↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/7

6.事件の陰に

調査報告


 ビバ☆道化師部 様

ビバ☆道化師部において、水戸ゆりなが飲んだココアに唐辛子ウォッカが混入された件について


調査の結果、我々は、ココアに唐辛子ウォッカを入れたのは水戸ゆりな自身であると結論づけました。

                    以上

                         探偵部


 依頼人宛の調査報告書を作って渡したことは、これまでにも何回かあった。でもそれは大抵、事情が混みいっていて口で言うだけではわかりにくいからで、調査報告書を作った場合でも、法月さんはいつも依頼人に面と向かって結果を説明していた。今回みたいに報告は書面だけで済ますとはじめから言いきったことも、こんなシンプルな報告書を作ったことも、これまでなかった。

「しょうもない事件だよ」

 法月さんはプリンタから出てきた紙を持ち上げて、レイアウトを確認しながら言った。今朝僕は普通に学校に来て、昨日欠席した社会科と音楽の授業については、どんな感じだったかを須田くんにざっくり教えてもらった。何かが発覚して誰かに呼びだされるというようなことは、今のところはなかった。……今のところは。

「でも、動機は想像の域を出ないよね。水戸さんがやったことを二人が知っていたのかどうかも実際はわからないし、今後の人間関係も気になるし二人……いや三人と、話をした方がいいんじゃないかなあ」

 僕は言った。法月さんは、昨日の帰り際よりは元気だったけれど、それでもたまに沈んだ表情をしていた。心ここにあらずという感じで、やけに間を空けてから僕に返事をする。

「私はあの男が苦手なんだ。話したくない」

「朝日橋くんのこと、性格もいいって言ってたよね。なんで苦手なの?」

「よくわからないけど、話しかけられるとなぜか動揺するから、いやなんだ」

 それはやっぱり、好きでドキドキするとかではないのだろうか。……と内心思いながらも、また喧嘩になってもいやなので、僕は適当に「そうなんだ」とだけ答えた。法月さんは立ち上がると、電気ポットを置いてあるコーナーに向かった。

「……その報告書は、明日水戸さんに渡しに行ってほしい」

 法月さんは言う。

「水戸さんに、ただ渡したらいいの?」

 僕が訊ねると、法月さんはまた間を空けて、

「うん。……話をしたかったら、したらいいと思うけど。ちなみに朝日橋洪と斎川清志は海外旅行で今日から来週水曜まで休み」

 じゅぼぼぼぼ。ポットにお湯を注ぎながら答える。

「渡すだけなら、今ささっと行って来ようかな」

 僕が言うと、

「行かないで」

 法月さんはやけに強く言った。

「え?」

「いや。今日は行かないで。明日の放課後にして」

「……うん」

 その日法月さんは、とても美味しい紅茶を淹れてくれた。

 美味しいね、と言うと、法月さんは少し笑った。


 次の日、ビバ☆道化師部の部室に行くと、水戸ゆりなは一人で本を読んでいた。

「喉の調子はどうですか?痛かったら、無理して話さなくていいので」

 僕が言うと、彼女は日本人形のような顔を僕に向け、にこりと笑うと口を開いた。

「問題ないわ」

 澄んだ鈴の音のような声だった。

「これ、報告書です」

 僕が封書を差し出すと、

「法月さんは、このことを知っているの?」

 彼女は訊ねた。

「どのことをですか?」

「あなたが一人でこの報告書を持って、私のところへ来ること」

「ええと。僕は法月さんに頼まれて今日来たので」

「そう」

 水戸さんは、僕に座るよう促した。僕は脇に置いてあった折りたたみの椅子を広げて腰かけた。

「法月さんは、……はっきりとは言ってなかったけど……朝日橋くんと斎川くんがお休みの間に、これを水戸さんに渡すべきだと思ったんだと思います」

 僕は言った。

「どういうこと?」

「法月さんは犯人がわからなかった。そういうことにしてしまっても、法月さんは怒らないと思います。もしも隠したいなら。……そのために法月さんは、僕に一人でこれを渡しに行くよう言ったんだと思う」

 昨日帰ってから、ずっと考えていた。もしも水戸さんの喉の調子がまだ悪くて話しづらそうなら諦めようとも思っていたけれど、もしも問題なく話せるというのなら、やっぱり、知りたい。どうして彼女が、こんなことをしたのか。

「……実際のところは、どうなんですか?朝日橋くんや斎川くんは、あなたが自分で唐辛子ウォッカを入れたのだと、知ってるんですか?」

 彼女はしらばっくれるかもしれない、とも思っていた。けれども彼女はあっさりと、当然のことのように応えた。

「さあ、どうかしらね。それであなたは、二人に黙っておいてやるかわりに私に何かさせようと思っているの?」

 にいっと笑った目をまっすぐ僕に向けて、水戸さんは言った。

 僕はびっくりした。

「……そんなことは考えてもなかった。そんな風に思わせたならすみません。僕はただ、どうしてあなたがこんなことをしたのか知りたくて……もしかして、朝日橋くんがさせたのかな、と思ったりもして」

「どういうこと?」

「いえ、あれこれ考えて……可能性として」

「教えてよ」

 僕のは推理とかではなくて、本当に、勝手な想像だ。人を疑うようなことを、こんな風に言ってしまってはいけなかった。

 そう思ったので、これ以上言いたくはなかった。けれども水戸さんは執拗に促す。

「あのね渡瀬くん、あなた、知りたいんでしょう?私に話をさせたいのなら、あなたも私が訊ねていることには誠意を持って答えるべきだと思う。心を開いてほしいなら、まず自分が開かないと」

 水戸さんは、……化粧をしているわけではないと思うけど……やけに赤い唇で、微笑みながら話す。幼い造形の彼女の顔が、今はやけに大人びて見える。

「……いえ。その……本当に、想像です。朝日橋くんが、『法月さんに探偵の依頼をする』ことに興味を持っていて……依頼をするには事件が必要だから、あなたに自作自演をするように頼んだ、とか、そういう可能性もあるかなと、思ったりしたんです。その……どうして自分が苦しいだけなのにあなたがあんなことをしたのか、わからなかったから、それで」

 僕はしどろもどろ言った。

 水戸さんは、ひどく可笑しそうに笑いながら言った。「いい線いってるわよ」

「でも、どうして」

「どうしてだと思う?」

「……朝日橋くんのことが好きだから、とか……?」

 僕が言うと、水戸さんはぷっと吹き出した。

「私はあの男が大嫌いよ」

 水戸さんは笑いながら言う。

「でも私は、彼の奴隷なの。だから仕方ないのよ」

「……奴隷……?」

「うちの親はね、文房具の小売業をやってるの。朝日橋の父親の会社がうちを使うのをやめたら、うちは倒産、私の父はたぶん首を吊るでしょうね」

 水戸さんは、遠くを見るような目をした。

「奴隷の中の奴隷よ。従うだけじゃ足りない。従ってると思わせないで、先回りして要求を満たすぐらいでないと」

「そんなこと……お父さんがそうしろって?」

「小さい頃から何度も何度も言われたわ。操り人形は、人形師が意図した以上に精巧に動くのが本物だって。楽しませて、気分よくさせて、仲良くしておけばうちは安泰なんだからって。父にも母にも事あるごとに言われたわ」

「そんな、じゃあ今回のことも、自分が苦しい思いをしてでも朝日橋くんを楽しませようとか、そう思って……?」

「ええ。彼はここのところ退屈を募らせていたし、法月紗羅に興味を持って、何か依頼してみたいとも言っていた。私が何かしなければならない状況だったのは明らかだわ。……彼は具体的なことは何も言っていないし、きっと私が犯人だと聞かされたら、『そうだったの?』なんて言って驚いてみせるでしょうね。そういうところは抜け目ないわよ。今回のは、私が勝手にやったこと。それ以外の何でもないわ」

 確かに、生活がかかっているのかもしれない。水戸さんの家だけじゃなくて、その従業員の人たちや、家族の人たちの生活も。だから水戸さんのご両親は、必死なのかもしれない。

 でも、社長の息子を取引業者の娘が常に気分よくさせてあげないといけない、普通の対等な人間関係でいてはいけない、自作自演で自らを被害者に仕立てることまでしないといけないなんて、そんなの絶対おかしいと思う。そもそも朝日橋くんは、そんなことを望んでいるのだろうか。朝日橋くんのお父さんは、水戸さんがそんな思いを抱いて生きていることを、知っているのだろうか。水戸さんのご両親だって、まさか娘がそこまで自分たちのことばを真剣に受け止めているなんて、思っていないんじゃないだろうか。日本の、現代の、中学生の女の子が、そんな風に思って生きているなんて、そんなのどう考えたってまちがってる。そしてそれは、もしかすると水戸さんの思い込みにすぎないんじゃないだろうか。

「ねえ、保健の五条先生にでも、相談してみたらどうかな。僕も法月さんも、できることがあれば協力するし」

 僕は言った。これまで、すべての事件についての細かい報告書を、五条先生には出してきた。その中にはなかなかきわどい事件もあったけれど、五条先生が他にもらしたり、やったことが学校にばれて生徒が処罰されたり、といったことは一切なかった。せっかくこうやってきっかけができたのだから、いい方向に生かせないだろうか。なんとか彼女の問題を改善することはできないだろうか。

「何も知らないのね。渡瀬くんは」

 けれども水戸さんは、嘲笑うような顔をするとそう言った。

「学校サイドの人間に言っても無駄よ。この学校にどうして『貧乏人枠』があると思うの?金持ちの子弟を楽しませるためよ」

「ちがうよ。……僕も君の言うところの『貧乏人枠』だけど。僕が聞いたのは、この学校の理念の一つに多様性の尊重があって、いろんな生徒を入れたいからだって。私立だからきれいごとばかりも言えないけれど、理事長や学校経営陣の紹介があって、テストと面接に通るなら格安の特別枠で通わせてくれるって」

「そんなのは建前よ。あなただって、今は私と似たような立場じゃない」

「どういうこと?」

「あなたは法月紗羅の奴隷でしょう?」

 僕はぽかんとした。そして悲しくなった。人間を……人と人との関係というものを、水戸さんは、そんな風にしか捉えられなくなってしまってるんだ。

「僕はちがうよ」

「自覚すらさせないなんて大成功ね」

「ほんとにちがうよ」

「そうね。奴隷ではなくて、実験動物かしらね」

「どっちもちがう」

「操っている人が操っていることにすら気づかないよう努力している操り人形。自分が操られていることに気がつかない操り人形。どちらが不幸なのかしら。知らない方が幸せなのかな」

「僕と法月さんは友だちだよ。探偵と助手だけど、対等だよ」

 僕が言うと、水戸さんは同情するように顔を歪めて笑った。

「いいもの見せてあげるわよ」

 立ち上がると、棚の上に置いてあったパソコンを起動させた。

「私は自分の部屋に、あのペルツォフカと一緒に……手紙を置いておいた。単なるメモだけどね。本当は、あなたがそれを見ればいいと思ってた。でも、見なかったのでしょう?」

 えっと僕は小さく声を上げそうになり、こらえた。では水戸さんは、昨日僕たちが彼女の部屋に忍び込んだことを知っているんだ。……不用意に何か言って墓穴を掘らないよう、僕は肝に銘じた。とはいえ、手紙というのはとても気になる。それは法月さんが、あの部屋に入ってから急に元気を失ったことと関係しているのだろうか。

「これをネタに法月紗羅を脅して、学校や関連施設でうちを使うよう進言でもしてもらったら、私は朝日橋から解放されるかもしれない、そうも思ったのだけどね。結局それは、朝日橋洪の奴隷から法月紗羅の奴隷に変わるだけの話。ならまだ慣れた朝日橋洪の奴隷の地位の方がいいわ」

「法月さんは……」

「あら、知らなかった?法月紗羅はこの学校の理事長の孫娘よ」

「法月さんは、他人を奴隷にしたりなんてしないよ。実験動物にも」

 水戸ゆりなは妙に艶やかに微笑むと、僕に向かってパソコンの画面を向けた。それは、動画だった。水戸さんの部屋を、上の方から撮影したもののようだった。たぶん部屋のタンスの上にでもカメラが設置されていて……一昨日僕らが部屋に入り込んだ時の様子が、撮影されていたのかもしれない、と思った。

 でも、ちがった。

 水戸ゆりなのあの部屋に、髪の長い女の子が座っている。ぱっと振り返って本棚を眺めたその顔は、法月さんのものだった。そこに水戸ゆりながお茶を載せたお盆を持って入ってきた。水戸ゆりなと話すその声も、法月さんのものだった。

「……私は朝日橋を好きなふりをしたんだ。渡瀬はころっと騙された。劣等感に嫉妬。思った通り、私が色ボケで君を犯人だと決めつけてるんだと言い出した。予定通り喧嘩中」

 向かい合った水戸ゆりなが何か言った。なんと言ったのか、ほとんど聞き取れない。まだ喉が本調子ではなくてあまり声が出せなかったのか、それとも撮影を意識して、小さな声で話していたのだろうか。

「人間心理の研究だよ。自分が想定したとおりに他人が反応する楽しさは、君だって知ってるだろう?自分は奴隷だなんて言って、本当は君だって楽しんでいるくせに」

 法月さんの声は、張り上げなくてもよく通り、その発音はいつもとても明瞭だ。音声はがさがさとしていたけれど、何と言っているのかははっきりわかる。

「朝日橋はわかってただろ?君が多大な犠牲を払って尽くしていることを、奴は充分知っていて、平気でそうさせてるんだ。それを当然だと思ってる。私に依頼ができて大喜びだったじゃないか。朝日橋自身にはそんなつもりはなくておかしいのは自分かも、なんて自虐的に考えることはない。まちがいなく、奴は悪者だ」

 水戸ゆりなが何か言うと、髪の長い少女は大笑いをした。

「そうかもねえ。ともかくそういうわけだから、ペルツォフカの瓶はまだここに置いておく。君が犯人だという証拠だからね。これを明日渡瀬敦に見せれば、ますます彼は私に心酔するよ」

 水戸さんは画面上の停止ボタンを押すと、ひどく愉しそうな顔をして僕の方を見た。そうしてポケットから可愛らしい絵柄入りのメモを取り出して、僕に渡した。


「法月紗羅様

 ペルツォフカの瓶はお返しします。お持ち帰りください。

 ありがとうございました。        水戸ゆりな」


「瓶の前に置いておいたの。帰ってきて見たら、同じ場所にそのままあった。でもあなたは見なかったのね。ということは、後で戻したのかしら」

「……後で戻したんだと思う」

 僕は言った。

 そうして立ち上がり、椅子をたたみ、その部屋を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。