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伯爵令嬢は竜騎士との婚約を解消したい  作者: 水瀬
本編

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29/37

幕間1.初めて見た時から、ずっと 

 執務室に飾られている時計に目を向ける。

 飾られた時計は規則正しく針の音を鳴らしていて、打ち合わせが始まっておよそ三十分経ったことを告げる。

 まだたったの三十分。しかし、今のフェリクスにとっては異常に長く感じる。

 

「フェリクス、打ち合わせに集中しろ」

「……申し訳ございません」


 目の前にいる古くからの友人であり王太子──クェンティンからの注意に小さく謝罪の言葉を口にする。


 続けて手元にある書類に目を向ける。

 だが、目を動かすも内容がしっかりと頭に入らない。

 そんな自分に対して小さくため息をつくと、クェンティンが背中を椅子に預ける。


「まぁ、仕方ないのは分かる。俺だって休日に仕事だから来いって言われたら『は?』って思うからな」


 書類を机に置き、身体を伸ばしながらクェンティンが語る。

 忙しい職務だと分かっていた。長年、竜騎士として活動していた母親が忙しそうにしていたから。

 だが、竜を、フリューゲルをこの腕に抱えた時から、竜騎士を目指した時から覚悟していたことだ。


「それでどうした? さっきから何回も時計ばかり目を向けて。何か予定があったのか?」

「……何回も見ていたでしょうか」

「ああ、さっきで十回目だ。三十分で十回だ。見過ぎているって分かるか?」

「…………」


 数なんて数えていなかった。だが、見ていた回数を明確に指摘されると居心地が悪くなる。

 仕事に集中しないといけないと分かっている。だが、どうして今日なんだと言いたい気持ちになる。


 今日は婚約者──エリーゼと会う日だった。

 前回会った時、あまりいい状態で別れたわけではなかった。だから少しでも彼女にいい印象を見せたくて、一番早い休暇の日付を伝えて、会って謝罪するつもりだった。

 なのに、現実はこうして王宮にいて仕事をする羽目になっている。


「エリーゼ嬢か?」

「……今日、会う予定だったので」

「なるほどな。それで? 喧嘩でもしたのか?」


 的確に告げてくるクェンティンに息を呑む。

 クェンティンに話したのは、今日は婚約者であるエリーゼと会う予定だったはずだ。


「……殿下は、心を読めるのですか?」

「んなわけあるか。そもそも、そんな魔法なんてない」


 不思議に思って尋ねると鋭く切り返される。ならば、なぜ分かったのだろう。

 共に働く年上の竜騎士団の仲間から今でも表情の変化が少なくて分かりにくいと言われるのに。それなのになぜ。

 思案していると、クェンティンが口を開く。


「どことなく暗いオーラを放っていたからな。お前が悲壮感を漂わせるのはエリーゼ嬢が関係しているんじゃないか?」


 赤紫の瞳が射貫く。どうやら無意識に暗い雰囲気を放っていたらしい。

 居心地は悪いものの、クェンティンは古い友人で相談にも乗ってもらった。そんな彼に嘘はつけない。

 言葉を考えながらゆっくりと口を開く。

 

「少し、言い争いをしてしまい。……自分が、発端です」

「言い争い? ほぉ、大人しそうに見えたがさすがはレイリアの妹ということか」

「……本人に言わない方がいいですよ」

「分かってるさ。レイリアは怒らせると大変だ」


 警告するとあっけらかんとした口調で返される。もし本人に聞かれたら厄介極まりない。

 

「元々口下手なのは知っていたが……エリーゼ嬢のことになると本当にダメになるな」

「……返す言葉もありません」


 はっきりと告げるクェンティンに目を伏せる。


(小さい頃はもう少し上手く話せた。それが決定的に変わったのはきっと──あの日からだ)


 柔らかそうな薄茶色の髪を思い出す。

 初めて会った時からかわいい子だと思った。一目見てすぐに自分の中で、大切な子という認識になった。

 明るい彼女は一緒にいると居心地がよかった。笑った顔が特に愛くるしくて、笑顔を向けられると嬉しい気持ちになって、心が満たされた。

 そんな自分の気持ちがフリューゲルにも伝わっていたのか、竜の扱いに慣れた母親よりも彼女に懐いていたくらいだ。


 だから彼女との婚約を提案された時、即座に頷いた。嫌いになることなんて、ないと思っていたから。

 大切な婚約者。だが、婚約を結んだ時はまだ恋愛感情のようなものはなかった。

 それが明確に変化したのは──三年前の長期の任務から帰ってからだ。



『おかえりなさい、フェリクス様!』



 幼竜の密猟を取り締まるために東部へ赴き、半年ぶりに見た彼女は背が伸びて、かわいらしさを有しながら、どことなく美しさも併せ持つようになった。

 それでも笑う顔は昔と同じでその笑顔に、愛おしさを持った。


(本当はもっとたくさん話をしたい。もっと遠出をしたい。もっと笑顔を見たい。もっと──エリーゼに会いたい)


 そう思うのに、自分に好意を持つ令嬢たちが彼女に目を向けると思うと慎重に動くしかできなかった。


 竜を使役する才を持つ人間は少ない。  

 それ故、国に大切にされていて竜騎士になれば平民でも一代限りだが貴族の称号を与えられる。

 竜騎士団の多くは平民出身だ。その中で貴族出身の、侯爵家の後継ぎである自分はどうやら令嬢たちにとって大変魅力的なようだ。


(特に三年前から令嬢たちが積極的に近付くことが格段に増えた。……僕に、婚約者がいると知っているのに)


 令嬢たちに興味の欠片もない。だが、もし令嬢たちの意識がエリーゼに向かうと思うと怖くなった。

 だから令嬢たちの目に入らないように外出しないようにしていた。夜会でも彼女といる時間を減らして、自分の気持ちに気付かれないように気を付けた。


(その結果が、エリーゼからの婚約の解消だった)


 微笑みながら婚約の解消を提案された時、頭が真っ白になった。

 できる限り彼女に令嬢たちの目が行かないようにしていたつもりだ。だが、自分のいない夜会で彼女は自分に好意を持つ令嬢たちに中傷を受けていたらしい。


(せめて一言でも言っておけばまだよかった。なのに、勝手に守ろうとして行動して──彼女を傷つけた)


 だから彼女の心を繋ぎ止めるために、我慢をやめた。

 誠心誠意で彼女に詫び、自分の気持ちに従って外出を提案した。同時に、話してもつまらないと思われたくなくて、必死に自分の口数の少なさを改善しようと書物を読み漁って努力したのは記憶に新しい。

 そして夜会では、令嬢たちから守るために側にいて近付けさせないようにした。


(ここ数ヵ月は、本当に楽しかった)


 外出して笑う顔を見ると嬉しくなった。料理を作ってくれて幸せな気持ちになった。一緒に過ごす時間が、これ以上ないくらい楽しかった。


(だからこそ、聞けなかった)


 街中で偶然見つけた時、彼女が一緒にいて笑っている青年の正体に。

 冷静になればよかった。彼について話そうとしていたのは分かっていた。でも、もし好いていると言われたらと思うと耐えられなかった。


(そうして何回も説明しようとするのを遮った結果、怒らせてしまった)


 今まで喧嘩なんてしたことなかった。

 だからこそ、初めて見た怒りに何も言えなくなった。


「嫌われたら生きていける気がしない……」

「重い男だなぁ」


 悪い方向へ向かっていると面倒くさそうな声で言われる。

 小さい頃から友人として王宮へ度々呼ばれていたから分かる。この声は本当に面倒そうに思っている、と。


「やっぱり、重い男は嫌われますか」

「加減があるだろう。お前、エリーゼ嬢が『私だけ見て!』という令嬢だったらどうだ?」

「全然大丈夫です」

「ああ、悪い。意味のない質問をしたな」


 平気だと即答すると遠い目をされる。その目にどこか既視感を覚える。


(そういえばエリーゼもたまにそんな目をする。……やっぱり、重い男はダメなのか)


 もう一度、薄茶色の髪を持つ婚約者を思い出す。

 以前の自分は忙しさを理由に会う回数が少なった。つまらないと思われたくなくて、相槌ばかりしてしまった。

 そして、勝手に守ろうと行動して彼女の心を傷つけた。

 

(不甲斐ない婚約者だったと思う。それでも──)


 彼女が今でも婚約の解消を望んでいるのか分からない。

 だけど、彼女が望んでも受け入れることはできないと思う。


「……まだ、侯爵邸にいるかな」


 まだ屋敷にいるか分からない。それでも、会いたいという気持ちが芽生える。

 今日の予定は打ち合わせが最後だ。急いで終わらせたら会えるかもしれない。それとも、伯爵邸へ行けばいいか。


「ったく、面倒くさいな。さっさと誠心誠意に謝罪してずっと昔から好きだったって告白したらどうだ?」

「振られませんか?」

「知るか。少しでも雰囲気がいいところでやればいいんじゃないのか?」

「雰囲気がいい場所……。エリーゼが好きなレストラン? それともライトアップされた花畑? それとも──」

「おーい、戻ってこーい。仕事に戻るぞー」


 考えていると呆れた声で呼ばれる。

 そして未だ悩んでいるとドアがノックされて入室してくる。


「殿下、来週行われる魔物討伐ですが──げぇっ!!」


 入室してきたのは婚約者のエリーゼの姉であるレイリアで、彼女と同じ緑色の瞳と目が合うと苦虫をかみ潰したような声と歪める顔を浮かべ、自分も眉を顰める。

 

「おー、レイリア。どうした?」

「来週の魔物討伐の件で相談です。が! どうしてこいつがいるんです!?」

「この季節、魔物が特に活発になるだろう? それで再来週の魔物討伐の打ち合わせをフェリクスとしていたんだ」


 不満な声で質問するレイリアにクェンティンが答える。その間も隣から睨み付けられる。

 お互いに嫌いを隠さないせいか、お互いが所属する宮廷魔術師団と竜騎士団は自分たちを極力接触させないようにしているのは知っている。


「私、こいつと一緒に討伐は嫌ですからね」

「安心しろ。お前たちは一緒に魔物討伐などしない。この俺が大切な国土を火の海にするわけないだろう?」


 拒否するレイリアにクェンティンがにこやかに微笑む。自分たちが問題児みたいな言い方をされている気がするが、組まされなければ文句はない。なので何も言わない。


「それならいいです。ああ、それはそうとフェリクス。新しい魔法を覚えたのよ。実験台になってくれない?」

「は? 意味が分からない」

「うるさい! 私からかわいい妹を奪う不届き者がぁぁぁ!」

「おいやめろお前たち! 俺の執務室が燃える!」


 怒り狂うレイリアに対抗しようとすると、クェンティンが悲鳴を上げる。

 そんなクェンティンに内心で同情していると、ピタリとレイリアが手を止め──窓の外を凝視する。


「……エリー?」

「は? なんだなんだ?」


 咄嗟に書類や執務室を守ろうと結界を展開していたクェンティンが片眉を上げる。

 しかし、レイリアの視線は動かず、変わらず外を見つめ続け──声を上げる。


「大変、エリーが!」

「……エリーゼが何?」


 悲鳴のような声を上げるレイリアに問いかける。

 レイリアのことは気に入らない。昔からエリーゼを巡って幾度も対立したからだ。

 だが、エリーゼのことを本当に大切にしているのは、知っている。

 心臓の動きが早まる。嫌な予感がする。

 そして──そういう時の勘は大体当たるものだ。


「お守りとしてあげたペンダントに付与されていた防御魔法が起動したのよ! 起動したら位置情報が分かるようになっているのよ!」 

「お守り……?」

「というかなんでそんな魔法かけてるんだ!? 怖いぞ!?」


 レイリアの説明に間を空けずにクェンティンが至極真っ当な指摘するが、反応できない。


「殿下、今はそんなこといいです! それよりエリーの身に何かあったのよ!」


 レイリアの発言に、最後に見た姿を思い出す。

 辛そうな顔をしていた。そして、自分が彼女をそんな顔にさせたと思うと胸が苦しくなった。


「殿下、緊急なので早馬を借ります! 魔物の件は後ほど!」

「……僕も行く」


 早馬を借りると宣言して退室しようとするレイリアの背中にそう告げると、一瞬立ち止まる。


「ならあんたも来なさい。場所は王宮の方角から北側。準備は私の方が先になるだろうから追いかけて!」


 そして矢継ぎ早に話してレイリアが走り去ると、クェンティンの方へ身体を向ける。

 

「殿下、罰は後で受けます。──失礼します」

「ああ、人命がかかっているんだ。その代わり──必ず助けろよ」

「はい」

 

 クェンティンの発言に力強く頷く。

 何があったのか分からない。だが、彼女に危険が迫っているのは確かだ。


(エリーゼ──どうか、無事でいてくれ)


 もう一度あの笑顔を見たい。自分に向けてほしい。

 彼女の無事を願いながら、フリューゲルの元へ急いで向かった。

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