最終話
最後までお付き合い頂きありがとうございます!
本日二話目です。
カランカラン、と教会の鐘が冬の空に鳴り響く。
ワイワイ、ガヤガヤ。
教会の前は露店が立ち並び、いつもの落ち着いた雰囲気と違い今日は賑やかだ。
「冬のバザーと聞きましたが、これはお祭り騒ぎですね」
「青色の屋根の露店は売り上げの三分の一を寄付する店、赤が半分、黄色が全部だ」
寄付されたお金は教会が運営している孤児院や、貧困街への炊き出しや医療に使われるらしい。
寒さが増すこれからの季節は薪の配給もするのだとか。
試薬の盗難騒ぎは、ターナーの捕縛で幕を閉じた。
それとは別に、パトリシアさんは研究室を懲戒解雇となり、噂では留学したとか。
元実験室で会話をしたのを最後に私は会っていないし、それは多分レイモンド様も同じ。
あのあと、レイモンド様は、私がパトリシアさんからされていた様々なことに気づかなかったことを詫びてくれた。何度も何度も。
辛そうなのは多分、長年パトリシアさんの気持ちに気づかなかった後悔もあったのでしょう。
立ち並ぶ露店を眺めていると、一人の男性がこちらに近づいてくるのが見えた。私達、というよりまっすぐレイモンド様に向かってくる。
「レイモンド、隣にいるのは件の婚約者だろう? いい加減紹介……」
「エド、触るな、見るな、同じ空気を吸うな」
「お前、人が変わり過ぎだろう」
何度目になるか分からないこのやり取り。エドさんは「ちょっとこいつ借りるね」と言って、レイモンド様の首に腕を回し人混みに消えていった。その先には、笑いながらこちらを見ている男性が数人、本当に友人が多い。
「オフィーリア! 見つけたわ」
「アゼリア、一人? ジェイムス様と一緒に来たんじゃないの?」
「そうなのだけれど、はぐれてしまって。ところでレイモンド様はどちら?」
ジェイムス様、何をしているの。これだけ人が多いなら、はぐれないように手を繋ぐチャンスでしょう。
アゼリアにレイモンド様が連れて行かれた場所を指差し伝えると、友人達に詰め寄られ、背中を叩かれ、笑っているレイモンド様がいた。
何あれ、子犬みたい。
「どうしよう、アゼリア。レイモンド様が可愛いわ」
「はいはい。貴女まで惚気るようになったのね。仲が良いのは何よりだわ」
頬を染めながらレイモンド様を見守る私に、アゼリアはため息一つ。次いでちょっと躊躇うような声を出した。
「……ディオなのだけれど」
久しぶりに聞く懐かしい名前に、思わず目をパチリとする。
「母宛てに叔父様から手紙がきたわ。知り合いの商人について今は異国を回っているそうよ」
「ディオ様が異国を?」
嫡男として領地経営の教育を受けてはいたけれど、商人となるとそれは全く別物で一からのはず。
「ちなみに、この数ヶ月はひたすら書類の読み方を学んでいたらしいわ」
「……それは、念入りに学んだ方が良いと私も思う。商人に書類の取り交わしは欠かせないもの」
なんだか不安しかないけれど、大丈夫かしら。
「そのうち薬草を仕入れてきたりしてね」
「……できれば彼からは買いたくないわ。いろいろ交じっていそうだもの」
「ふふ、私もそう思う」
クスクスと笑いながら、婚約者だったことを思い出す。
子供の頃は一緒に本を読み、庭で走り回り、おやつを食べて、決して悪いことばかりではなかった。
「教えてくれてありがとう」
「どういたしまして」
小さく微笑み合っていると、遠くから「すみません」「通してください」と聞き慣れた声がした。
「アゼリアさん!ここにいたのか。すまない離れてしまって」
「ジェイムス様、大丈夫です。オフィーリアに会って従兄のディオの話を……あっ」
肩に手を置かれ、振り返ったアゼリアは言葉途中で口を押さえた。どうしたのかと私も振り返ると、そこには沢山のお菓子を盛ったお皿を持つレイモンド様が。隣にいたガートン様が青い顔でオロオロと私とレイモンド様を見比べている。
「ふーん、楽しそうにしていると思ったら話題は元婚約者か。で、いったいどんな話をしていたんだい?」
レイモンド様、口元は弧を描いているのに目がちっとも笑っていません。
背後からゴゴゴゴゴゴッと黒い靄が立ちのぼっていませんか?
「た、大した話ではないです。あっ、持っていらっしゃるのはガートン様の新作ですか?」
「そ、そうです。オフィーリアさんの意見を聞いて作ったんです。是非食べて貰いたくて。な、レイモンド」
ガートンさん、関係ないのに、必死で取り繕って頂き申し訳ありません。
お皿の上にはこんもりとお菓子の山。
「こんなに沢山! マドレーヌにフィナンシェ、クッキーはアーモンド入りですか。あっ、この小さなカップはもしかしてプディングですか?」
「はい。果物を多く入れたりナッツを加えることで、卵を使用しなくても美味しく仕上げています。そこの露店で『卵不使用』と書いて売っているのですが、結構需要があるんです。今度王都に開く店には常に数種類、準備しようと思っています」
「あそこで売っています」と教えてくれた黄色い屋根の露店は、周りと比べても凄い人盛り。さすが王室御用達ね。
まだ不機嫌なレイモンド様が持つお皿からプディングを選び口に運ぶ。プルッとしたのど越しが堪らない。
「美味しいです! あぁ、これがプディングですか、一度食べてみたかったの。夢が叶いましたわ。王都にお店ができたら必ず買いに行きます」
「是非。社交シーズンに合わせてオープンしますので、レイモンドと来てください」
「ええ、そうします」
大きく頷き合う私とガートン様。度々のフォローありがとうございます。
ガートン様は、ではこれで、と少し逃げるようにして露店へと戻って行かれた。
「レイモンド様、あそこにあるベンチに行きませんか」
「そうだね。その方がゆっくり話ができるし」
「……本当に大した話ではないのですよ? ディオ様が商人になるようなので、書類が読めるのか心配しただけです」
「あぁ、なるほど。彼の仕入れたものは買いたくないな」
「同感です」
少し遠い目をするレイモンド様を、半ば強引にベンチに座らせる。あっ、アゼリア達を置いてきてしまった、と慌てて探すと、真っ赤な顔でアゼリアと話すジェイムス様の姿が見えた。
おそるおそるといった様子で出した大きな手に、アゼリアの手が重なる。
「あぁ。ここからではアゼリアの顔が見えないわ」
「兄さんのあんな顔初めて見た。これは帰ったら問い詰めなくては」
そこはそっとしてあげれば、と思わなくもないけれど。でも人の恋路は楽しいので止めるつもりはない。
「今更ですが大きな教会ですね」
「あぁ、半年後にはここで式を挙げよう」
にこりと微笑む瞳は、相変わらず蜂蜜を溶かしたように甘い。私はコクンと喉を鳴らす。いつ話そうかと思っていたこと、今がチャンスじゃないかしら。
「……そのことですが、結婚式を延期して頂けませんか?」
「延期? えっ、ちょっと待って。それは俺との結婚を考え直すということか!? やはり研究室で守ってやれなかったことが……」
肩を掴まれ私を覗き込む顔は強張り、瞳には先程と打って変わって黒い影が潜む。
なぜか、見てはいけない闇を見てしまったかのように思え、身体の中で小さく危険信号が点滅した。
「違います。結婚します。絶対」
これはまずいと早口で訂正すれば、「絶対」と念押しするように復唱された。でも、肩を掴んだ手はまだ離してくれない。その手に自分の手を重ねる。この人に誤解や不安な気持ちを抱かせたくはない。
「私、きちんと勉強したいのです。改めて学園に通おうと思います」
はっきりと告げれば、ルビーのような瞳を大きく開き固まってしまった。この際だから、今のうちに畳み掛けることにしましょう。
「この国の学園について調べました。入学は十五歳、ただし専門分野だけを学ぶ場合は二十歳まで入学可能ですよね」
トラッド国の貴族学園は、一般的には入学すると普通科の授業を受け三年で卒業。専門分野、例えば医学や剣術を学ぶ場合は普通科の授業と並行して「専門科」として授業を受け単位を取得する。
取った単位により、受けられる試験や騎士階級が決まるらしい。レイモンド様達はこの「専門科」の単位を取得し、補佐官や研究者試験を受ける資格を得た。
「それは、研究者になるために専門科に通うということか?」
「はい。ただ、研究者は難しいのでひとまず補佐官を目指したいと思っています。独学では限界がありますし、専門科だけなら研究室を手伝いながら単位を取得できると思うのです」
研究室は、パトリシアさんが辞めて体制が変わった。
今まで二つのチームに分かれていたのが、一つのチームになったのだ。とはいえ、半年前の体制に戻っただけなのだけれど。
以前はハリストン様、ジェイムス様、ターナーの三人で研究されていたのが、今はターナーの代わりにレイモンド様が加わった。さらに私とアゼリアも手伝っているので人員は増えている。
だから問題ないと思い、学園に通いたいと申し出たのだけれど、レイモンド様は予想通り難しい顔で腕を組む。
「オフィーリア、もしパトリシアのことを気にしているのならそれは違う。俺はオフィーリアに研究の補佐を求めてはいない。いや、勿論、支えようと思ってくれるのは嬉しい、でも無理はさせたくないんだ」
「分かっています。私がしたいのです。レイモンド様が研究している姿を傍で見たいのです。ご迷惑でなければですが」
「俺がオフィーリアを迷惑だと思うはずがないだろう。ただ」
むっと唇を尖らせ、視線を私から膝の上に置いたお皿に移す。フィナンシェを一つ摘み、口に運んだのはなんだか時間稼ぎをしているよう。
「ただ?」
先を促せば、じとりとこちらを見る。
「結婚を先延ばしにする理由にはならない」
……やはりそうきますか。
入学条件に未婚であることは書かれていない。それに私は専門科の単位を取るだけで、普通科のクラスに属さない。週に四日、数時間の授業を受けに行くだけなのだ。
「それはそうですが」
口を波立て言葉を詰まらせる私を、レイモンド様は身を屈め覗き込んでくる。
こんなこと正面切って言えないと、私は視線を逸らせ一気にまくし立てた。
「だって、結婚したら寝室を共にしますよね。身重の身体で学園に行くのは些か、ちょっと、ではありませんか……!」
語尾が強くなったのは恥ずかしいから。ぎゅっと目を閉じ、返事を待つ。
はしたないと言われるか、呆れられるか。でも、何も反応は返ってこない。
恐る恐る視線を向ければ、真っ赤な顔を手で覆っていた。
「あ、あの?」
「ごめん、ちょっと待って。日々の妄想と朝の夢の続きが走馬灯のように駆け巡っているんだ」
「はい?」
意味が分からず、眉を顰めつつレイモンド様の真っ赤な耳を見る。
次いで理解し、顔に熱が昇ってきた。
「レ、レイモンド様!?」
「あ、うん。大丈夫、もう大丈夫だ」
何が大丈夫か分からないけれど、ふぅ、と息を吐き顔を上げると、まだほんのり赤い顔で私を見てくる。
「そこまで考えてくれていたなんて嬉しいよ。分かった、結婚は卒業まで待つ」
「本当ですか! ありがとうございます」
「愛しいオフィーリアの願いだからね。いいよ。でも、代わりと言ってはなんだけれど、俺の願いも聞いて貰いたい」
「はい! もちろん。何でもします」
「ではキスを」
「……はい?」
瞳をパチクリする私に、レイモンド様は無邪気ににこりと笑う。膝の上に乗せられていたお皿はすでにベンチの端に置かれていた。
「オフィーリアの願いを断腸の思いで叶えるんだ。キスぐらい強請ってもいいだろう?」
「そ、そうですよね」
そうなの? とは言えない。
キス、キス。
ゴクンと私の喉が鳴る、恥ずかしい。
「……では、目を閉じてください」
素直に瞳を閉じるレイモンド様。長い金色のまつ毛が彫刻のようなお顔に影を落とす。この人は何をしても綺麗だわ。
すぅ、と息を吸い、そろそろと近づき。
私は白磁のような頬に微かに唇を付けた。
一瞬、それが限界。
すぐに顔を離そうとすると、レイモンド様がくるりとこちらを向いた。
目と目がパチリと合う。
スッと伸ばされた手が、私の頬に当てられ。
熱のこもった瞳がゆっくりと細められ近づいてくる。
唇に、ふわりと柔らかく口づけが落とされた。
まるでその熱を私に分けるようにさらに深く合わさると、名残惜しそうに離れていく。
目を開ければ、悪戯が成功したかのように笑うレイモンド様。
今度は私が耳まで真っ赤になる。
「は、話が違います」
「違わないよ。お願いを聞いて貰ったお礼だ」
レイモンド様は再びお皿を手にし、沢山のお菓子の中からマドレーヌを選ぶと、はいと私の口元に差し出してきた。むっとしつつ小さく口を開ければ、はむっと食べさせてくれる。
「美味しいです」
「美味いものを一緒に食べ、笑い、尊敬し合う。オフィーリア、そんな夫婦になろうな」
「はい」
レイモンド様は私が半分食べたマドレーヌを口に放り込むと、幸せそうに笑った。つられ、私も笑う。
こうやって一緒の時を過ごし、私達は時を重ねていく。
時にはみっともない姿を見たり見せたりしながら。
そしてその度に、私は彼への愛を深めるのでしょう。
最後までお付き合い頂きありがとうございます。
短編で終えた物語を長編にするのは思ったより大変でした。短編だと設定だけで最後まで書けますが、長編だと主人公に物語を引っ張っていく力がなくてはいけなくて。
短編がテンプレをひっくり返す展開だったので、長編もテンプレにならないよう、パトリシアのキャラを作ったり、断罪を考えたりしました。
こういう展開もありだと思ってくださった方、楽しんでくださった方、是非★やいいねで評価をお願いします。次作の参考にさせて頂きます!
ひとまず完結。後日、番外編投稿します。




