ローギウス侯爵家の秘密2
心地よい風が吹くある日の昼頃。
多忙の中、数日の纏まった休日を取得に成功したフェリクス様と一緒にローギウス侯爵邸で持参した手作りのパイを味わっていた。
「……どうですか?」
「すごくおいしい。これならいくらでも食べられるよ」
おそるおそる尋ねると即答で不安を打ち消す言葉と幸せそうな微笑みを見せてくれる。サンドイッチの時も思ったけど、相変わらず返答が早い。
そして、ふと、侯爵家の敷地内にある竜舎で同じパイを食べているであろうフリューゲルを思い浮かべる。
「フリューゲルも喜んでいるでしょうか」
「喜んでいるよ。フリューゲルもエリーゼの料理が大好きだからね」
口にするとフェリクス様が柔らかい声で安心させるように紡ぐ。それならいいのだけど。
フェリクス様の反応を確認しながら私もパイを口に含む。うん、おいしい。
侯爵家のフェリクス様に不味いものを食べさせるわけにはいかないため、屋敷の料理人や料理長たちに手伝ってもらいながら何度も練習した甲斐があった。
「エリーゼの料理はどれもおいしいね」
「屋敷で練習していますからね」
おいしそうに味わうフェリクス様に答える。
毎回ではないけれど、気持ちを通じ合わせてからは度々料理の練習をしてはフェリクス様に振舞っている。
理由はフェリクス様が私の料理を食べたいと言い、幸せそうに味わってくれるから。だから比較的簡単な料理を練習し、料理長の許可が下りたら振舞うようにしているけど……最近は作るのが楽しく、第二の趣味となりつつある。
「無事おいしくできてよかったです」
「気にしなくていいのに。それこそ、エリーゼが作ってくれるものなら真っ黒に焦げていても火が通っていなくても全部食べるのに」
「身体に悪いのでやめてくださいね。それとその発言、すごく重いです」
即座に指摘する。重い。相変わらず重すぎるフェリクス様の言葉は。この様子だと本当に微笑みながら味わいそうで心配になる。
身体に悪いと忠告すると、端整な顔を不思議そうにして僅かに首を傾げる。
「そうかな。父上だって、結婚記念日に母上が作った生焼けのケーキをホールごと平らげていたよ」
「侯爵様、あとで倒れませんでしたか?」
「翌日寝込んでいたけど、すぐに回復したから大丈夫だよ」
「いや、大丈夫ではないですよね、それ」
さらりと結末について語るフェリクス様に再び指摘する。侯爵様も重いのはハイデマリー様から聞いていたけど、ローギウス侯爵家の男性は重い人が多すぎる。……まさか、歴代の男性たちはみんなこうなのだろうか。
「本当に問題ないよ。ローギウス侯爵家の人間はみんな、胃が頑丈なんだ。だから毒も殆ど効かないんだ」
「そうなのですか? 初めて聞きました」
「言ってなかったからね。……まぁ、毒は大丈夫でもかつての先祖の数人は料理で倒れたみたいだけど」
表情を曇らせながらフェリクス様がポツリと語る。意図せず照らしてはいけない真実を聞いてしまった。胃が丈夫になったのは、その奥方たちの恐ろしい料理を食べ続けて耐性がついたからでは?
しかし、大抵の毒は無効化するのに毒物以上の料理とは一体……?
疑問に頭を埋め尽くされていると、フェリクス様が微笑む。
「だからエリーゼも全然気にしなくていいよ。僕も胃は強いから」
ふわりと微笑みながらフェリクス様が告げる。その言葉にじんわりとなる。
重いフェリクス様なら本当に真っ黒焦げになった料理も生焼けの料理も、謎の煙が出ている料理も微笑みながら平らげそうだ。
その言葉に、その眼差しに、思わずこくりと頷いてしまいそうになるけど──頷くわけにはいかない。
「ローギウス侯爵家の秘密は理解しました。ですが、承服しかねます。……フェリクス様には、おいしいと思ってほしいですから」
拒否の言葉と同時に胸の中にある思いを口にする。
確かにローギウス侯爵家の胃は強いのかもしれない。でも──好きな人に食べてもらうなら、おいしいと思ってほしいに決まっている。
胸の中の思いを告げると、フェリクス様が息を呑み、そして嬉しそうに微笑む。
「平気だけど……エリーゼの気持ちは分かったよ。……また、エリーゼの料理が食べたいから作ってくれる?」
「……難しいものは、今はまだ無理ですよ」
あらかじめ伝えておく。まだ初心者なので難しい料理は無理だと理解してほしい。
「うん。──でもいつかは難しいのも、お願いしてもいいかな」
フェリクス様が灰色の瞳を和らげて問いかける。……いつか。
「……数年先でも構わないなら、いいですよ」
フェリクス様の微笑みにつられて、微笑みながら告げる。
今は作る料理の種類は限られている。だけど──この先も一緒に過ごす未来を描いてそう答えた。




