんなにすぐ行くべき場所が分かるのかしら。
「とりあえずあっちかな?」
なんとなく人が多い方へ向かおうとすると、背後から声をかけられた。
「医学の専門授業を受けに行くのなら、方向が逆ですよ」
「えっ!? そうなのですか」
振り返った先には、青味がかった銀色の髪に翠色の瞳をした男子学生が立っていた。
身長は私と同じぐらいで、まだあどけなさを残した華奢な男の子だ。
「貴方も同じ授業を受けるのですか?」
「ええ、よければ一緒に行きますか? あっちだよ」
指さしたのは私が行こうとしていたのとは逆方向。
「ええ、お願い。私はオフィーリア・ダンバー。医学専門科の授業だけを受けるの」
「アレハンドロだ。僕も今年は専門科の授業だけを受ける予定だよ」
「そうなの。でも、あなたは……」
どう見ても新入生の年齢では? と首を傾げると、肩を竦められた。
「その反応は尤もだ。特待生で入ったから一年目の普通科の授業を免除されている。普通なら飛び級で二年生の授業を受けるんだけれど、その代わりに騎士と医学の二つの専門科の授業を受けることにしたんだ。で、二年生になればそのうちのどちらかを選び普通科と並行して単位を取っていくつもりだ」
「そんなことができるのですね」
「校則に禁止されていなかったからね。前例はないって」
それは隙間を付いた強行突破のようなものでは? 専門科二つを同時に受けるなんて生徒、今までいなかったから校則に書いていないだけのような気がするのだけれど。
それに華奢で細い腕は、騎士の授業なんて大丈夫かと心配になってしまうほど。
「あっ、こんな細い身体でって思っているでしょう。でも、騎士専門科を専攻するための試験にはトップクラスで合格したんだよ。一番って言えないのが恰好悪いけれど」
専門科の授業を受けるには、事前に入試試験と面接がある。私の場合、テーランド国貴族学園の卒業証書と成績表で試験は免除、面接だけだったけれど。騎士には実技もあると聞いたけれど、それにトップクラスで受かるなんて凄いわ。
「騎士と医学どちらの才能もあるなんて、素晴らしいわね。多才だからこそ、どちらの道を進むべきか悩むこともあるのね」
「うーん、そんな恰好いいもんじゃないよ。父親と同じ道を行くのが嫌で足掻いて抵抗しているだけだからそれより遅れるから行こう、オフィーリア」
名前を呼ばれ戸惑いつつ私も頷く。家名を聞いていないから爵位は分からない、私はなんて呼ぶべきかしら。年下であっても爵位が高ければ敬意を払う必要がある。
そんな私の考えなんてお見通しとばかりにアレハンドロは言葉を続けた。
「母は男爵家、俺の方が年下だし敬称不要だよ」
「そう、分かったわ。アレハンドロ、教室へ行きましょう」
アレハンドロの瞳のような緑の木々を抜け、こうして私の二回目の学生生活は始まった。
番外編、今のところ何話になるか不明です。
書籍化作業の合間にゆるゆる更新いたしますので、時々お付き合い頂ければ幸いです。